第44話「シスターの役目」
「皆さん、お祈りを」
大きな声を聞き、ハッとする。どうやら、ここからお祈りをするらしい。シスターたちを見ると手慣れたように、目を閉じ、微動だにしなくなった。目を閉じればいいのか? 勇者教会のお祈りなどしたことがない僕は、見様見真似でお祈りをしようとする。
しかし、ちりっと視線を感じ、シスターから長の方を見ると――ナンシーが目を開け、僕たちを見ていた。いや、正確にはライラに視線がいっているような気がする。僕は目を瞑ることも忘れ、その視線が意味することで頭が一杯になる。
まさか、魔王だとバレた? いや、ライラの話だとナンシーが顔を見たのは大分前の話だったはず。それこそ何年も前。そこから比べれば背格好も顔も大分変わっているはず。それに、両角もない。バレにくいはずだけど……、急に不安になってきたな。
早くナンシーのいる場所を探さないと。そうだ。今、精霊に後を追わせればいいのか。そうすれば、大体の見当はつくはず。
「多分、大丈夫よ。ライラちゃんが魔王だってバレていないはず。彼女、人の顔覚えるの苦手だから」
なんで、そんなことを知ってるんだ? 思わずリリーを見そうになる。
軽やかな鈴の音が鳴った。長が手元にあるもので鳴らしたらしい。
「では、終わります」
長はそれだけ言うと、大聖堂の真ん中を歩いて、出て行った。ナンシーらがそれに続き、僕は慌てて精霊に彼女の後を追うようにお願いする。これを逃すと、夕食まで直接見れないかもしれない。
僕が心の中でお願いした通りに、すーっと何体かの精霊が大聖堂を後にするナンシーについていく。
さっきのは気のせいではなかったはず。リリーの言う通りなら、なぜライラを見ていたのだろう?
「お二人とも、本棟の紹介は終りましたので、この後はお二人がする予定のシスターのお務めについてご案内しますね」
「はい」
「はーい」
ライラの威勢のいい返事を聞いて、僕は少しホッとする。どうにも不安そうにしている彼女は見ていられない。こっちまで疑心暗鬼になってくる。
その後、僕たちはまたジェマに連れられ、別棟の二階に向かった。本棟から別棟は二階だけが唯一すんなり行ける道と言えた。あとは、二階から、色々遠回りする羽目になるような気がする。僕が食堂や自分の部屋になっている場所に行った感じでは、そういう印象だった。
本棟の大聖堂を出てすぐの階段を上り、別棟への通路に入る。
そういえばまったく考えていなかったけど、僕ってなにするんだろう。潜入することばかり考えていたから、その辺が抜けていた。いざお務めをするとなると、緊張してくる。
いけない。ここには彼らはいない。僕をぶん殴っていたジェナは死んだし、アーサーはパーティーハウス、ナンシーだってここでの仕事に口を挟むわけじゃない。ましてや、まだ僕だとバレていないこの僕に。ここはあのパーティーハウスじゃない。
僕たちは二階の通路を奥へ奥へと進んでいく。僕が見た限り、別棟の中でここだけが唯一道が真っ直ぐだった。
どこに向かってるんだろう? あまりに出来なさ過ぎても目立つから、自分でも出来ることだといいんだけど……。
ジェマは二階の最奥、階段のさらに奥に来ると、開けっ放しの部屋に入った。僕たちも中に入ろうとすると、部屋の中から丸い透明な泡が飛んできた。なんだこれ?
僕はとりあえず泡を無視し、ジェマの後を追う。
「ここです。今も作業中のはずですが……。あ、周りのものには触らないでくださいね」
「ここ、なんの部屋?」
ライラがそう呟くのが聞こえたが僕だってわからない。
ジェマが入った縦長の狭い通路の様な部屋の両側には、ずらっと大きな籠が棚に載って三段もあり、中にはぎゅうぎゅう詰めに真っ白な布が詰められている。
一、二、三、四……、僕は途中で数えるのが馬鹿らしくなってやめた。棚は果てしなく続いているのかと思う程長い。明らかに、勇者教会のこの別棟、他の階の部屋の大きさとあっていない。こんなに奥行きはなかった。魔法で部屋を拡張してるのか。
ジェマはずんずん進んでいく。人が二人ほど取れる通路がまっすぐ。両側の圧迫感が強いせいか、息苦しく感じる。しかも、奥から透明な泡がいくつも飛んできてうっとうしい。でも、ライラは喜びそうだな、こういうの。そう思い、歩きながら後ろを振り向くと、ライラは目を輝かせ、泡を突いていた。その様子に、僕も思わず笑ってしまう。あまりに予想通りに光景過ぎる。
「ん? なに笑ってるの?」
「いや、なんでもない」
「ライラちゃん、可愛いわねー」
リリーが僕の隣でわざわざ可愛いを強調して言ってくる。なんだんだ。
「なあに、その不満そうな顔」
「なんでもない」
思わず素で普通に答えてしまう。しまった、ジェマに聞かれただろうか。変にリリーと会話していると怪しまれる。
圧迫感のある通路は終わりを迎えた。
急に広い空間に出る。
くるっとジェマが僕の方を向くので、一瞬驚く。なにより、彼女は笑顔だった。
「ここがあなた達二人がシスターとして最初に働く場所です。何しているか分かりますか?」
僕は彼女の言葉で中の様子を窺う。目の前にあるのは広い空間。僕たちのいる手前では、大きな樽の上で、板をかけじっと中を見ている女性がいた。彼女がすっと指を動かすと樽の中から、さっきみた白い布がびしょびしょになって塊で出て行く。向かう先は大きな籠で、そこへ布が積まれていく。籠で待っていた別の女性が、指を動かし、その布を空中に浮かせている太い綱に、魔法で動かしている洗濯ばさみで挟んでいく。パチパチ、彼女の目の前はあっという間に布だらけ――いや、あれは、シスター服だ。それが、干されていく。
綱に干されたシスター服はさらに奥に進んでいき、また別の女性の前で止まった。その人は巨大な葉っぱのようなものを持っていた。彼女がそれを思いっきり振ると、パンっと小気味のいい音がして、シスター服についてた水が一気に女性とは反対側に飛んでいく。
それが済むと、綱はさらに進み、吹き抜けになっている僕の真正面に向かっていく。床は張り出しになっていて、空からの日差しが燦々と降り注いでいる。
張り出している床には数人の小さい女の子たちがいた。彼女たちは、綱の先っぽを持つと空中に踊り出る。
危ないっ、と僕が思ったが、何の悲鳴も上がってこなかった。それどころか、女の子が綱を持って空中を進み、綱を空中に固定させた。他の子も同様だった。同じように綱を持って、白いシスター服を日差しのもとへ持っていく。
空を飛んでいる? いや、空中に足場を作っているのか。微かだけど透明な氷みたいのが見える。すごいな。こんな魔法見たことないぞ。
「どうですか?」
「え、と、洗濯ですか? それに、あれはシスター服でしょうか?」
「正解です。シスターになって大体最初はここをやることになっています。そんなに難しいことはしていないので、すぐに慣れるかと思います。ただ、量が多いからある程度はテキパキしないといけません」
ここに来て、彼女は一番ハキハキと話しているような気がする。それどころか楽しそうに見えた。
「あの、でもそんなに魔法が得意じゃないんですけど、大丈夫ですか?」
大雑把なものならともかく、洗濯は色々と魔法が使うのが大変そうだ。まあ、そんなに長くいるつもりはないから、別にいいんだけど。
「多少魔法が使えないくらいは問題ありません。最初は洗濯物をここまで運んできてもらうだけですから。ここに来るまでに大量にあった洗濯物を見ましたよね。あれは運んできてもらいます」
「はい。……あれ、全部するんですか」
「そうですね。今日中に片付けないと、数日後には汚いシスター服を着ているか、裸になっちゃいますから。でも、大丈夫です。運ぶだけなら、そんなに難しくないと思いますので。どうでしょう?」
「はい、それくらいなら出来そうです」
ジェマはこの洗濯室のまとめ役のような立場でもあったらしい。僕とライラに洗濯籠を運ぶことをお願いすると、他の女性たちのもとへ行ってしまった。
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