第23話「砂地獄」

 僕は二度目になる落下に、もはや諦めていた。この方法が一番早いのならこれでもいいか、と考えることにする。


「っと」


 骨? 一瞬だけ目に入った大きな骨。しかし、すぐに見えなくなる。僕の身体は落下しており、下を見るとすり鉢状の地面が迫っていた。すり鉢の中央には明らかにヤバそうな化け物の口があった。ガパっと開いた円形の口は内側のピンク色のぬめぬめとした粘膜があり、鋭い牙がずらっと並んでいる。あそこに放り込まれたら、間違いなく身体がバラバラになり喰われる。それが分かる姿だった。


 その奇怪な姿に喉を鳴らし、注視しながらすり鉢に落ち――足がすり鉢にめり込んだ。すり鉢は砂だった。手を付こうにもそれすらも飲み込まれていく。


「ぐっ」


 イリルが一緒なので問題はないはずだけど、底で餌を待ち受けている怪物は丸く大きな口を開けたり、閉じたりして僕が落ちるのを待っているようにしか見えなかった。


 僕は砂が纏わりついて重くなっている背中の羽を強引に羽ばたかせ、周囲の砂を吹き飛ばす。


「ううううううっ」


 唸り声をあげ、自分を鼓舞する。力を引き出して、より強く羽を羽ばたかせた。砂の重みが緩み、僕は一気に上空へ飛んだ。


 危なかった。普通に呑まれそうだったんだけど。


 羽を動かす度にぱらぱらと砂が落ちる。すり鉢は決して狭いものじゃなかった。広い空間の床全体が砂になっている。空を飛べでもしなければ、こんな悠々と全体を見ることすら出来そうにない。


〈さすがだねー、アラン〉


「冗談にならないんだけど。あの真ん中のやつ、普通に僕を狙ってなかった?」


〈まあまあ。あの手の魔物に知能なんてほとんどないから〉


 それはそうかもしれないけど……。っていうか、イリルはどこにいるんだろ。気付いたら砂の上で探すどころじゃなかった。


 部屋の中をぐるぐる回っていると、この部屋に入る入口らしき四角い穴を見つける。ついでに、当然のようにそこでふよふよ浮いているリリーの姿をしたイリルもいた。


「あそこか」


〈……あんまり私の姿でアランに意地悪しないで欲しいなー〉


 僕はバサッと翼をはためかせ、イリルのいる場所に向かう。イリルはこっちを見て能天気そうに手を振っていた。その無邪気な姿に僕は毒気が抜かれる思いだった。なんか、イリルって幼い感じするな。ダンジョンなんて何百年も前からあるはずだから、そんなはずないんだけど。


 イリルのいる部屋の入口に降り立つと、彼女はにこっと笑った。


「どう? どう?」


 前のめりになりダンジョンの罠の出来合いの評価を求めてくる。どうもなにも、普通に凶悪だった。ただ、ジェナなら常識外れの怪力で脱出できるかもしれない。底にいる魔物にも殴るなり、蹴るなりでどうにかして倒してしまいそうだ。


「これで、この部屋の全部?」


 だから、僕は訊いてしまった。これだけでは足りないのではと思ったから。僕の問いに、イリルはぶんぶんと首を振った。僕は少し笑ってしまう。リリーの顔で彼女が絶対にやらなそうなことをやると、どうしても面白くなってしまう。


〈イリルとあとでちょっとお話ししなきゃ〉


 聞えてきたリリーの声を無視していると、イリルが妙にキラキラした目で部屋の頭上を指差した。段々、楽しんできてないだろうか、イリル。


「骸骨、あれ強い。本命」


 イリルにつられ、部屋の天井を見ると、へばりつくように巨大な骸骨がいた。いることは落ちる時には気付いていたけど、何もしてこなかったけどな。


「あれは、こう動く」


 イリルが言うと、骸骨がぎ、ぎ、ぎと不快な音を立て、砂埃を落としながら動きだした。


「見てて」


 イリルはすり鉢状になっている砂の床の一部の場所を指差す。同時に彼女の指差した場所に砂柱が立ち、何かが衝突するような激しい音が聞こえてきた。砂煙が立ち上り、視界が悪くなる。


 早すぎる。それに強い。なぜ、砂柱が立ったのか僕はすぐに分かった。砂煙が邪魔こそいているけど、煙から伸びる真っ白で無骨な骨は上に延び、天井にへばりついている骸骨に繋がっていた。あの骸骨がイリルの指差した場所を殴ったんだろう。それは分かる。でも、ほとんど見えなかった。


「どう? どう?」


 イリルが僕の衣服の裾を引っ張り、感想をせがんでくる。ジェナの移動速度よりも早い。あれなら、彼女にぶつけることが出来る。おまけに、床は砂のすり鉢。足を取られ、普段よりも早く動けないはず。


「すごい、すごいよ。イリル」


 僕は思わずイリルの頭を撫でた。手触りはざらざらとしており、改めて生き物とは違う存在であることを認識させられる。


「すごい? すごい?」


「ああ、すごい」


 僕に褒められたのがよほど嬉しかったのか、イリルは両手を上げ喜んでいた。本当に子供っぽい。それにしても、その姿で無邪気に喜ばれるのは見ているこっちが恥ずかしくなりそうだった。リリーもとうとう何も言わなくなってしまい、沈黙している。ただ、彼女の怒気を孕んでいる雰囲気だけは僕に伝わってきた。喧嘩するなら、せめてジェナを殺したあとにしてほしい。


「アラン、アラン。まだあるよ」


「まだ? この部屋の中に?」


「ううん」


 砂で出来ているはずの目をきらきらさせ、イリルは首を振った。ぱかっと何の前触れもなく、また床が穴を空ける。三度目ともなると、アランも何も感じなくなっていた。むしろ、次の罠に期待を膨らませ、暗い穴の中に落下するのに身を任せた。



 心構えが出来ていたおかげか、今度は無事に着陸することが出来た。重い音を立てて地面に着地する。


 また天井から落ちたらしい僕は、すぐに周りを見回した。真っ暗だったため、手に魔力を集めて光の玉を浮かべ、照らされた通路内を見回す。だけど、今までと違って今度は何かの罠があるような場所には見えなかった。ダンジョンの中にある一般的な通路――じめじめとした暗い場所だった。ぬめぬめとしている床は滑りやすく、他の階層でも見られるダンジョン内の通路と何も変わらない。前の二か所とも、いきなり罠のある部屋に飛ばされたから今回も同じだと思ったけど違うのか。罠のある場所じゃない?


「アラン、こっち」


 いつの間にか近くにいたイリルに引っ張られ、少しだけ通路を進む。通路はちょうど曲がり道の手前で、曲がった先にイリルは案内したいようだった。


 光の玉を浮かべながら、曲がり角を曲がる。通路の先、ぽっかりと四角に開いた穴があった。だが、何も見えない。真っ暗なことと、どう見ても水が張っていた。ちゃぷちゃぷと、人一人が入れるほどの高さがある四角い穴の表面で水が揺れている。


「この中に入る」


 イリルがその水を指差す。やっぱりここが入口らしい。さっきまでの部屋は全体が見えていたので怖さはなかった。前の部屋の砂に足を取られかけた時はさすがにヒヤッとしたけど、ここまで嫌な予感はしなかった。ただこれは水が揺れているだけなのに、不穏な感じしかしない。


〈なーんか、危なそうだよねー〉


「うん。でも、ジェナは喜んで入って行きそう。僕が用意したものだと思ったら、戦闘する気満々だろうから」


〈……よく、その性格で今まで死ななかったわよね。あの竜人〉


「それが強いってことの証明でもあるんだ。傍若無人、周囲を気にせず、後のことを一切考えず、自分の思うがままに戦う。それが許される強さなんだ」


〈まあ、そうよね。でも、勇者パーティーの中では一番弱い〉


「そうだね。だから、弱らせてさっさと殺す。どうせ、あいつはただ単に暴れただけだ。憎いけど他二人ほどじゃない」


「アラン、早く」


 水面が揺れている入口を前にリリーと話していると、急かすようにイリルが僕の衣服の裾を引っ張った。キラキラした目をしている。よほど自分が造った罠を見て欲しいらしい。


 ジェナに通用するのか知るためにも、知りたくはあるけど……。


「イリル、この水の中ってどうなって――」


「秘密」


 食い気味だった。ダンジョンの罠なのだから、死にかけてもおかしくな罠なのだろうけど、イリルは僕が楽しんでいると勘違いしているのだろうか。まあ、ジェナがさっきまでの罠に引っ掛かって痛い目を見ると思えば楽しいけど……。まあ、確かめないってわけにはいかない。完全に無傷で例の決戦場まで来られても困る。


「はぁー……」


 イリルの期待に応えるわけではないけど、僕は微かに揺れている目の前の水に触れた――


「ぐっ」


 ずく、と嫌な痛みを感じ、僕はすぐに手を離した。手を見るが、とくに何も変わっていない。しかし、身体が変化して敏感になっている僕には、もはやただの水には見えなかった。これは……、毒?


「イリル、どのくらいの毒なんだ? これ」


「んー、……人間、死ぬ。竜人、焼ける?」


 イリルが可愛らしく首を傾げる。普通に危なかったんだが。今の身体じゃなきゃ毒が回っていたということか。


「僕のところに来るまで、ここは必ず通るってことでいいのか?」


「うん。他の道、ない」


「なら、いい」


 多分、ジェナが一番イライラするタイプの仕掛けだ。物理でどうにもならず、この先を行くには毒を受け続けなければならない。ジェナはさぞかしストレスが溜まるだろうな。常人程度には魔法が使えるから、どうせ、僕と同じ方法で防ぐだろうけど、魔力は削られる。


 僕は全身に魔力を巡らせ、自身に薄紫色の膜を覆っていきながら、口元がにやつくのが止まらなかった。


「気に入った?」


「ああ」


 僕が頷くと、イリルは満面の笑みで喜んだ。もっとも、リリーの顔だから不自然さが半端じゃない。違和感しかない。


〈アラン、考えること丸分かりなのを忘れてない?〉


「だって、実際そうじゃん。こんな、嬉しそうにしてるの僕見たことないよ」


 くすくす笑いながら、気に入らなかったらしい。リリーは何も言わなくなってしまった。拗ねちゃったかな。


〈拗ねてません〉


 明らかに不機嫌そうにリリーが言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る