第11話「ダンジョン探索」

 ダンジョン探索当日。あとで支障が出るからとジェナの「訓練」が無くなる……、なんてことはなかった。しっかりとぼこぼこにされ、ナンシーに治され、頬を叩かれる一セット。もはやなにかの儀式なのかとも思えるこの流れを僕はしっかりと味わされ、アーサー、ジェナ、ナンシーとともにダンジョンに向かった。


 ダンジョンは様々な場所にある。以前、精霊魔法の存在について教えてくれた本屋のおじさんが、ダンジョンのことについても嬉々として教えてくれたことがあった。


 おじさんが言うには、ダンジョンは「精霊」らしい。僕が納得しかねていると。おじさんはさらにこう続けた。


 あのなアラン坊。ダンジョンってどういうものか分かっているのか?


 僕は当然、分かっている、と答えた。地下に造られている迷宮で、入口からは想像も出来ないほど広い構造をしている。深い階層ほど人知を超えた有り得ない構造をしていて侵入者を拒んでいる。おまけにダンジョンの中には、大量の魔物がいて、侵入者を襲ってくる。だけど、ダンジョンの魔物や取れる者はとても高く売れるものばかりだ、と。一から十まで僕は完璧に説明したつもりになっていた。実際勇者パーティーとして何回も潜っているので、これ以上の説明はないと思っていた。


 だが、おじさんは、それだけじゃない、と僕の前で指を振った。僕はアラン達以外に久々に苛立ったのを覚えている。あのおじさんは時々うざい。


 おじさんは続ける。


 なんでダンジョンで魔物が産まれると思う? そう、侵入者を殺すためだ。そして、死んだ人間は養分になる。そこでだ、精霊には精霊たる条件があるんだが、アラン坊は分かるか?


 僕が分からないと答えると、これまた腹の立つ顔で自慢気におじさんが言った。


 精霊達は何を食べて存在しているか分かるか? 魔力だよ。そこには人間から生まれる魔力も含まれる。さっき、ダンジョンは死んだ人間を養分にすると言っただろう? 人間から魔力だけを奪っているのさ。死んだ人間は地上で死んだ者よりすぐに腐っちまうだろ? あれが魔力を吸われている証拠さ。ダンジョン自体が巨大な精霊なんだ。ダンジョンに潜る奴らは、精霊に体内に入っているわけだ。


 僕はまだ納得できなかった。あんな巨大なものが全部精霊だと言われてもピンとこない。大体普段見える精霊は丸くて光っているものだ。まるで姿が違う。


 僕がそのことを言うと、おじさんはにやっと笑った。色々と教えてくれるのは嬉しいけど、一々癇に障る。もはや才能なんじゃないだろうか、とその時の僕は思った。


 いいか、とおじさんはさらに続けた。


 アラン坊が見ているのは、程度の低い精霊だ。精霊だって沢山いる。だが、精霊同士の力には明確な差がある。ダンジョンみたいなのは例外中の例外だが――力が強くなればなるほど、人間の姿に近くなる。人間に紛れて生活しているなんて噂もある。


 僕はおじさんの話を聞きながら、すぐにリリーのことを思い浮かべた。彼女は相当強かったのだろうか? ずっと会っていないから声すらも思い出せない彼女。村が壊された日から、何度も呼び掛けたけど反応はなかった。僕の中にいるのかさえ分からない。かといって、あの湖に行くこともできなかった。そもそも、王都からどうやって行けばいいのか分からない。


 おじさんは、僕が考え込んでいるのを話を聞いてくれていると勘違いしたのか、さらに前のめりで話始めた。他に客がいないからって、店主のおじさんも相当暇なようだった。


 おじさんは鼻を膨らませながら、中でも一番有名なのは、勇者を救うと言われている精霊だな。その時々で名前も姿形もバラバラだけどな。


 僕は「勇者」という言葉に嫌気が差しながらも、疑問に思った。精霊ってそんなに姿を変えられるだろうか。僕はすぐにおじさんに訊いた。


 いや、そいつだけだ。人間の姿をしている精霊でも大体は同じ姿をしているらしい。なんでかは知らねえけどな。そいつだけころころと姿を変えているんだとよ。


 そこからおじさんは、こう漏らした。


 そういや、アーサー様に精霊のお供がいるなんて聞いてねえなー。勇者には必ずいるはずなんだが。なあ、アラン坊は知らねえか? お前さんも、勇者パーティーの一人なんだろ?


 急に僕に向けられたおじさんの好奇心で満載の目から逃げるため、あの場から走ったのだった。


「――おい、アランっ」


「は、はいっ」


 アーサーに呼ばれ、僕は我に返った。暗い洞窟で彼の声だけが反響する。


「明かりを点けろ、暗いだろ」


「す、すみません」


 そんなに文句があるならそれぞれで点ければいいと思うのだが、まさかそのままいう訳にもいかない。ダンジョン二十階層――延々と暗い洞窟が続くこの中で、ぶん殴られて放置でもされたら本気で死にかねない。ここまで深い階層だと、冒険者も中々やってこないし。発見すらしてもらえない可能性が高い。


 僕は一瞬で最悪の想像が頭に浮かび、すぐに手から丸い光源を作り出すと、先頭を歩くアーサーの方を照らした。


「ったく、ぐずが。光は常に点けとけって言っているだろうが」


「ごめんなさい……」


「アーサー、早く行こうぜー、このまま奥まで行くんだろ」


「ああ、今日中には着けるだろ」


「……子供の死体ないわねえ」


「何言ってんだナンシー、この階層であるわけねえだろ。あっても魔物のエサだ。とっくに跡形もねえな」


 ジェナは馬鹿にするようにナンシーに言ったが、言われた当の本人はまだきょろきょろと探しているようだった。自分をまったく気にしていないその様子にジェナは苛立ったようで、舌打ちとともに、ダンジョンの壁を殴った。


「おい、壁を殴るのはやめろ。余計なのが湧くだろうが」


「へいへい、アーサー勇者様」


 今度はアーサーが舌打ちする。万事が万事この調子だった。いつも思うのだが、この雰囲気でよくダンジョンを何事もなく探索できるな、と思う。彼らの最後尾を歩きながら、僕は呆れる思いだった。

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