第9話「彼らの正体」

 地方に出たという魔王軍討伐から勇者パーティーが戻って来て三日後、彼らはまた魔王軍討伐に向かった。珍しく間隔が短い。これが本当に魔王軍討伐のためで、その点において信頼できていたのなら、応援すらもしていただろう。でも、今はする気にもなれない。そんな心地になるには、精霊たちが「録音」したはずの声を聞かなければ。


 それにしても、よほどお金が無かったのだろうか。勇者教会や魔王軍討伐をした土地の領主などから、ことが終わればお金はもらえるのだろうが――足りなかったのか? 彼らと行動を共にしていて、こんなに短い間隔で討伐しに行ったのは数えるほどしか記憶がない。それも結構昔のことだけに、記憶が曖昧だ。


 まさか、僕の行動に気付いていて、なにか行動しているのか。いや、でもそれはあり得ない。気付かれていたら、翌日にはジェナにサンドバッグにされている。いや、されててはいたが、いつもよりも激しいなんてことはなかった。ナンシーも普通に治癒してくれていたし。まあ、頬はぶたれるが。


 アーサーだっていつも通り、僕を雑に扱っていた。特に変な所はなかったように思う。


 一人取り残されているパーティーハウス内の自室で、僕は溜息を吐いた。今更考えてもしょうがない。本当は彼らが寝静まってから、隠れて聞こうと考えていたのだから都合がいいと思えばいい。


 僕はそう納得して、目に魔力を集める。すると、みるみる周りに浮かんでいる光の玉――精霊が見え始めた。相変わらず呑気そうにふよふよと宙に浮かんでいる。


 例の部屋でのやり取りで気付いたけど、命令する時以外、特に声に魔力を乗せなくても大丈夫なんだよな。基本的には普通の声でも言うことをきいてくれる。てっきり、命令じゃないとダメだと思っていたけど、普通に話すことが出来たし。


 僕はベッドに座っていた。一つ息を吐く、長く、長く。そして、息を吸い、吐く。緊張する。あの部屋で彼らが一体何を話していたのか。僕はこれから聞く内容が、自分にとって良い内容がいいのか、悪い内容がいいのか、分からなくなっていた。ただ、聞かずにはいられなかった。聞かないという選択肢はない。聞かなければならない。


 僕は精霊たちに訊く。


「部屋の『録音』、聞かせてくれるのは誰?」


 浮かんでいる精霊たちはぴくりとも動かなかった。僕は違和感を覚える。なんでどいつもこいつも反応しない?


「どうした? 『録音』はしたんだよな?」


 精霊達が一斉に明滅する。眩し過ぎる。僕は思わず目をつぶり、「分かった、分かった。それは疑わない」と急いで言った。意味が分からない。僕はさっさと聞きたいというのに。


「じゃあ、聞かせろよ。早く聞きたいんだ」


 僕の言葉にまた精霊たちがだんまりを決め込む。僕は腹が立った。なんで、邪魔をするのか。僕に協力してくれるんじゃないのか。


 喉に魔力を集める。すぐに喉は熱くなり『あ』と試しに発した声は重く低かった。


 僕の行動に気付いたのだろう、精霊たちがやかましく感じるほどに明滅する。『や、め、て』といくつかの精霊が言葉を発する。


 僕はそれを無視し、重い塊を吐き出すように、命令した。


『僕に、部屋の「録音」を聞かせろ。アーサー達がこの家に戻った晩のものだ』


 精霊達は僕の命令に抗うかのように、明滅に加えてその球体を震わせていたが、『命令だ』と業を煮やした僕が、さらに追い打ちをかけるとピタッと明滅と震えが止まった。


『――で、次はどうすんだ?』


 聞えたのはジェナの声。珍しく声に真剣味がある。


『教会から依頼されているの場所はさっき言っただろう。そこをまた襲えばいい』


『ん~、次は、この辺とかどうかしら? 教会の依頼に入っていないけど、村の領主が色々と小細工していて、お金を持ってるって噂で聞いたわよ』


『ダメだ。教会からの依頼に入っていないだろう。前にやってお前の教会に文句を言われたのを忘れたのか? 教会に所属しているお前が一番分かってるはずだろ』


 なんの話だ。依頼に襲撃? 教会は勇者教会のことか?


 精霊たちがバラバラに点滅し、アーサー、ナンシー、ジェナの三人の声を発する。


『アーサー、うっせえぞ。もうどこでもいいだろ』


『ああ? 元はといえばお前がパーティーの資金を勝手に賭けに使ったせいで、こんな短期間に襲撃しなきゃならないんだろうが』


『しょうがねえだろー? 絶対いけるはずだったのに、変な横やりが入ったせいで大損しちまったんだから。勝ってたら十倍だぜ、十倍。賭けなきゃ、損だろ』


『負けてるくせに何言ってんだよ。大体、なんのために定期的に地方の村を襲っていると思ってんだ。お前が賭ける金も無くなるぞ。魔王軍のふりをするのだって、頻繁に襲撃があれば、戦争が本格的になっちまうっていうのに』


『あーあ、難しいことは分かりませーん。別にいいだろ、適当に襲とっきゃ。どうせ地方の村なんてあってもなくても変わらない様な所ばっかりだろ。教会から頼まれてなくても変わんねえって。金を稼げるならナンシーが言った場所の方がいいじゃねえか』


 僕は精霊たちが再生している勇者パーティーの言葉の意味がすぐに咀嚼できなかった。魔王軍の襲撃とアーサー達が討伐に行くのがやたらとタイミングいいのは、こいつらのことだから、魔王軍と裏で繋がっているのではと予想していた。魔王軍と繋がることで茶番を演じ、国の英雄になり続け、金も入る。アーサー達にとってはかなり都合がいい。なにしろ、魔王軍がいて茶番を続ける限り、永遠に金が懐に入ってくるのだから。


 でも、話している内容は違った。精霊達の明滅は止まらない。アーサーとジェナが揉め、ナンシーが止めに入る。いつものパターンだ。彼らの声だ、間違いなく。この五年間、罵倒といたぶりと共に刻み付けられた声。


 魔王軍の振りをしている? それに教会から頼まれた?


 一体、何の話をしているのだ。冗談はよしてくれ。感情は知りたくないが頭はいやでも言葉の意味を理解する。それじゃあ、僕の村も? 


 炎に焼かれている建物、灰色の人間達、何も話してくれなくなったお父さんとお母さん――燃え盛る村の中で真っ白な髪の毛をたなびかせ、深い青の瞳を僕を見る女性、ナンシー。


 あの時、みんなが人でない何かなっていたのは、まさかナンシーの魔法だったのか? 村が燃え、破壊されていたのは魔王軍ではなく勇者パーティーである、アーサー達の仕業?


 みんなみんな、やったのか。殺したのか。燃やしたのか。「教会」に頼まれた村だったから?


 気持ち悪い。聞こえてくる彼らの声がぐるぐると頭の中で渦を巻く。吐き気がする。息が乱れる、声が漏れる。ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな――こいつらが、僕の村を、家族を殺したのか。


 僕は叫んでいた。床に手を付き、殴り、叫ぶ。獣のような言葉にならない声が喉を通り乾いた口から飛び出していく。頭が赤黒く染まってく中で、まるで狼の咆哮のようだ、と頭の片隅で僕は思った。

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