自称悲劇のヒロイン達

チャイムン

ケース1)小狸ぽん子

「だって、悪くってぇ~」

 語尾の間延びした調子に彼女の悲しみが滲む。

 いや、哀れみか。

 喜びをかきしきれない哀れみだ。


「大丈夫。うちは水害地域から遠いから。なんにも起こってないから」

 通話を終わらせたい一心で、ブチキレるのを我慢する。


 この後、延々と自分の悲劇ネタが展開される悲劇のヒロイン劇場が始まるんだよね・・・


 ここでブチキレて「うるせーよ!二度とかけてくるな」などと言ったり、メッセージをブロックしたりしようものなら、悲劇のヒロイン劇場が友人達の間を疾走する。


 疾走するけど、一人小一時間超えるから迷惑極まりない。


「詠(えい)ちゃんがね・・・えぐっえぐっ・・・心配してるだけなのに・・・ひっくひっく・・・」

 なーんてね。


 それを聞く友人達は私同様

(またか・・・めんどさーーーーーい)

 と思いつつ、堪えるしかない。冷たくあしらおうものなら次はわが身が彼女のネタ。

 おいしく料理されてしまう。


 友人達も必死にブチキレたりブロックしたりするのを堪えているのだ。


 仲の良い友人達同士「せーの!」でやってしまおうかとも思うが、学部を超えて細い繋がりもあるので、その細い関係者に迷惑をかけることを考えるとなかなか踏み切れない。


 まさか少しでも関係のある人全員に「これこれしかじかの次第で縁を切りました」と説明するわけにもいかない。


 ああ、めんどくさい。

 どうして50キロも離れた場所の水害で、こんなに哀れまれなければならないのか。


 いや、牛は流れて来たんだけどね。

 可哀想なのは私じゃなくて、牛とその畜産農家主だよ。


 彼女にとって「可哀想」は娯楽。


 ほんと、意味わかんない思考回路。


 どんな話題でも無理やり悲劇のヒロイン劇場に繋げる。


 あなたも可哀想だけど、私はもっと可哀想。


 彼女は学生時代からこんな感じだった。


 ある事実がある時気づくと全く別物のストーリーに変化している。


 実に彼女に都合のいいストーリーに。


 私達は彼女のことを陰で「小狸ぽん子」と呼ぶようになった。


 狸は狐と違って抜けが多い化かし方をするそうで、彼女、ぽん子のストーリーも大変杜撰なものだった。


 また狐は前から巧妙に人をだまくらかすが、大きな被害をあたえないそうだ。

 狸は後ろから人間をぐいぐい押すようにだまくらかすので、悪くすると人間は死ぬこともある。


 他人、女限定で自分を上げるために破滅に追いやっても平気な女、しかし杜撰ゆえに「論破ぁ!!」されてしまう女。

(但し、面と向かってはしない。めんどくさい事態になること確実だから)

 それが小狸ぽん子。


 彼女は自分の家族からだまくらかしている。


 まず、自分は心臓が弱く、少しでも過度な運動をすると死にそうになる。

「過度な運動」とは「嫌いで面倒な運動」のこと。


 これで小学校から嫌な体育からツルヌルと逃れてきた。


 あたかもこんな風に。

「|体の弱い可哀想な私。あの木の葉が全部落ちたら死ぬのかしら?」


 あの木ってどの木?

 Oヘンリーもびっくりよ。


 そして高校受験では「マリア様が夢枕に立った」と抜かして、ミッション系の高校へ進学。

 ミッション系が合わなかったらしいぽん子は、大学進学に際して

「マリア様は私の味方あなかったの。私にはマリア様より観音様が似合うと思うの」

 と抜け抜けと言い、仏教系の大学の文学部に進学した。


 うちの大学は一応、仏教学部だけではなく文学部、史学部、国際学部のある所謂ユニヴァーシティ。合格ラインの平均数字は大変可愛らしい。1コースを除いては。宗派コースなんぞ、寄付金を出して自分の名前が書ければいいのではないかと、冗談で言われている。

「寄付金」は入学者全員に1口3万で課せられるものなので、親が何口詰もうと不正とされない便利なものだ。

 その分私立にしては、入学金も授業料も格安だ。


 そこの文学部に入ったぽん子。

 そこでイマイチ煌めけなかったので、男が多く女が少ない仏教学部の、ある宗派コースへの転部を望んだ。


「だってみんなが私を妬んで意地悪するんだもの」


 みんなって誰?

 同じ学部学科コースの明美は何かを言うことを諦めていて、今やぽん子が何を意を言おうとしようと、スゥーンとチベットスナギツネの顔だ。


 基本的に我が大学では転部は簡単だ。

 一番難関コースが超絶に過酷なので、卒論準備段階の2年時に上がるタイミングで救済するためだ。

 毎年難関コースではごっそりと転部者が出るので、私の同学年でたった一人しか出なかったことが「奇跡」と言われたほどだ。


 おそらく、私がぽん子によく絡まれ、一緒に行動することを望まれたのは、その超難関コースの「友達」がいるというステイタスのためだったと思う。


 友達じゃないから。


 自分が中心人物、ヒロインでいるために彼女はまた人を化かす。

 今回は大物で、宗派コースの教授だった。

 その宗派ではある有名な寺院の終生在住尼僧を常時熱烈募集をしていた。


 そこは元はやんごとなき階層の女性が多く尼僧として暮らすために作られたところで、現在は人員不足極まりない。

 やんごとなき行かず後家の老女に、大変高尚ないけずをされるため、若い尼僧が居つかない問題を抱えており、このままでは消滅の危機を免れない。


「|私は親に虐待《されていて・・・」

 そんな事実はない。

「|卒業しても行くところはありません」

 そういった、悲劇のヒロイン劇場を展開して最高の待遇を獲得した。


 はっきりと「そこに入ります」と明言しなかったことが重要ポイント。


 ぽん子は転部し、そこに入ると思い込んだ教授によって最大限の恩恵を受けることに成功した。

 具体的に言うと、絶対に留年も放校もなく卒業できる。


 うちの大学が始めたインドの格闘技スポーツ競技にスカウトされた勉強できない坊主どもより遥かによろしい待遇。アジア大会進出チームより優遇されるってなんだよって話だ。


 しかし彼女は尼僧になったことも、悲劇のヒロイン劇場の肥やしになった。


 僧階をとるのに必須な剃髪も

「髪剃られちゃって・・・ぐすんぐすん」

 あなたの望んだことですけど?

「みんな笑っているよね?めそめそ」

 うん。笑ってる。小狸ぽん子大回転って。


 元々ショートボブだっただろうが。

 平安時代の尼そぎより短かったのに、今更・・・


 話は戻って、うちの大学は一年時に体育がある。「見学しますぅ」では単位が取れず、また一年の必修で落とすと留年確実なので、本当に運動できない人のために「医学」という講座がある。

 私達が楽しくキャッキャとゆるく運動して、他学部と交流を深めている間、ぽん子は一人寂しく医学を受講し、気づいたら交友関係がぼっち状態になっていた。


 なっていたが、そこで蚊帳の外にいるようなタマではない。

 同じ学科の女の子に、呼んでも誘われてもいないのにしゃらっと付いてきて「仲間でござい」という顔をしていた。


 後で「誰が呼んだの?あのいけすかないあざと計算女?」みたいな話になって、「あ・・・私・・・かも?誘ってないよ?行くって話を聞いて付いて来た・・・かも?」みたいな人がいる感じ。


 最初は誰もがぽん子の言い分をそれなりに信じていた。


 しかし小狸なので抜けが多すぎて、アラはあっと言う間に露見する。

 というか、自分でバラす。

 本人にはバラしたつもりはなく、逆に得々と自分の手柄顔で語るのだ。


「〇〇さんが行くって言うから私もいいと思ってぇ~」

 いや、よくない。呼んでない。あと、来ると自分アピール凄すぎてドン引きを禁じ得ない。

 勝手にナンパに乗って行くのをやめろ。

 強く言いたい。

 来るな!


 ぽん子に隠れて遊びに行くと、悲劇のヒロイン劇場開幕!!


 例の転部の件も本人が自慢気に話したのだ。


「ええ!?大本懐に入るの!?」

(「大本懐」とは例の寺院の隠語)

 と聞くと、破顔一笑

「そんなわけないじゃない~。卒業後すぐ結婚するからいい人いたら紹介してぇ~」

 誰がするか!

「だってぇ~、入れられちゃったら悲劇じゃない?」

 ・・・・・・・


 しかし、してしまったのは私だ。

 意図してしたのではない。

 ぽん子がそう思い込んでいただけだ。


 私のコースには年齢が上の同級生、ストレート合格ではなく浪人したり社会に出てから受験したりする人が多い。また、数年の留学をして留年した人も。

 私の同学年では私ともう一人の二人だけがストレート合格者だった。


 可愛らしい合格ライン数字なので、私のコースを受験する者にとっては試験自体は簡単極まりない。

(合格してからが地獄だが)


 そんな中、10年社会人をして受験した同学年の男性、白井正孝は大変真面目で温厚な方だった。

 私達のコースは過酷で有る故に結束が固く、難解なコンパウンドを額を寄せ合って解読することも珍しくない。

 そんな中のリーダー格とも言おうか。


 ぽん子が「昨日は来なかったけどどうかしたの?」とさも可哀想とでも言わんばかりに聞いてくる度、私は彼女に化かされていたらしい。


 話を打ち切るために彼の名前をよく出していたのだ。


「昨日もコンパウンド解読」

「やだぁ~可哀想ぉ~」

「大丈夫。白井さんが仕切ってくれて、早めに終わったから」

 と言った感じで。

 10歳も年上なので、彼はなんとういか私のターゲット外というのはおこがましいが、恋愛対象として誰をも考えられないほど勉学に忙しかったのだ。


 2年の時、私はぽん子の古巣の文学部の講師に大変可愛がられていた。

 その講師はこの大学の卒業生で、ぽん子の転部と入れ替わりに講師職に就いた。

 イケメンではなが、見た目はそこそこで面白い人だった。


 どうやら私はその先生の妹に似ていたらしく、彼と16歳年上の同学年の宗教学部の青木さんに、私が一番仲がよかった明美と私は、あたかも娘のように甘やかされていた。


 さすがに青木さんは既婚者でもあり、私とのラヴ・アフェアはないと踏んだぽん子、まだ20代後半の講師赤坂先生に粉をかけ始めた。

 ハニトラ大失敗。


 ぽん子の自己評価の高さは、もはや敬意を表さざるを得ないほどだった。

 自分をかなり美化済で認識していた。


 腕に抱きついてしなだれかかって偽ブラBカップを講師に押し付けて、上目遣いパチパチしたら、逃げるに決まっている。

 講師就任1年目で生徒と、なんて絶対に避けるだろうに。


 この辺が小狸の限界。


 そして次に彼女が手を出したのが白井さんだ。


 なんとぽん子は、私が白井さんが好きだと思い込んでいたのだ。


 白井さんは優秀だけど、私みたいな凡人はこのコースでの履修がいっぱいいっぱいなのよ。

 1に勉学、その他の平日の時間は「入浴>睡眠>食事」が優先順位。


 ぽん子はうまうまと白井さんを攻略し、大本懐に入ってくれると思い込んでいた教授に

「だって好きになってしまったんですぅ~」

 よよと泣き崩れ、なし崩し成功。

 言葉の意味通りの「なし崩し」。

 さすが狸。自分の欲のために周到に少しずつ準備したところは、本当にすごいと思う。


 そして卒業式3日前、私を地獄に突き落とした。


「私ぃ~」もじもじ

「白井さんと結婚することになってぇ~」

 うん、知ってる。白井さんから聞いたから。

「悪くってぇ~」

 白井さんを騙したこと?小狸も反省するの?

「詠ちゃんが白井さんが好きだったの知っててとっちゃってごめんね」

 は?誰が?

「でも白井さん、詠ちゃんより私の方が好きだって・・・」

 は?え?

「ごめんね・・・ぐすっぐすっ」

 退場


 残された私は呆然自失。


 我に返った時に感じた感情は


 屈辱!!


 あんの小狸!!


 ことの顛末を友人にブチまけると、異口同音に

「屈辱!!」


 デスヨネーーーーーーー!!!!


 そして現在、通話中のぽん子は私を哀れむターンから、悲劇のヒロイン劇場に突入。

 内容は「妊娠しない」「子宮内膜症かもしれない》」「肩身が狭くて」「ご近所つきあいが」うんぬんかんぬん


 今では彼女の電話に対応するには「さしすせそ」と「はひふへほ」対応がメインだ。


 さ:さぁ?

 し:知らなーい

 す:すごいねー

 せ:全然だよー

 そ:そうなんだー

 は:はぁ

 ひ:ひどいね(あなたがね)

 ふ:ふーん

 へ:へえ

 ほ:ほうほう


 最後はこう〆られるのだ。


「でもね、私より可哀想な人がいるから、私は我慢しなきゃ」


 それって私のことですよね?

 ええ。可哀想ですよ。あなたを切る勇気がないことがね。

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