第94話
俺たちは二度目の国境を越え【エナミナル】の奥地にいた。以前きた森のある側とは違い、過去に採掘を終えたのか穴の開いた茶色の山肌がいくつも露わになっている。
「そろそろ身を隠せるものが少なくなってきた、慎重にいこう」
「ワフッ」
男に警戒心はないようだがここで気づかれてしまっては今までの苦労が水の泡だ。慎重を重ね後を追うと男は見晴らしのいい丘で馬を止めた。
何かあるのだろうか――俺たちも岩陰に隠れ辺りを見渡したときだった。遠くで黒い獣がこちらをジッと見つめている。
――ッ!
「リッツ様、何かありましたか?」
「神獣がいた……バレたかもしれない。念のため離れる準備をしてくれ」
二人が頷くと俺はゆっくりと顔を出したが、神獣は向きを変えると男の下に走っていく。男に目を戻すと少年が立っていた。
「あいつら、いったい何を話している?」
「もう少し近づいてみますか」
「いや、念のため俺一人でいこう。万が一バレたらあいつらは俺が止めるから二人は男を追ってくれ」
俺はぎりぎり男たちの声が聞こえるところまで近づいていった。
「聖者様……あの、本当に国を相手にできるのですか」
「お前に一つ良いことを教えてやる。魔物というのはどうやって生まれるか知っているか」
「い、いえ」
「せっかくだ、見せてやる」
神獣が馬に噛みつき骨が砕かれる音が響くと馬は倒れた。訳も分からず混乱する男とは別に、少年が馬に手を触れると肉腫が喰い付き、肥大化すると魔物になっていく。
「バ、バケモノ……!」
「魔物は穢れによって生まれ、そして生ある者に惹かれていく」
「――く、来るな、うわあああぁぁぁぁっ!」
魔物が襲い掛かると男はなすすべなく倒され、静かになると少年の声が響いた。
「あの怪我でまさか生きていたとはな」
……やはりバレていたか。
神獣に見られていたのは間違いなかったようだ。身を隠していた岩から出て行くと襲い掛かろうとした魔物を神獣が噛み裂いた。
「リヤンから聞いたよ、君がやったことに関して俺は何も言えない。だがこれ以上の復讐は二人で考えてみるべきだ」
「なぜ妹の名を――貴様、誰に……もしやあの女か」
「違う! 彼女は今も生きて、兄である君を止めようとしてるんだ!」
「黙れッ!! 妹は目の前で死んだんだ! そう、僕にもっと力があれば……ぅっ……」
少年は頭を抑え苦しみ出すと神獣が心配そうに寄り添う。
「おい、大丈夫か!?」
「あ、あのときもそうだ……。二度と騙されるか……お前らにも絶望を味わわせてやる」
少年は神獣に乗ると頭を抑えながらこちらをみた。
「準備はすでに終わった! 明日、この国と共に滅びるがいい!」
「何を言って――おい、待て!!」
少年たちが去って行くとすぐにニエとアンジェロがやってくる。
「リッツ様、あの子と何が?」
「リヤンのことを話してみたがダメだった。それにあいつ、この国は滅びるって言い残していきやがった」
「そうでしたか」
「……ニエ、視たな?」
ニエは笑顔で頷くと特に気にした様子もなく手を合わせた。
「最近、なんだかリッツ様に心を読まれている気がします! これが相思相愛というものでしょうか!」
「ニエが分かりやす過ぎんだよ……。そんなことより【エナミナル】はこれからどうなる?」
「聞いてしまっていいんですか?」
「ここまで来て逃げるわけにもいかないし、少しでも手掛かりがあれば防げるかもしれないだろ。それとも足掻いたところで滅ぶのは決定していたか?」
「私が視たのはリッツ様が魔物の大群に苦戦しているところまででした。魔物の中には穢れ持ちも混ざっていたためそうなったのでしょう」
「苦戦どころか本気でヤバいな。だがその先を視ていないというのなら、まだ【エナミナル】は滅んでいない可能性だってあるわけだ」
「はい、あくまで私が視るのはそのときに何が起こるかだけですから、リッツ様が諦めない限り希望はあります」
いつの間にか国の命運を握らされるのも如何なものかと思うが……。とは言っても、さすがに今回は一人じゃ国を守るなんてできないからな、日も暮れて来たし大急ぎで報告に行こう。
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