第41話

「お~この坊ちゃんがファーデン家の跡継ぎか」


「ウェッジさん、ユリウスは貴族なんですからせめて名前で呼んでやってください」


「先生……せめてってどういう意味ですか……」


 今日はユリウスの指導に来ているわけだが、ニエとアンジェロに混ざりなぜかウェッジさんもついてきた。俺が指導してるのを見てみたいらしい。


「今日は少しギャラリーが多いが、気にせずいつも通りやってくれ」


「はい、それでは走りに行ってきます!」


 ユリウスは稽古を開始し屋敷の外周を走り出した。俺に言われた通り全力ダッシュをしつつ呼吸を意識している。最初に比べれば随分とマシになっただろう。


「ほう、まだまだ荒いが根性はあるみてぇだな」


「そうなんですけど一つ悩みがあって……センスはあるはずなんですけど、俺のときより伸びが遅いみたいなんですよ。次のステップに行くまでに時間がかかり過ぎるんです」


「そりゃあそうだろう。どれ、屋敷に住まわせてもらってる礼に俺が教えてやるよ」


 ウェッジさんは走ってきたユリウスを止めると俺と指導を変わった。


「よし、二人には今走ったルートで競争してもらう」


「ええぇ……先生に勝つなんて無理ですよ!」


「それじゃあユリウスにはハンデをやろう。リッツはニエちゃんを抱えて走れ」


「なんですかそれ! いくら俺でもそれはさすがに――」


「ちなみにユリウスが勝ったらリッツの強さの秘密を教えてあげよう」


「ほ、本当ですか!? やります、必ず勝ってみせます!」


 秘密なんてあるわけないだろうが……いや、スキルで多少強くはなるけども。


「よーし、それじゃあ二人共位置につけー」


 すでにニエが位置についている。


 


「おい、変なことはするなよ」


「大丈夫です。リッツ様にならどこを触られても平気です」


 全然大丈夫じゃないなこいつ。


 俺はニエを抱きかかえるとユリウスが隣に立つ。


「先生、いくらハンデがあろうと手加減しませんからッ!」


 どうやら彼の頭から正々堂々という文字は消えたようだ。確かに賊や魔物は馬鹿正直に相手はしてくれない、一つ成長したと言ってもいいだろう。


 ま、だからといって負ける訳にもいかないな。


「それじゃいくぞー……よーい、スタート!」


 ウェッジさんの合図と同時に走り出す。一瞬だけ横につかれた気がしたが、気づけばあっという間に俺がゴールしていた。


「ゼェー……ゼェー……せ、先生……速すぎ……」


 遅れてゴールしたユリウスは力尽き倒れる。


「どれ、少し休んだらお前とこいつの違いを教えてやる」


 ウェッジさんはそう言うとアンジェロと遊び始めた。ユリウスが呼吸を整える間、俺は一切呼吸が乱れていないことに初めて気づいた。


「ユリウスは残念ながら負けてしまったが、特別にリッツとの大きな違いを教えてあげよう」


「本当ですか!?」


 ユリウスは座ったまま真剣な眼差しでウェッジさんを見つめた。


「リッツとの違い、それは何のために鍛錬をするのか、だ」


「何のため……?」


 ユリウスは何か考えるように俯く。


「君にも色々事情があるだろう。しかし、君がやっていることは有事に備えた訓練だ」


「……どういうことですか?」


「俺やリッツがやってきたのは有事を解決するための鍛錬、備えるためじゃない。己の力で道を切り開くためだ」


 えっ、そうだったの……。あの地獄のような修行にそんな意味があったなんて……。


「僕は……先生のように大切な人たちを守れるようになりたいんです。その鍛錬をやれば、僕も少しは強くなれますか?」


「ユリウス待て! あれは鍛錬というより――」


 咄嗟に止めようとした俺の前にウェッジさんが立ち塞がる。


「もちろんさ! ただし並々ならぬ精神力と覚悟が必要だ。ユリウス、君にその覚悟があるのであれば俺たちの鍛錬に混ざるといい」


「――やります! 僕もみんなを守るために……父上に相談してきます!!」


「わかった、待っているぞ」


 ユリウスは立ち上がると屋敷の中に走り去っていった。


「あんなこと言って大丈夫なんですか」


「俺も稼ぎがほしいからな。それに、お前もそろそろ鍛錬ばかりしてないで外の世界を見るべきだろう。みんなには俺から言っておくから安心しろ」


「ウェッジさん……そこまで俺のことを……!」


「団長はなんだかんだで優しいからな。ユリウスがいれば多少は鍛錬も楽になるはず」


 ……ウェッジさんでも辛かったんだな。


 ユリウスが戻ってくると詳しい話をするといってウェッジさんを屋敷に連れていった。


「……帰るか」


 特に予定もなくなった俺たちは街道を歩く。


「リッツ様とこうして歩くのも初めてですね」


「色々走り回ったりしてたもんなぁ。しかし予定がないとここまで暇になるとは……」


「それでしたら言っていた畑を始めてみてはどうでしょうか? 私もお手伝いできますし、一緒にいられる時間ができるのはとても嬉しいことです」


「……そうだな。久しぶりに触ってみるか」


 何を植えどうするかを考えているとあっという間に時間は過ぎていった。

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