魔女狩り少女のぼっち卒業計画 短篇

熊谷茂太

〈魔女狩りの魔女〉と「友人」のあやしげな会話

あやしげな前編

 カランコロンと時計塔から鐘の音が鳴る。

 お昼休みだ。

 ひとときの自由時間に、生徒たちから解放感が溢れ返る。


 賑わう教室の一角に、ノエルが目をやると──


 教室の一番後ろの列に横並びしている二人の姿があった。


「──誰にも言わないからさ。いいでしょ、クオ」


「や、で、でもそれは……こまります……」


 背を丸め、気弱な声をこぼしているのは、ノエルの監視対象である「クラスメイト」のクオだ。


 王国軍特殊部隊〈魔女狩り〉で、〈魔女狩りの魔女〉と称される最強の存在。

 同じ部隊員であるノエルにとっては、先輩にあたる。


 クオはある事情でこの学園の生徒となる特殊任務についており、ノエルはその監視役だ。


 特異である〈魔女狩り〉の力をクオが使ったり、周りに正体がバレたりしたら即行で捕える──そのためにノエルは、クオの言動を逐一ちくいち見張っているのだった。


「…………」


 ノエルは耳をすませた。

 にぎやかな教室の中で、クオと隣の席の少女はこそこそとやりとりしている。


「大丈夫だよ、秘密にするから、言いふらさないから、ねークオー」

「うぅ……で、ですが……それはあの、あんまり……」

「いいじゃない。何事も経験でしょ?」


 薄い笑みを浮かべてクオへとささやいているのは、ルカというクラスメイトだった。

 華奢きゃしゃで白っぽい髪に、悪戯っぽい笑顔。

 存在感が希薄なようでほがらかな──不思議な雰囲気を持っている。

 クオの編入初日から、頻繁ひんぱんに接触している──いわば「友人」だ。


「きみの悪いようにはならないよ。ぼくは──できるし、きみだって──」


 ルカはいたずらっぽい笑みで、何やらクオの耳元でささやいている。

 当のクオは、耳に近付く気配にびくーっと全身を震わせていた。


「うぅ、え、えっと……えっと……」


「ほらほら、行こう。昼休み終わっちゃうよー?」


 硬直したクオの手をとり、ルカは気楽な足取りで教室を出た。

 細腕の少女のいざないに、クオは無力な足取りで連れ出されている。

 最強の〈魔女狩り〉は見る影もない。


(なんだあれ……ルカってやつ、「秘密」とか言ってなかったか? まさか──)


 ノエルは目に厳しい光を宿す。


(まさか先輩、あいつに特殊任務のことバレてんのか……?)


 話は見えないがあやしげだ。ノエルはさっそく二人の後を追った。




「ふゃ……っ!」


 昼休みの賑わいを掻き分けたノエルが学園の本館出ると、並木道の一角から弱々しい声がこぼれた。


 見ると、道端に設置されているベンチに、クオとルカがいた。


 背筋を直線くらいまっすぐにして座っているクオと。

 そのふとももを枕に、ころんと寝転がるルカが。


「ふふー、やっぱりね。クオの膝枕は最高だよー。フカフカすぎるー」


 幸せそうな声をとろけさせるルカは、クオの膝をすぅっと指先でたどりつつ、


「そうそう、思い出した。いい筋肉って力が抜けるとふんわり柔らかいもんなんだって。

 たしかにこうしてると実感できるなあ。クオのふとももは上質だね」

「そ、そそそうなんですか……っ」

「あれー、なんかちょっと強張ってる。どしたの? クオ」

「る、るる、ルカあの、やっぱりこんなに近くに、人の頭があるのは、緊張しるられれ……」


 上手く回らない舌でごにょごにょつぶやくクオの膝の上で、ルカはやわらかくささやく。


「いいじゃない。言ったでしょ、ぼくはフカフカできるし、きみだってヒトの接触に慣れることができる。良いことづくしだよ」


「うぅ、へぅ、へゃえ……」

「ほらほら、もっと力抜いてー、フカフカになってよー、クオー」


 妙な声を零すクオの膝枕で、ルカは心地よさそうな表情を浮かべ出す。


「ああー、やっぱりこのフカフカは独占したいから、しばらくはぼくの秘密にしよーっと」


 ……人見知りと、人懐っこい女子による、ただのじゃれ合いだった。


(なんだよ、秘密なんて……紛らわしいこと言いやがって)


 変な脱力を覚えながら、ノエルが二人を眺めていると──

 ルカがこちらの視線に気付いて頭を上げた。


「おやおや、あれはノエルかな?」

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