【浮気調査1日目】( 2 )



※ 8月12日12時40分ごろ ※



 カフェから出れば、照り返しと室外機の熱が、湿気を含んで容赦なく襲いかかる。猛暑を通り過ぎて酷暑だ。気を付けなければ、熱中症まっしぐら。

 そんな中でも往来が止まらない、繁華街の大通り。


 陽炎が揺らぐ歩道の先には、暑さなどなんのその、調査対象である三井那可子は、男の腕にはべったりと絡みついている。


 2人の後を付かず離れず、琥珀と二人歩きながら、あかねは子首を傾げる。


「ホント、変な依頼者だね」


 琥珀から、依頼時の話しを聞いたあかねも、依頼者、佐藤真吾の様子を疑問に思った。


 浮気調査に乗り気でないにも関わらず、浮気調査を頼むあたりが不自然である。

 依頼者が婚約者の無実を、信じている様子がないことも、気になる部分だ。

 無実を信じていて、浮気調査に乗り気ではないのなら、あかねの中で辻褄が合うのだが。


「とはいえ、調べる訳にもいかず………」


「調べちゃだめなの?」


 探偵なのだから、調べてしまえば良いのではないか、とあかねは思うのだが。


「だめですよ。僕らが調べて良いのは、那可子さんの浮気に関する事柄だけです」


 頭を振って、きっぱりと言い放つ琥珀。

 それでも、あかねは食い下がる。佐藤の様子は、あまりに気になりすぎるのだ。


「こっそりでも?」


 調べたことがわからなければ、良いのではないかと思ったのだが……。


「法令遵守が鉄則ですよ。気になる、という理由だけでは調べられません」


 と、強い言葉で注意を受けた。

 そう言われると、確かに、法に触れることは良い事とは言えない。バレければ良いという考え方は、あまり良い事ではないと、あかねは考え直した。


「確かに、そうだね」


 あかねが、そこで引き下がろうとすると、琥珀は意味深な言葉を口にする。


「余程の理由がない限りは……調べられません」


 余程の理由。依頼者も調べなければならない程の何か。法令遵守しつつも、疑問の答えを見つける方法。


「ないかな?」


 佐藤の様子はとても気になる。調べられるのならば、調べてみたいと、あかねは思う。

 それは、琥珀も同様なようで。


「この調査を進める中で、調べる必要ありと判断された場合は……」


 調査で何かしら見つけて、調べる理由にしてしまえば、あるいは……と、暗に言っているように聞こえた。


「調べられる訳ね!」


 兎にも角にも、この依頼を進めなければならない。その中で、調べるべき事は、全部調べる。

 まず、あかねがやるべきは、那可子の浮気現場を押さえることだ。


「じゃ、調査頑張らなきゃ!」


 気合いを入れ直すあかねに、優しく微笑みかける琥珀。


「はい、頑張りましょうね」


 言い方が、幼い妹に言うような声色なのが、少し気になった。琥珀と共に仕事をしていると、よくある事なのだが……。

 けれど、ここで子供扱いするなと言おうものなら、更に子供扱いされてしまうのは、火を見るより明らか。

 仕事中でもある。余計な事は言わず集中だと、あかねは自分に言い聞かせ、少しだけ、歩調を早めた。

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