第4話

中学3年生の夏休み前、ぼくは定期検診で主治医の先生から手術をすすめられた。

「体もだいぶ大きくなって体力もついてきているし、心臓の状態も安定しているから、これなら手術にえられると思うよ。どうするかはご両親と相談して決めればいい。だけど、奏太かなたくんが嫌だと思うならやめたほうがいい。奏太くんの気持ちが1番大事だからね」

「手術したら走れるようになりますか?」

「走れるし、体育の授業にも参加できるようになる。無理をしすぎなければみんなと同じように生活できるよ」

「それなら、手術受けます!」

ずっとルナと一緒に外で遊んだり走ったりしたいと思ってた。いつもののんびり歩く散歩もいいけど、それだとルナは物足りないんじゃないかと思ってたんだ。

「奏太はルナと走り回りたいのよね」

うぅ...やっぱりお母さんにはバレてた...

「先生、奏太のことどうかよろしくお願いします」

「わかりました。夏休み中なら学校を長く休まなくて済むと思うけど、どうする?」

「それでいいです。少しでも早く元気になりたいです」

「よし、それじゃあ入院の予約していってくださいね。体調崩さないように気をつけるんだよ」

「はい!」



体調を崩すことなく入院当日を迎えた。

「ルナ、しばらく会えないけどいい子にしてるんだよ。ちゃんと元気になって帰ってくるから」

下を向いて小さく『クゥーン』と鳴いたあと、ぼくの顔を見つめて『ワン』と吠えた。


入院中はお父さんとお母さんが毎日スマホにルナの写真を送ってくれた。

ちゃんといい子にしているし、ぼくがいなくてもぼくのベッドで寝てるんだって。


いよいよ手術当日。

お父さんから伏見稲荷大社のお守りをもらった。

なにかの本で写真を見て、なんとなく惹かれた千本鳥居のポストカードを机に飾ってある。お父さんはそれを見てわざわざ送ってもらったみたい。

看護師さんから、お守りは滅菌の袋に入れてそばに置いてくれるって聞いたから、ルナの写真も一緒に入れてもらうことにした。


「奏太、がんばるのよ」

「うん、でもぼくは寝てるだけだから...」

「それもそうだな。目が覚めたら早く回復できるようにがんばるんだよ」

「うん。いってくるね」



夢を見ていた。ぼくはルナと一緒にフリスビーで遊んでる。お母さんがカレーを作ってくれてる。お父さんは...なにしてるんだろう。なにか焼いてる...?

「奏太、もうすぐできるから手を洗って」

「はーい」

天気もいいし、運動したあとに外で食べるご飯ってすごくおいしい。

キャンプってこんなに楽しいんだ。また来たいな。



「奏太」

「奏太、終わったよ」

お母さんとお父さんの声が聞こえて目を開けると、2人がぼくを心配そうに見つめていた。

「ぼくね、楽しい夢を見てたよ。お父さん、なに焼いて...た...」

夢のことを話そうとしたけど、すごく眠くて目を閉じてしまった。

「まだ麻酔がしっかり切れていないので、うとうとした状態がもうしばらく続くと思います。でも手術はうまくいきましたからね。また明日会いに来てあげてください」

「ありがとうございました。明日はもう少し話ができますか?」

「できると思いますよ。あ、そうだ。奏太くんはいつもルナちゃんに会いたいと言っていました。明日、可能ならルナちゃんの写真を持ってきてあげてください。きっと励みになりますから」

「わかりました。必ず持ってきます」



翌日、お母さんがルナの写真を持ってきてくれた。

ぼくのベッドで寝ているところ、おやつをねだっているところ、シャンプーしたてでなんか細ーい生き物になってるところ。

どれもかわいい。早く会いたい!


「昨日、夢を見てたって言ってたのよ。お父さんがなにか焼いてたとかなんとか...」

「そんなこと言ったんだ。全然覚えてない。でも夢を見たのは覚えてるよ。みんなでキャンプに行って、お父さんがアルミホイルに包んだなにかを炭の上に置いたの。なに焼いてたんだろう...」

「楽しい夢を見てたのね。次の休みの日にお父さんと一緒にくるから、なに焼いてたのか聞いてみたら?」

「でもぼくの夢の中のことだからなぁ...教えてくれるかなぁ」

「とりあえず聞いてみたら?さあ、そろそろ帰るわね。また明日くるから」

「うん、ありがとう」


ICUは面会時間が30分だけって決まってるんだって。でも明日には病棟の個室に移れるから、ルナのことをいっぱい聞いてみようと思う。


個室に移ったぼくは、ベッドの上で起き上がる練習を始めた。頭がふらふらして気持ち悪くなりそうで1分も起きていられない。先生は1週間後には歩けるようになるって言ってたけど、ちょっと信じられないよ...


「ルナは毎日玄関で奏太の帰りを待っているのよ。夜、電気を消すと今度は奏太のベッドに移動するの」

「そうなんだ。あんまり長く会わないと、ルナに忘れられちゃうような気がして心配だったんだ」

「大丈夫よ。絶対忘れたりしないから」


ルナの皮膚炎は落ち着いてるとか、ペースト状のおやつを盗み食いしようとしてお父さんに怒られたとか、いろいろ聞かせてもらってるとあっという間に時間が過ぎていった。



翌日はお父さんも来てくれた。

「お!奏太、起き上がれるようになったか」

「うん。もう歩く練習してるよ」

「それはよかった。そうだ、お父さんになにか聞きたいことがあるんだって?」

「あ、あのね、手術の時にね、みんなでキャンプに行ってる夢を見たんだ。その時お父さんがアルミホイルに包んだなにかを炭の上に置いて焼いてたんだけど、あれ、なに焼いてたの?」

「それはきっと焼き芋だな。炭で焼いた焼き芋はおいしいぞ。来年の夏休みにキャンプ行ってみるか」

「やった!楽しみだね」


長時間起き上がっていられるようになると、ぼくは受験勉強を再開した。

病棟の先生たちがちょこちょこ見に来てくれて、わからないところを教えてくれた。

おかげで過去問題をスラスラ解けるようになった。

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