念願の妻のヌードを撮る

矢木羽研(やきうけん)

あなたのヌードを撮らせてください

 大学の入学式で彼女をひと目見た瞬間、「撮りたい」と思った。それも、生まれたままの姿を。


 なぜ、そこまで惹きつけられたのかは理屈ではない。また客観的にすごく美人だとかグラマーというわけでもない。しかしどういうわけか、僕は彼女を見たときに被写体として強い関心を抱いたのだ。


 この感情を一目惚れだという人もいるだろうが、僕は彼女を恋愛対象や、ましてセックスの対象として好きになったのとは少し違う。あくまで、彼女を裸にして写真に収めてみたいという欲求が最初であった。


 もちろん、いきなり「あなたのヌードを撮らせてください」などと頼んだらただの変質者で、せっかく入った大学も追い出されるだろう。まずは彼女との距離を近づけることから始めた。幸い、彼女とは気が合い、すぐに友達になった。そして夏が来る前に恋愛関係になり、体のつながりもできた。


 なんだ、やっぱりセックスするのかよと思ってはいけない。健全な男女が仲を深めていくのであれば、性的な関係というのは必然のようなものなのである。


 *


「君のヌード写真を撮りたい」


 ついに僕がそう言ったのは、付き合って一年目の記念日だった。彼女は驚き、呆れながらも、僕の態度が真剣であることを知ると理解を示してくれた。ただし、許可はまだ出さなかった。


「あなたのことは信用しているけど、万が一流出したりしたら大変なことになるから」


 至極、まっとうな返事である。しかし、それから彼女は少し変わった。ベッドの上でいい雰囲気になったので、僕がいつものように部屋の明かりを消そうとすると、その手を止めたのだ。


「今のうちから、見せることに慣れておきたいなって」


 明るいところで裸を見せることを嫌がっていたのに、この日は最初から最後まで明るい部屋ですべてを見せてくれた。以降は毎回ではないにしても、以前のように裸を見せること自体を嫌がるようなことはなくなっていった。


 *


「気持ちいいね!」


 三年目の夏休みには、奮発して温泉旅行に行った。部屋に備え付けられた露天風呂に浸かってご満悦の彼女は、太陽の下で一糸まとわぬ姿になっていた。もちろん貸し切りなので他の客もいないのだが、こんなに開放的になってくれるとは思わなかった。


「今なら撮られてもいい、って一瞬思っちゃったかも」

「でも、約束は約束だよね」

「うん、我慢してくれるの嬉しい」


 結局、その日は浴衣姿の彼女を撮影した。少しだけサービスして、うなじや脚を見せてくれただけでも嬉しかった。


 *


「ついに、この日が来たんだね」

「うん、今後もずっとよろしくね」


 無事に卒業して就職した僕たちは、それぞれの仕事が順調になってきた翌年の春に結婚した。式はまだ先だが、婚姻届を提出してきたところだ。


「カメラ、これにする?」

「そうだね、値段もスペックもいい感じだと思う」


 役所に行ったその脚で家電屋に行き、デジタル一眼レフのカメラを買った。結婚したらヌードを撮ってもよい。いつの間にか、二人の間でそのような取り決めができていたのだ。お互いにはっきり口には出さないものの、彼女のほうからカメラを買いに行こうと言ってくれたのは嬉しかった。あくまでも結婚の記念ということではあるが。


「はい、どうぞ」


 彼女はカメラを開封し、自らの手で初期設定を済ませると僕にプレゼントした。妻は僕にカメラとともに、自らのすべてを撮影する権利をくれたかのような、象徴的な行為であった。


「それじゃ、さっそく……」


 僕は椅子に座って、自然に微笑んだ妻をファインダーに収めた。そのまま別の角度からもう一枚。ポーズを変えてもう一枚。立った姿でもう一枚。やはり、彼女は美しい。まるで僕の被写体になるために生まれてきたようだ、等と言ったらさすがに怒られてしまうだろうか。


 立ち上がった妻は、ワンピースのボタンをゆっくりと外していった。僕が促したわけでも、妻が脱ぐと言ったわけでもなく、実に自然な流れだった。ワンピースの下は薄手のスリップで、その下には何も付けていなかった。ブラも、もちろんショーツすらも。


「昨夜のお風呂上がりから付けてなかったの」

「ど、どうして……」

「籍を入れたその日のうちにカメラをプレゼントして、私のことを撮ってもらおうって決めてたから」


 驚く僕に、妻は平然と言った。彼女はスカートの中に下着を付けずに街を歩き、役所と家電屋に寄ったのである。


「恥ずかしかったし、もしも転んで見られたりしたらどうしようかと思ったけど……それでも下着とかゴムの跡のない、きれいな体を撮ってほしかったから」


 彼女は脱いだ服をたたむと、改めて僕のほうを向いて微笑んだ。


「今日からよろしくね、カメラマンさん」


 僕が何度も愛して目に焼き付けた妻の裸体を、今日は初めてレンズ越しに見る。シャッターを切ると、彼女の素肌は初めてフラッシュに晒された。


「おまたせ。5年越しになったけど、あなたの望むような被写体かしら?」


 僕は、ただ首を縦に振り続けるしかなかった。結局その日は、カメラの充電が切れるまで妻は撮影に付き合ってくれた。


 *


「ちょうど五ヶ月目ね」


 妻はお腹を愛おしそうに撫でながら言う。「ちょうど」というのは妻と入籍した日……すなわち妻のヌードを初めてカメラに収めた後、初めて生身の妻と愛し合った日から数えてのことだ。確証はないが、その時に妻は受胎したと思っている。


「今日も撮るんでしょ」

「ああ」


 風呂上がりの妻は、体に巻いていたタオルを外してヌードになった。あれから少なくとも一ヶ月に一度は、記録も兼ねて妻の体を撮影することにしている。


「マタニティヌード、貴重な記録かもね」

「そうだね」


 特に、真横から撮影したものはお腹の膨らみや、乳房や乳首の変化がはっきりわかって興味深い。生命の神秘である。


「この子が産まれたら一緒に撮りたい?」

「うーん、赤ちゃんのうちはいいだろうけど……」


 お腹の子は女の子である可能性が高いそうだ。世の中にはカメラマンの親が娘のヌードを撮り続けて、写真集や個展で公開したという話も伝わるが、さすがに現代の法律や、そもそも個人の尊厳を考慮すると厳しいだろう。


「この子のヌードは、父親よりも好きな人に撮ってもらうのが一番だと思うんだよね」


 僕はまだ産まれてもいない娘の将来の夫を想像する。どんな人を好きになるのだろうか。


「あなたって、そういうところ真面目ね。だから好きになったんだけど」


 妻と娘が産まれたままの姿で並んでいる姿を写真に残したくないかと言われれば嘘になるのだが、そのような姿は心に残しておけばいいだろうと思う。


 *


「それじゃ、始めようか」

「うん!」


 風呂から上がった妻と娘は壁を向くと、バスタオルを外して裸の後ろ姿を僕の前に晒した。


 娘が小学生になる頃、たまたま夜中に起きてきて夫婦の「撮影会」に出くわしてしまった。最初は驚いていたものの、裸を撮ることも芸術だと言うとすぐに納得した。そして自分も混ざりたいと、その場で裸になってしまったのだ。


 それ以来、風呂上がりなどに妻と一緒に娘のヌードも撮るようになった。特に、旅行先で大きな風呂に入ったときなどは喜々としてモデルになってくれる。中でもお気に入りは、学生時代に妻と二人で行った露天風呂であった。僕としてもあのときには撮れなかった妻のヌードを撮れた上に、娘まで一緒というのは感無量である。


 しかし、小学3年生になる頃には一緒に風呂に入ることもなくなって、父である僕に裸を見せる機会もなくなった。それでも誕生日になると、後ろ姿だけは撮ってほしいと頼むようになった。


 今年で中学生になる娘はツインテールのお下げ髪。妻は髪をまとめ上げ、二人ともうなじから背中がはっきり見える。この一年で娘もずいぶん女らしくなったように思う。


「きれいに撮れた?」


 娘は妻が拾い上げたタオルをしっかりと体に巻いて、カメラの画面を確認しに来た。一緒に風呂に入らなくなってから、娘は僕に決して正面から裸を見せなくなった。これは恥じらいというよりも娘なりの礼節だろうと妻は言っている。


「こうやって見ると、私もお母さんに似てきたのかな?」

「そうだね」


 娘は今年から生理が始まった。体の上では大人になりつつある。そう遠くないうちに、好きな人に抱かれるのだろう。


「私もお母さんみたいに、好きな人ができたら撮ってもらおうかな」

「お母さんは結婚するまでお預けだったけどね」

「ほんとに?」

「ああ、父さんも母さんも約束を守ったんだ」


 それだけ聞くと、娘はそそくさと自室に向かった。リベンジポルノなどの話を聞くと親としては不安なのだが、自分の体をどうするのかというのは究極的には本人の権利である。


「ねえ、私は今でもあなたの一番の被写体だと思う?」

「ああ、もちろん」


 35歳になる妻の体はますます魅力的だ。それを確かめるために、僕は妻の体からバスタオルを剥ぎ取った。そして今日もまた、下着の跡ひとつ無い妻の裸身をメモリーに残すのであった。

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