第61話59 魔女と国境の街 1

 北へと伸びる街道を二十人余りの一軍が進んでいた。

 まだ冬の初めだというのに、王都を出たとたん風は非常に冷たく強くなった。この分では雪が舞うのも近いだろう。

 王都は既に背後に遠い。一番高い尖塔が辛うじて見えるのみとなった。

 人目を避けるために主街道と並行して進む脇街道を進んでいるため、行き交う人は少なく行先には大きな街もない。本来なら野盗やかどわかしの警戒をするところだが、一行の様子を見ればそんな心配の必要もないだろう。

 一応旅人の身なりをしているが、みな体格が豊かで、乗っている馬は大きく訓練されたものであることは一目瞭然だった。

 ギディオン達は先遣隊として、情報を集めるためにアントリュースに向かっているのだ。その報告により、直ちにパージェスの東から援軍が派遣されることになっている。伝令は数刻おきに出入りしていた。


「ついてくるなと言ったはずだぞ!」

 最後尾に行く男が、さらにその後ろに続く小さな姿を振り返って怒鳴る。

 その娘だけは大きな馬でなく、耳の長い驢馬ろばに跨っていた。真黒なマントとフードに包まれた様子は明らかに前を行く集団とは毛色が違う。

「わたしはついていくと申しました」

「これから先、不明な部分が多いのだ」

「旅なら慣れております。昔は師匠とずっと旅の空でした」

「いったいどこから手に入れたのだ、そんな驢馬ろば

「学校の生徒さんです」

 それは学問所の生徒で、地図の好きな少年アロイスが、自分が飼っている驢馬をザザに貸してくれたのだった。くれたのはロバだけではない、アントリュースの街までの正確な地図と、街そのものの見取り図もザザに渡してくれた。


『先生、この驢馬荷物用だし、もうあんまり若くないよ、いいの? 老婆の驢馬だよ』

『いいのです。大きなお馬さんには私乗れませんし。地図も書いていただいてありがたいです』

『地図は少し自慢だよ。だって僕、父さんの仕事で以前アントリュースの街で暮らしてたことがあって、その時、街全部探検したんだよ。売ってる地図には載ってない、小さな路地も全て書いたからね。僕一度見た道は忘れないんだよ』

『素晴らしい精度です! アロイスさんはいずれこの道で大成しますよ。私が保証します』

 ザザに褒められて、アロイス少年はとても嬉しそうだった。


「この驢馬さんとはもう仲良しです」

 ザザは少ない荷物とザザを乗せて、機嫌が良さそうな驢馬のたてがみを掻いてやった。

「そんな行楽気分でどうする? 恐ろしい魔女が潜んでいるかもしれないのだ」

「私も魔女ですから」

「ザザとは比べものにならぬ力があるというし」

「知っています。私がそう言ったんですから。ですが、魔女には魔女にしかわからないしがらみおきてがあります。きっとお役に立つことがあると思います」

 もう何度繰り返したか知れないやりとりが続く。

「ザザのような小さな魔女に助けられるようでは国軍の名折れだ」

「私は国軍を助けるのではなく、ギディオンさまにくっついていくだけですし。それにこれは大きな部隊ではないでしょう?」

「確かに先遣隊だが、国境は女子どもの行くところではない」

「国境にも女や子どもは住んでいるでしょうに」

「訂正する。脇街道は女子どもの旅するところじゃない」

「わたし、ずっと脇街道を旅してきたんですよ」

 ザザは動じない。これがたった半年前の、従順でおとなしい娘と同じ人物なのだろうか?

「俺が命じてもか?」

「そうです。あるじが危険な時に逃げ出す魔女はいません。それが大好きな方ならなおさらです」

「……くっそ」

 ギディオンは悔しそうに前に向き直った。

「とりあえずアントリュースの街までだからな! そこからは引き返すんだぞ!」

「お約束できません」

 ザザはにこにこしながらうそぶいた。


 この娘はいったいいつからこんなに強くなったんだ。


「とにかく、絶対に無茶をするな。それからなるべく俺のそばにいなさい」

「かしこまりました」

 ギディオンはもう一度怖い顔を見せてから、馬に拍車をくれて先頭に駆けて行く。

その様子をフリューゲルやデウスがにやにやしながら眺めていた。

「やれやれ。困った二人だ」

「全くですな。でも、仲睦まじくてよろしい」

「あんなご様子の閣下は見たことがないしな」

「ええ。一応堅物で通っているセルヴァンティース閣下が、女の子を連れて来るとはねぇ。こりゃただ事ではないですなぁ」

「まぁ、なんでも非常によく効く薬が作れると言うことだから」

「ははぁ、薬師ですな。一応大義名分はあるってことですか」


 北へ北へ。

 一行は進む。

 道ゆく旅人はどんどん少なく、立ち寄る町には活気がなくなってきていた。

 アントリュースは、パージェスの北東に位置する大きな街だ。長い年月、チャンドラから王国を守り、そして河による水運を守ってきた。

 大きな街道は常に人が行き交っているはずだ。いや正確には人も物も少なくはないのだが、なんとなく打ち沈み、見えない不安を抱えているようにも見える。

「おかしい。いくら冬場の脇街道とはいえ、いつもならもっと活気があるはずなのだが」

「そうですね。何かあったのかな? しかし、王都に変事の知らせはなかったのでしょう?」

「ああ、俺が出発するまでにはなかった。最後の知らせはいつも通りの定期報告だったし、商人もやってきていたしな。ただ……」

 ギディオンは少し考え込んだ。

「先に飛ばしたモスがまだ帰ってきていない……」

 旅に出てすぐに彼は隼のモスをアントリュースに向けて飛ばした。市庁舎には昔彼の部下だった男がいて、モスはその男の元に向かった。何かあれば、足に手紙を結んで戻ってくるはずなのに。


 鷲か猟師にやられたか、あいつを見つけられなかったか……どうも嫌な予感がする。


「モスが? それは気がかりですな」

「ここ数日で何かあったと言うことでしょうか?」

 デルスもフリューゲルも気がかりそうに、さびれた村を見渡していた。


 

 そして数日後。

 アントリュースの城壁が見えてくる。パージェス古王国の極限の街だ。

 その更に北東には平原を経て、アントリュース河の上流を抱くように山岳地帯が広がっている。

 そこは、アントリュースの、パージェスの富を狙うチャンドラの版図はんとだった。

 

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