第29話 宮都にて2(ミカミ)

 棒の扱い方を知ってしまいました。

 あれはこちらの世界へ転移してしまったその日の事です。ええ、サジさんがくれたあの棒です。転倒防止用かな?なんて思っていました。いや、知らないってすごい事ですね。若かったな、なんて。

 温泉の村から馬車で宮城へ。そしてイツキの住まう館へ。「部屋空いてる」の部屋が確かに年季がいってるけどお屋敷。ちゃんと板を使ってる(そこ?)。さらには食事に米が食える!おかずは漬物とか煮物、海藻汁ぐらいだけど、米ですよ米!これってすごいことよ?そして貴族の屋敷はそうだと聞いていたように、トイレが汲み取りだったのです。

 日本史の授業での雑学トークでは平安時代の貴族はおまる(!)使用と聞いたけれど、この世界ではそれに我慢できなかった神人が居たのだと思う。僕も正直この齢でおまるはキツい。いやあ、貴族スゲエなと案内された便所に入ったものです。屋内なんだよ、これが!これまで屋外どころか野外ですからね?オープンアウトドアですよ!室内はかなり広い部屋の床に穴が開いている。下に便槽があって定期的に桶ごと交換するシステムだとか。回収されたものは郊外の堆肥工場へ運ばれるのだそう。受験日本史では中世は草木灰が肥料だと習った。そういえば宮都の大路で肥桶を運ぶ馬車も見た。超時代的なシステムは絶対神人の仕業だと思う。いや、問題はそこじゃない。排出物の処理でも屋根のあるなしでもないんだ…。

 トイレに「棒」があったのです。竹簡、木簡だろうか古い墨痕が残るそれは削っては書きと何度も使用されて薄くなったもので、縦に割かれ細くなった棒だ。穴の左右に籠が一つずつ。箱の中にはその棒が幾つも入っている。片方は使用前で片方は使用後。

「……」

両方あったために「それ」の使用方法に思い至ってしまった。いや、待てよ。そんな筈が…サジがあの時差し出したって事は一般的な話なの?はは、アハハ、面白い冗談…じゃないのね、うん…。

(……)

使って、みた。

(……)

 確かに使えなくはない。だが、まだ信じられない。これって腹壊してる時ってどうなの?痔持ちになったら地獄じゃない?本当にこの使用方法でいいのか頭の中は疑問符でいっぱいだ。考えながら便所を出る。いや、考えても答えは出ない。そうだよ。ここには同郷の士が居るではないか。

「イツキさん!イーツキさ~ん!」

 バタバタと入って来た僕に談笑していたイツキにウサ、侍女の二人の女性陣が目を向ける。「あら騒々しい」「ウサ、所作の大事さが分かりますでしょう?」「はい」新米侍女の教育中か。よしよし、ウサはガッツリ躾られとけよ。

「ねぇねぇ、ちょっと聞きたいんだけどさ、便所においてある棒の使い方って、トイレットペーパー代わりでいいんだよね?」

時が止まった。

「え?違うの?」

俯いたまま絞り出すような声でウサが伺いを立てる。

「…無作法ですが、宜しいでしょうか?」

「…許します」

 眉間を揉みながらイツキが許可を出して僕は床に沈んだ。木の床なんですよ…。

 いや、デリカシーがないのは自覚してますよ、はい。でもさ、そんなに怒る事ないじゃんね。プライベートな事、あなたはエレファントノーズスタイルですか?ホーステイルスタイルですかって訊いたんじゃないんだよ?Q、これはトイレットペーパーですか?A、はい/いいえ で答えられるのにこの仕打ちって!という訳で宮都における僕の立ち位置は決まったようだ。その立ち位置で何をしているのかというと、強面のお兄さんたちとの打ち合わせです。イツキさんがビジネスパートナーに選んできたのって反社だよね?しかも護衛無し。なんで?


 こんな事でいいのか社会人?という気がせんでもないが、

「寄付集めの勧進相撲は分かるんだけどさ、賭博必要?」

「私の温泉リゾート造るために寄付集めるのはおかしいでしょうよ」

宮都で僕はイツキの相談にのっている。イツキがやろうとしているのは相撲大会の優勝者を予想する賭博である。勧進相撲の方がおまけで、賭博の胴元として儲けを出すことを考えているのだ。控除率にもよるが儲けは出るらしい。仲間内だけの賭けならば運営費はかからないから控除率など関係ないが、公営賭博に関してはそこが重要だ。

「人気が集中しちゃうと予想が当たっても配当がそこまでいかない可能性が出てくるでしょ?その辺をどうしようかと思って」

配当が小さいと面白みに欠ける。面白くなければ賭ける奴が減るから胴元も旨味が少ないのだ。

「じゃ、票が割れればいいんでしょ?単勝複勝、三連単とかボックスもアリじゃない?」

票が割れれば的中率は当然下がる。当たった場合の配当が大きくなるから控除率の高さが気にならなくなってしまうのだ(こいつは罠だ)。

「あ、競馬みたいね。一六人のトーナメント戦の予定だからいいかも。単勝は分かるけど、他のは何を予想するの?」

「一位だけを当てるのが単勝。複勝は三着までに入るのを当てる。これは順不同ね。馬連が一位二位の組み合わせを順不同で、馬単が一位二位の着順指定」

この辺りは僕にも答えられる。

「三位までを着順指定で予想する三連単と順不同の三連複もあるけど、トーナメント戦なら三位決定戦やらなきゃならない」

三着までに入る二頭を当てるワイドもお勧め。詳しくはJRAのHPでねっ!

「…詳しいわね」

プランを出してあげたのに冷たい視線を感じる。

「紳士の嗜みです」

「ミカミの場合「娘」の方だな」

何故それを?そしてどちらにしても僕の評価はさらに落ちた気がするのは気にせいでしょうか?

「うーん。広げ過ぎると誰が何にどの位賭けてるのか把握できなくなる可能性もあるわね」

 様々考慮して決めた。

「じゃあ、優勝予想の単勝に、一位二位の順位指定と順不同の予想とワイドも受付ける」

他にも細かに詰めてゆく。

「予想妨害とか八百長も出てきそうね…」

「力士には番号だけ振っておいて、オッズが出てからとか会場入りしてから組み合わせ発表ってのはどう?くじ引きとかにしたら盛り上がりますよ?」等々。馬券ならぬ力士券は金が絡むので複製できないような工夫も必要だ。

「配当の端数はどうしますかね。一文切っちゃったら」

「そこは胴元が薪王なんだから細かく出してもいいんじゃない?」

薪払いの現物支給でお父さんにも言い訳作ってあげようよ、とか言ってるけど、イツキさんの懐は一切痛まないじゃん。

 その打ち合わせの結果を無王へ打診し、実行のサポートをするのが僕の役目。身分的にイツキがそうそう出向く訳にもいかないし、無王は貴族街へ入ってくるのが難しいのでそうなる。不本意だがこの世界の人に埋没している僕が出向くのが最善なのだ。ってか、河原ってレッドゾーンじゃないの?薪王の名を出せば何とかなるらしく引き受けたが、捨て駒感は拭えない。ねぇ、異世界無双とかってどうなったの?パシられちゃってるんだけど。スキルじゃなくて格の差?


 毎日イツキの館を出て橋を渡り、市を抜ける。向かうのは薪王、河原主の館である。上下の街で決定的に違うのは臭いだ。貴族街である上街では汲み取りだが、サジが言っていた通り下街では皆その辺の溝でシちゃうのよ(マジなんです)。通りかかった路地にちらと目をやると尻捲ってる人が居たりするわけ。「見てんじゃねぇよ!」的に睨み返されて泣きそう。溝は上下の街を隔てる堀川に繋がり、さらには旧都の西をかすめる大川に直接流れ込んでいる。件の木の棒はそのまま溝に捨てる方式で、その為あちらこちらで淀み溢れてしまうのだ。流れていただけ深山の村の方がましってスゴイ。臭いもね。

 市には御免札が立っている。勧進相撲の開催を知らせる高札で宮城の許可が出てから立てた。出場力士一六人は早々に決まっている。何れも新旧都の力自慢。相撲は宮城の季節行事で人気も高いが、娯楽の少ない時代平民向けの勧進相撲を行うという事で、都の内だけでなく近隣地域にまで関心を呼んでいる。貴族抜きの前提だからその取組は土俵間際で見ることが出来るのだ。話題にならない筈がない。高札に群がる人々の大半が文盲で文字など読めないのに、御免札の周りは黒山の人だかりだ。これが少々神人流。アラビア数字でオッズが記されているのである。

 一昨日最初のオッズを公表した。これで大変な騒ぎになっているのだ。勿論これは途中経過で最終締め切りまでは変動する。この目に見えて変動する勝率という奴が人の射幸心を刺激しまくっているのである。イツキさん、エグいぜ。

「兄さん、ジュウベエは何と書かれておるのか知っておるか?」

高札に手が加えられていないかを確認していると脇から聞かれた。

「ジュウベエの単勝は一,八倍ですね。二倍にはちょっと足らないくらい」

「な!兄さん、字が読めるんか!」

それを耳にした周囲が驚きと感心でどよめく。異世界来てこんなに人に感心されるのって初めてじゃない?我も我も読み上げてくれと声が挙がる。あ、要らん声もある。「謀り事ではなかろうな!」「こんなチンケな男がかい」チンはサイコロ賭博の最小の値ね…悪かったな。高札の脇に付けたアラビア数字と漢数字との対応表を指して読み方を教えておく。皆真剣そのもの。金がかかるとスゴイ。馴染みがない筈なのにあっという間にアラビア数字読めるようになってゆく。「兄さん、詳しいの?」

「僕、河原の主のところの者なんで」

おぉーとどよめき遠慮したのか人垣に出来た隙間から退散。ねえ、ここの人達絶対に僕が神人だって気付いてないよね?異世界から来たよりも無王の家人の方が感心されるってどういう事?


 無王の館は日参しているので門番も顔パスになった。案内もない。勝手は承知しているので台所側へ回り、足を拭って上がる。

「おはようございまーす」

「おおぅ」

使用人達とも顔見知りだ。たまに芋などをくれたりする。廊下を渡ったところでこの館の主と行き合った。

「何じゃミカミ殿、また裏から上がって来たのか」

護衛の男が呆れた声をあげる。

「え?だって気が引けるんだもの」

無王が苦笑いを浮かべる。格好いいよね、この人。年上だし、いい身体で強そうだし迫力あるし。この人の事を何と呼べばいいのか、未だに迷うのよ。イツキさんのように無王などと呼び捨ては出来ないし、無王様では家来だし。

「神人というても様々じゃな」

 僕がここで毎日しているのは前日までの売り上げの集計とオッズ計算なのだ。さらには無王が見込みがありそうだと判断された二人に算数を教えて手伝いに使っている。今後も相撲賭博を開催するためだ。アラビア数字って本当にありがたいよね。一番すごいのはゼロ〇だよ。出来なくはないが、漢数字で筆算は難しいのである。でもさー、思うのよ。あんなに苦労した微分積分って異世界では使っていない。魔術使うのにベクトルが必要とかなら僕も必死に勉強したんですけどね。そんな日々を宮都で過ごしている。そして気付く。

(!)

 なんか僕、都でも埋没してね?コレトウが都に戻ってくるまで最短で一月半。早く帰ってこないとこのままモブになる日も近い。あ、元から…。


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