第27話 謝罪と約束

 熊も眠る極寒の森から帰還した後、俺は軽い朝食を一人で取り、そのまま寝室へ直行した。昨日は考えることが多く一睡もすることができなかったのだが、レザーナの一件を片付けたことで心身共に安心したらしく、急激な睡魔が襲ってきたのだ。ベッドに入った直後に意識を手放すことができたのは、それだけ疲れていた証拠だろう。

 しかし、そのまま長時間の熟睡に入るわけにはいかず、二時間程度で起床することになった。一番大事なのは、ここから先なのだ。レザーナの一件など比にはならないほど重要なイベントが、この先に待ち受けている。起きるのは当然。しかし、残った疲れを感じながらも睡魔に抗い起床した自分を褒め称えたい気持ちだった。

 寝室を出た俺は綺麗に清掃された、けれど大部分を茨に支配された廊下を歩く。その途中、足を前へ前へと進めながら使い魔の小鳥を召喚し、教え子の少女たちに地下室へ来るよう伝えるように命令。それを受けた四羽の小鳥は俺の腕から飛び立ち、一斉に少女たちの元へと向かった。

 そして、俺が地下室に入ってから、十五分後。


「すまなかった」


 呼び出しに応じて地下室を訪れた少女たちをソファに座らせた俺は、彼女たちに謝罪の言葉を向け、深く頭を下げた。プライドを捨て、妥協など一切せず、心からの謝罪が少女たちに伝わるように。


「お前たちの教師として、間違った行為だった。許してほしい」

「ちょ、ちょっと待ってください、ロゼル君!」


 自分の非を求め、許しを請うた時、やや慌て困惑した様子のセフィが俺に説明を求めた。


「その、ロゼル君は一体何を私たちに謝っているのですか? 私たちには、貴方に謝られるようなことをされた覚えは全くないんですけど……」

「そうだね。まずは、何に対しての謝罪なのかを教えてもらえると助かるかな。現状だと、それをわかっているのはロゼルだけみたいだから」


 セフィに同意し頷いたメルフが言うと、ユティルとテフィアも同じように疑問を宿した視線で俺を見つめる。

 彼女たちがわからないのは無理もない。教師の失敗は、生徒には伝わりづらいものだ。話を円滑に進めるためにも、説明は不可避である。

 俺は少女たちの求めに応じ、謝罪を行った理由を告げた。


「昨日。俺はお前たちに無茶な選択を迫っただろ。心の恐怖を克服して魔法を学び続けるか、恐怖に屈して道半ばで諦めるか、と」

「……確かに言われたけどさ」


 ユティルが首を傾げた。


「なんでそれを謝る必要があるの? それは私たちの心の問題だし、決断するのは私たちの役目でしょ? 先生君が謝るのは──」

「その前提が間違っているんだよ」


 前提を否定し、少女たち一人一人と目を合わせ、続けた。


「確かに、人生における重大な決断は当人がするべきものだ。選択を他者に委ねる行為は褒められたことじゃない。それをしてしまうと、一方的に依存してしまうことになるからな。けど、少なくとも、今はそうじゃない。自分自身で選択することが酷な状況なら、無理に一人で抱え込むべきじゃないんだ」


 眼前にいる少女たちは十七歳の子供であり、同時に俺の生徒だ。未熟な生徒は教師に指南され、一人前に成長していくもの。

 だから──昨日、俺が少女たちに大きな決断を強いたのは間違いなのだ。

 俺が取るべきだった、正しい行動は──。


「教師である俺は、お前たちに手を差し伸べなくてはならなかった」


 教師として、先を生きる者として、彼女たちが頼ることのできる存在にならなくてはいけなかったのだ。

 それが、俺の大きな間違い。最初から選択の全てを少女たちに委ね、相談に乗ることすらもせずに、彼女たちが出す答えを待ち続けていた、俺の過ち。四人の身を、人生を預かっている身として、犯してはならない失態だ。


「! もしかして、昨日言っていたことって……」


 気が付きの呟きを零したテフィアに頷く。

 俺の責務は──少女たちの未来が僅かでも明るくなる可能性を信じ、導くこと。

 それが俺の取るべき正しい行動であり、使命だ。一度選択を間違えたことは事実。しかし、自分の過ちに気が付くことができた。まだ遅くはないはず。まだ間に合うのであれば……俺は今度こそ、教師として彼女たちの手を引きたい。


「都合の良い話かもしれない。信じられない気持ちもわかるし、疑ってくれても構わない。けれどもし、まだ自分の選択を決めることができていないのなら……もう一度、俺にチャンスをくれないか。後悔はさせない。俺たちは一蓮托生だ。何が何でも──俺の命を賭しても、お前たちを不幸にはさせない。絶対に、お前たちの人生を幸福に満ちたものにしてみせるから!」


 声に力を込め、俺は少女たちに訴えかけた。

 彼女たちには味方がいない。四人を保護しているレブランソも、王国に春を取り戻すための利用材料として考えているので、心から信頼を寄せることのできる相手ではない。心を許すことのできる相手が、頼ることのできる相手が存在しないのだ。

 世界中の何処を見ても、信じられるのは自分だけ。悲劇のヒロインになる運命しか残されていない彼女たちに寄り添ってあげられるのは、救ってあげることができるのは、きっと俺しかいないのだ。

 俺だけが、新たな未来の道を切り開いてあげることができる。ならば、とことん付き合ってやろうじゃないか。辛く悲しい人生に終止符を打ち、彼女たちが心の底から幸福だと思える日が現実となる、その日まで。

 七百年前と同じ──救いを求める魔女を助けることになった自分の運命には、思わず笑ってしまう。時代が変わっても、俺がやることは変わらない。きっと、これは俺に定められた宿命なのだ。いつの時代も、魔女と深く関わり続けることが。


「「「「……」」」」


 熱の籠った俺の言葉を聞いた少女たちは呆然とした様子で口を開いたまま、俺を凝視している。その姿はまるで、親鳥から与えられる餌を待つ雛鳥のよう。

 もしかして、放心して聞こえていなかったのか?

 十数秒待っても一向に反応を示さない四人に不安を覚え、俺はもう一度同じことを言おうか、と口を開く。と、声を震わせようとした時、不意にメルフが微かに笑い、脱力した末にソファの背凭れに体重を預けた。


「凄く情熱的になってくれるのは凄く嬉しいよ。今まで、僕たちと真剣に向き合おうとしてくれた人は皆無だったわけだし……けど、期待に応えられる自信はないよ? 頭ではやらなくちゃいけないと理解しているけど、僕たちは全員、魔法が使えるようになったら──」

「大丈夫だ、メルフ」


 否定的な言葉を連ねたメルフに近付いた俺は彼女の右手を両手で包み込み、軽く力を込めて握り、真っ直ぐに彼女の目を見つめ、告げた。


「過度に恐怖する必要はない。例え魔女の才能を開花させたとしても──俺だけは、お前を存分に愛してやる」

「…………へ?」


 冗談など微塵も含まれていない俺の真剣な言葉を受けたメルフは、自分が何を言われたのか理解していない様子で硬直する。彼女が沈黙している間、俺は片時も合わせた目を逸らすことなく、焦点を合わせ続けた。今の言葉は嘘ではないと、信じて貰うために。

 そのまま十数秒が経過した時、ようやく言葉の意味を理解したメルフはわかりやすいほどに狼狽し、頬を紅潮させた。


「い、いきなり何を言いだすんだよ! あ、愛してやるって──……」

「そのままの意味だ。一緒に王都に行ったとき、お前は誰かに愛されることを羨んでいただろう。才能を開花させたことによって誰からも愛されないと考えているなら、心配はいらない。俺はお前が求めるだけの愛を注いでやる」

「よ、よくもそんな恥ずかしいことを躊躇いもなく……」


 真っ赤と表現しても差し支えないほどに頬を紅潮させたメルフは俺の手を払い、立ち上がってその場を離れてしまった。去り際の顔を見る限り、効果はそれなりにあっ

たらしい。やはり、メルフのような性格の子にはゴリ押しが有効だったようだ。一見クールに見えるが、少し強めに押されると、途端にガードが緩くなる。今後も何か頼みごとなどをする時は、この手を活用させていただこう。使い過ぎは厳禁だが。

 水晶の傍でブツブツと何かを呟いているメルフを見つめていると、ソファに座る三人の少女からジトっとした視線が注がれた。何だ? と思い目を向けると、彼女たちは瞼を半分閉じた状態で、ジッと俺を見つめていた。

 何だよ、その目は。俺が問おうとすると、三人は口々に言った。


「中々大胆な性格なんだね~。いきなり告白まがいのことをして、幼気な乙女心を揺さぶるとは……もしかして、七百年前は結構遊んでたの?」

「ああいう告白は気軽にするものじゃないと思いますよ。もっと女の子の気持ちを考えないと。メルフちゃんは男の子に対する免疫がまるでないんですから、下手をすれば一発で恋に落ちちゃいます」

「というか、メルフってあんな表情するのね。普段はクールぶってるのに、心はしっかり女の子じゃない」

「うるさいうるさい人のことを好き勝手言うな!」


 口々に言葉を零す三人に、離れていたメルフが人差し指を向け声を大きくしながら注意する。が、その咎める言葉をまるで聞いていない三人は、その後も浮ついた気持ちのまま会話に花を咲かせている。やはりというべきか、年頃の女の子は恋に関する話が好きなのだな。

 ただ、今は至って真面目な会話をしている時。盛り上がる雑談は、これが終わったあとにしてもらおう。

 俺は手を叩いて少女たちの意識を自分に向け、言った。


「さっきメルフに言ったことは、お前たちにも言えることだ。才能の開花を怖がる必要はない。どうなろうと、俺はお前たちの味方だからな」

「「「……」」」


 頬を掻き、視線を逸らし、手を擦り合わせ、各々がもどかしそうな反応を示し……やや恥ずかしそうにしていたテフィアが、何かに気が付いたように俺へ問うた。


「でも、ロゼル。仮に冬を終わらせることができなかったら、私たちはこの国を追い出されることになるわよ? そうなったら、味方をするとか、愛するとか、あんたが今言ったことは全部無駄になるんじゃ──」

「一蓮托生だと言っただろ」

「へ?」


 テフィアは俺が示した懸念点への解答に小首を傾げた。

 わかっている。俺が彼女たちにした約束は、彼女たちが魔法を上達させ、この国の冬を終わらせる──即ち、桜の大樹を開花させなければ無意味なものになる、と。幾ら約束をしたところで、少女たちがこの国からいなくなってしまったら──俺の元から消えてしまったら、意味がない。約束を履行するためには必然、課されたこの難題をクリアしなければならない。

 失敗した際の罰が、これまで通りなら。

 俺は離れた場所にいるメルフを含めた四人を見た後、昨日レブランソに送った手紙に記したことを、告げた。


「この国の冬を終わらせることができなかった場合──お前たちと同じく、俺もこの国から追放されることになった」

「「「「……はぁッ!?」」」」


 四人は一斉に驚愕の声を上げた。

 返ってきたその反応は、概ね予想通りと言っていい。これを伝えれば、少女たちは一体何をやっているんだ、といった反応を示すと思っていた。

 俺の行為は、自分の首を絞めていることに等しいものだ。何も言わなければ王の庇護下に入り、安全な余生を過ごすことができていた。が、その安全を捨て、俺は少女たちと同じになる選択を取ったのだ。メリットは一切ない。何の見返りもなく、命を溝に捨てているようなものだ。

 少女たちもそれを理解しているらしく、全員の疑問を、メルフが代表して言った。


「なんでそんなことを? 自分から、茨の道に入るなんて──」

「不平等だろ。お前たちは大きなリスクを背負っているのに、俺だけはノーリスクなんて」


 実際のことを言えば、俺にもリスクはある。彼女たちが追放されてしまえば、俺が求める水晶の中に封印された宝石箱を取り出すことが、永劫に出来なくなるのだ。それは、俺にとっては重大な問題。しかし、少女たちのように、直接的に身に危険が迫るわけではない。彼女たちからしてみれば、俺は実質リスクを背負っていないに等しいだろう。

 ならば、俺も彼女たちと同じになるべきだ。一蓮托生となり、同じリスクを背負い、彼女たちに覚悟を示す。少しでも、俺を信頼してくれるように。

 選択の理由を伝えず、俺は意地の悪い笑みを少女たちに向けた。


「お前たちが諦めれば、俺も仲良く国外追放。俺の未来は、お前たちに掛かっているんだ。怖いだの何だの言っていたら、全員仲良く野垂れ死にだな」

「……ズルいね。無理って言えないじゃん」


 呆れや諦めを含んだ笑みを浮かべて言ったユティルに、片目を瞑って見せた。


「ズルくて結構。さっきも言った通り、過度に恐怖する必要はない。例えお前たちが魔法を使えるようになって、それを良く思わない輩に襲われそうになったとしても、悪意を向けられたとしても──命に代えてでも、俺が護ってやるから」


 少女たちに右手を向け、宣言する。

 どんな結果になっても、見捨てない。お前たちが世界の悪意に晒されようとも、牙を剥かれようとも、俺は味方であり続ける。本心からの言葉を、真剣な声で伝えた。

 俺が少女たちに伝えるべきことは、これで全て。さぁ、彼女たちは──魔女はどんな返答をする?


「「「「……」」」」


 互いに顔を見合わせた少女たちは、明らかに昨日とは違う、先の見えない暗闇の中で一筋の光を見つけたような表情を浮かべ──俺が求めていた答えを口にした。

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