第13話 狂信者

「君が世界最高の魔法師として後世にまで語り継がれている理由が、よくわかった気がするよ」


 城の外へと繋がる正面玄関を目指し、掃除道具たちが働く廊下を歩いていると、隣にいたメルフが不意にそんなことを言った。俺を視界に捉える瞳には、納得が見受けられる。


「御伽噺でしか聞いたことのない光景を片手間に再現するなんて、現代では誰一人できっこない芸当だ。あぁ、そもそも君の存在自体が御伽話のようなものだったね」

「ですね。七百年前の眠りから目覚めた大魔法師で、世界を救った英雄様。持っている肩書きが、あまりにも壮大過ぎます」

「大袈裟が過ぎるな……まだ、そんなに大層な魔法は見せていないだろ」


 口々にそんなことを言う二人を見て、俺は呆れ交じりに言った。

 俺が二人に見せた魔法は、俺が持つ魔法の断片に過ぎない。それに加えて、比較的下位のものばかりだ。俺が扱う魔法の中にはもっと高位、それこそ、こんな掃除魔法が褪せて見えるほどの魔法もあるのだ。今のような判断を下すのは、それらを目の当たりにしてからにするべきだろう。

 だが、二人は俺の反応が気に食わなかったようで、顔を寄せ合い小さな声で言った。


「聞いた? 大袈裟だってさ。僕たちは初心者用の魔法すら満足に発動できないのに」

「仕方ないですよ。彼は魔法師の極みで、私たちは物覚えの悪い出来損ないなんですから。魔女なので本当は、才能あるはずなんですけど……」

「面倒だな……」


 確かに、二人からすればこの掃除魔法だけでも十分に凄いのだろうけど……基準があまりにも俺と違い過ぎる。不用意な発言は、更に二人の機嫌を損ねかねない。

 下手なことを言わないようにしよう。俺は城の外に出るまで口を開かないと決め、掃除が行われている廊下を無言で進むことにした。

 そのまま、数分。


「あれだな」


 城の外に出た俺は石橋の先に止まっていた荷馬車を見つけ、小さく呟いた。

 防寒マントを馬体にかけられた黒馬が引く荷車には、数個の革袋が積まれていた。遠くからでは中身を窺い知ることはできないが、袋の口から果物が見えているものがあった。恐らく、それには食料が入れられているのだろう。

 その荷車と馬の傍に、一人の女性が立っていた。白い防寒着に身を包んだ彼女は焦げ茶の長髪と、栗色の瞳をしている。寒そうに両手へ白く染まった息を吹きかけ、緊張しているのか、落ち着きのない様子で毛先を指で遊ばせている。

 少なくとも、俺の知り合いではない。いや、この世界に俺の知人が生きているはずがないので、それは当然のことなのだが……彼女は一体誰で、何の用でここに来たのだろうか。


「うわぁ……」

「嫌な人が来ましたね……」


 石橋の先、開け放たれた外門の近くにいる女性に目を向けていると、二人が露骨に嫌そうな声を上げた。彼女たちを見ると、共に顔を顰めて憂鬱そうな溜め息を吐いている。どういう事情を抱えているのかはわからないが、とりあえず、あの女性を二人が良く思っていないことはわかった。


「知り合いらしいが、嫌な人なのか?」


 尋ねると、二人は遠慮がちに頷いた。


「何というか……ちょっと面倒な人って言うか、ね?」

「はい。積極的に疎遠になりたくなるタイプの人、という感じですかね」

「?」


 抽象的過ぎてよくわからなかったが、とにかく二人が女性を快く思っていないことは明白。相性の悪い相手と、無理に話をする必要は何処にもない。俺は二人に『喋らなくていいからな』と言い、石橋を渡った。


「──っ!」


 女性との距離が十数メートル程度になった時、彼女は近付く俺たちに気が付いたようで、軽く髪を整え深呼吸をした後、背筋を伸ばして俺に一礼した。頬は、微かに紅潮しているように見える。

 二人が苦手意識を持つとは、一体どんな人なのか。

 微かな好奇心を胸に、俺は女性に声をかけた。


「待たせた。さっきまで地下の部屋にいてな」

「いえ。態々こちらまでご足労いただきまして、誠にありがとうございます、ロゼル様。救世の英雄である御身の、七百年の眠りからのお目覚めを心よりお慶び申し上げます」


 まるで、王侯貴族に対するような言葉遣い。あまりにも恭しい態度に違和感を抱いていると、彼女は次いで、自分の胸に手を当て自己紹介をした。


「申し遅れました。レブランソ=レーゲルト陛下より使者として遣わされました、レザーナ=オルティアスと申します。陛下より生活物資をお届けせよとの命を受け、お伺いした次第です」

「あぁ、ありがとう」


 礼を言い、俺は荷馬車に積まれた革袋を見た。

 生活物資は素直にありがたい。城の中には最低限の物資があるものの、そのほとんどが七百年前のもの。いずれも劣化を防ぐ保護魔法が施されているとはいえ、流石に少女たちに使わせるわけにはいかない。特に食料に関しては、当時と今では食べるものに違いが出ている。俺は普通に食べられるが、少女たちには馴染みのないものが多かった。

 女性が何者で、何の目的なのか。それがわかったところで、俺はもう一つ、気になることを彼女に問うた。


「一ついいか?」

「はい、何なりと」

「近い」


 それなりに大きな声で言い、レザーナの栗色の瞳を覗き込んだ。

 俺たちの距離は今、二〇センチ程度しか離れていない。周囲が騒々しく声が聞こえない、なんていうこともないので、ここまでの至近距離になる必要はないはずだ。

 冷静な俺の指摘を受けたレザーナは我に返った様子で、咄嗟に一歩後ろへと後退した。


「も、申し訳ありません。小さな頃からの憧れであるロゼル様を前に、つい舞い上がってしまいまして。け、決して悪意や邪念があったわけでは──」


 必死に弁明と謝罪を繰り返していたレザーナはそこで言葉を止め、俺の背後へと意識を向けた。正確には、そこにいる二人の少女へ。視線を固定し、驚きにも近い表情を浮かべ──多分な嫌悪を含んだ鋭い目を作った。

 それを見れば、彼女が少女たちにどんな気持ちを抱いているのかは、想像に難くない。憧れであると言っていた俺の教えを受ける少女たちへの嫉妬なのか、はたまた別の理由なのかはわからない。けど、毛嫌いしていることだけはわかる。これだけ露骨に嫌悪感を露わにされては、少女たちが苦手意識を持つのも頷ける。

 レザーナは、教え子たちの精神衛生上よろしくない。必要最低限のやりとりだけを済ませ、さっさと返すとしよう。

 決め、俺は話を先に進めることにした。


「レザーナ。一体、何を持って来てくれたんだ?」

「! はい、こちらです」


 問われたレザーナは気持ちを切り替えたのか、即座に俺へと意識を向け、荷車のほうへと歩み寄った。彼女の後ろに続く。


「数ヵ月分の食料の他に、薬や衣類、新しい食器類など、生活に必要なものを多くお持ちしました。足りないものがありましたら、後日またお持ち致します」

「助かる」

「それと……これは、陛下から魔女たちに、と」


 レザーナは他の革袋よりも一回り小さな袋を手に取り、中身を俺に見せた。


「お菓子、ですね。女の子には甘い物が必要不可欠だから、と陛下のお心遣いでしょう」

「色々と、気が利く男だな。あの王様は」


 革袋の中には、透明な箱の中に入った大量の焼き菓子が入れられている。同じような箱が袋の中には幾つもあり、微かに甘い香りを漂わせていた。少しずつ食べれば、一ヵ月は優に持ちそうなほどの量だ。

 この気遣い。あの王は恐らく、これまでに多くの女性を引っ掛けてきたのだろう。でなければ、こんなさりげない優しさを見せるようなことはしない。無自覚なのだとしたら、かなり厄介だ。中々のやり手だな……王のくせに。

 先日会ったばかりの青年王の顔を思い浮かべ、俺は再度、レザーナに礼を告げた。


「とにかく、ありがとう。助かるよ」

「お礼は不要です。不足したものがございましたら、直ちにお届けに上がります。例え陛下に与えられた仕事でも放りだして駆け付けますので、何なりとご連絡ください」

「流石に王を優先してやれ」


 本当にやりかねないトーンで言ったレザーナに返し、俺は届けられた荷物を全て、魔法で宙に浮かせた。

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