第11話 とても優秀とは言えない教え子たち

 教師として少女たちに魔法を教えることになってから、四日後。


「早くも心が折れそうだな……」


 昼下がり、茨に包まれた古城の地下室。ソファに腰掛け白湯を啜っていた俺は、眼前のテーブルに並べた四枚の紙を眺めてネガティブな言葉を呟いた。憂鬱の原因となっている紙の上部には右から順番に七、四、八、五の数字が記されている。

 数日前に固めた決意が既に揺らぎ始めていることに溜め息を吐き、俺は浮かぶ水晶の方向へと顔を向けた。


「お前ら、本当に魔女なのか……?」


 俺が言葉と視線を向けた相手は、水晶をぺたぺたと座りながら談笑をしていた二人の少女。白銀と薄水色、それぞれの鮮やかで艶やかな髪を持つ、セフィとメルフだ。笑顔を浮かべていた彼女たちは俺の声掛けを受けて会話を止め、二人揃って右手の甲を見せつけた。


「い、一応、これが証明になると思うんですけど……」

「この紋章が偽物だって言いたいのかな? 僕たちは態々君を騙すようなことはしないんだけど」

「それはわかっているがな」


 紋章をこちらに向けて口々に言う二人に、俺はお返しとばかりに一桁の数字が記載された用紙を突きつけた。


「魔女は魔法に関して天賦の才を持つ存在。なのに、この点数は何だ?」


 二人は露骨に視線を逸らした。

 この紙は問題用紙だ。魔法を扱うために必要な知識について、どれだけ記憶に留め、理解することができているのかを問う、テスト。内容は魔法学の中でも初歩中の初歩、基本のさらに基本の部分であるため、さほど難しいものではない。同時に、絶対に覚えなくてはならない、大切な部分でもある。このテストで点数を取ることができなければ、魔法を使うことは叶わないと言ってもいい。

 魔法の基礎であり、比較的簡単であり、重要な知識を問うテスト。

 その点数が、これである。全員が百点満点中の一桁の点数であり、悲惨な状況。現段階では冬を終わらせるなんて夢のまた夢。抱くだけで叶うことのない願望に過ぎない。この点数を見ると、絶望すら抱ける。

 ひらひらと用紙を揺らして反応を求めると、二人は気まずそうに頬を掻いた。


「今回のテストは、その……ちょっと私たちには難しすぎたような?」

「内容は全部、昨日お前たちに教えた範囲内だぞ。難易度も全然高くない」

「不思議だよね。僕、昨日の授業をほとんど憶えていないんだ。悪い点数なんだろうけど、零以外の数字が記されていることを誇りに思っているよ」

「それはお前が酒を身体に入れた状態で授業を受けていたからだろ。今後は絶対に許さねぇからな?」


 ふざけた授業態度をしていたメルフに、俺は怒りを多分に含んだ笑顔を向ける。

酒を飲んで授業を受ける生徒なんて、聞いたことがない。そして、何故俺は昨日その状態で授業を受けることを許可してしまったのか。次からはもっと厳しく行こう。具体的には、授業を行う部屋に酒瓶を持ち込ませない。朝になったら、彼女から酒瓶を回収することにする。

 ソファから立ち上がった俺は二つのマグカップにホットミルクを注ぎ、それをテーブルに置き、二人にソファへ座るよう促した。


「まぁ、座学に関しては別にいい。いや、良くはないが、俺にも責任はあるからな。これについては、あとで考えるとして──」


 対面のソファに座った二人を見やり、俺は現状で最も大きな懸念事項を口にした。


「それよりも問題は──実技だな」


 こめかみに指を当て、俺は目を細めた。

 どれだけ座学の授業を積み重ねたとしても、実際に魔法を扱わなければ学習した意味はない。俺は昨日、城の奥にある大広間で少女たちに基本となる魔法を幾つか実演した後、コツなどを伝え彼女たちに試すよう指示した。どれだけ呑み込みが悪いと言っても、魔女は魔女。彼女たちが天才的なセンスを発揮してくれることを期待したのだが……。


「まさか、誰一人魔法を発動させることができないとは、思いもしなかったな」


 最も悲惨な結果を告げ、俺は苦笑しながら白湯を啜った。

 全く上手くいかなかった。魔筆を用いて宙に魔精文字を描くよう告げたのだが、ユティルとテフィアは文字を最後まで描くことができず、セフィとメルフは魔精文字を描くことはできたものの、肝心の魔法が発動しなかった。原因は、調査している最中だ。

 正直なところ、前途多難としか言えない。学び始めに上手くいかないことは良くある。普通に魔法を学習するだけならば、これから少しずつ頑張っていこうと言える。

だが、今回は訳が違うのだ。二ヵ月という期限以内に魔法が扱えるようにならなければ、路頭に迷うことになってしまう。このままでは到底間に合わない。

 あまりにも悪い幸先に、俺は軽く心が折れ欠けていた。


「指先で魔精文字を描くのは無理だと思って、魔筆も作ったが……これは重症だな」

「普通は最初から発動するものなの?」


 メルフの問いに、俺は『半々』と答えた。


「緊張して上手く発動できない者もいれば、最初から上手くやれる者もいる。ただ、後者の場合も時間をかけて学んでいけば、いずれは必ず使えるようになるんだ。特に、簡単な魔法だと、な。今は魔筆を使うのが主流になっているから、昔よりも上達しやすい」

「でも、私たちに時間は……」

「ない。だから、少し頭を悩ませているんだ」

「短期間で上達するいい方法とかは?」

「あるわけねぇだろ」


 都合のいいことを聞いたメルフに即座に返し、俺は彼女に細めた目を向けた。

 楽な方法を求めてしまう気持ちもわかるが、大抵の場合、近道というものは存在しない。寧ろ、遠回りこそが最大の近道であるという場合もあるのだ。無暗に楽な近道を求めてはならない。


「魔法が上手く使えない原因は色々ある。時間は全くないが、可能性を虱潰しに探し

ていくしかないな」

「ご迷惑をおかけします……」

「言うな。それをやるのも、教師の役目だろ」


 生徒の問題を解決するのが教師の仕事。であれば、困っている彼女たちを助けるために、尽力しなければ。余裕はないし、初っ端から焦る状況ではある。が、何とかなるだろう。同じように全く余裕がない中、俺は世界とアイラを救うことができたんだから。今回だって……。

 大丈夫だ。と自分を鼓舞していると、


「ねぇ、一つ質問があるんだけど、いいかな?」


 不意にメルフが俺に言い、何だろう、と思いつつ、俺は頷いた。


「何だ?」

「昨日ロゼルに貰った、これのことなんだけど……」


 メルフが懐から取り出したのは、一本の羽ペン。何色にも染められていない白一色のそれは、メルフが言った通り、俺が昨日彼女たちに渡したものだ。

 それの白い羽部分に指先で触れた後、器用に指の間で回転させメルフは言った。


「この魔筆、っていうの? これが魔法を発動させる魔精文字を描くために必要ってことはわかったよ。で、気になったんだけど、私たちが貰ったこれと、ロゼルが使っているやつは種類が違うよね」

「あ、それは私も気になりました。ロゼル君が使っているのは、羽の部分が虹色をしていますし」

「あー……そうだな」


 向けられた疑問に、俺はどうするか、と少し悩んだ。

 時間が惜しかったので、魔筆については魔法を発動するために必要な道具である、ということくらいしか教えていないのだ。具体的に説明しても魔法の技術には何の影響もなく、実際に魔法師の中には魔筆について何の知識も持ち合わせていない者もいるので、必要ないと思っていたのだが……一度関心を持った以上、何も答えないというわけにはいかない。

 授業の延長になるが、魔筆について少し詳しく説明してやるか。

 決め、俺はローブの懐から自分の魔筆を取り出した。

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