第8話「彼女を救えるんだったら」

 もうすぐ夏休みは終わるのに、夜になってもまだまだ暑い。花火大会が終わってもまだまだ賑やかだ。でも、ちょっと寂しい。夏の終わりの切なさと、もうすぐリカとお別れすることに悲しさが入り交じって、ボクはまた泣きそうになる。

「花火大会、終わっちゃったね。夏休みも、もうすぐ終わりだ」

 暗くてよく見えないんだけど、きっとリカはちょっと切ない顔をしていた。

「そうだね」

 あまり喋ると、涙を堪えられなくなってしまいそうだ。

「でも、夏休みが終わると毎日君に会えるし、やっぱり寂しくないか」

 ボクはリカと一緒にいたいから同じ高校を選んだ。正直、ボクの成績ではかなり厳しいレベルだったけど、必死に勉強したんだ。でも、夏休みが終わったらボクは別の高校に転校する。それを伝えなきゃ。言葉を選んでいると頭の中でユミの声が響く。


「悪霊だ。お前の女、狙われてるぞ」


 慌ててボクは周囲を見渡す。すると、明らかに生きている人間とは違うモノが真っ直ぐにこちらに向かって来る。ボクが気付くとそれは明らかに加速した。

「身体寄越せ。こいつはこの前のトンネルの女より、もっと強い。それにかなり邪悪な感じがする。臭くて吐きそうだ」

 いきなり言われても、具体的どうすれば入れ替われるのかはよくわかっていなかった。この前と同じように身を委ねるようなイメージをしたけど、身体の感覚は消えない。

「さっさとしろ」

「どうしろって言うんだよ!」

「私もわからんけど、早くしろ!間に合わんぞ」

 悪霊はもうすぐ傍まで迫ってきている。顔はよく見えないけど、直感的にリカを狙っていることが感じ取れた。ユミの言う邪悪さをボクも感じ取れた。なんか、生臭さくてきな臭い感じ。でも、ユミと入れ替われない。早くしないと間に合わないのに。

 ボクは咄嗟に、加速を続ける悪霊とリカの間に身体を入れる。

「冴、喧嘩できるか?」

 できるわけないけど、庇うことくらいはできる。

「こいつも物理攻撃してくるの?」

「視える奴には物理攻撃。視えない奴には精神攻撃」

 そんなルールがあったのか。ボクはこいつが視えてるから物理攻撃されるってことだろう。

「痛いのは嫌だな」

「だったらこっちから殴れ!」

 目の前に迫ってくる悪霊。髪が長い女だ。なんで悪霊って女が多いんだろう。そんなことを考えている場合じゃないから、ボクも覚悟を決めて拳を固める。

 ボクが拳を突き出そうとした瞬間、全身に衝撃が走る。そして、あっさり吹き飛ばされてしまった。

「お前、弱すぎだろ」

 事実だから反論しようがない。次の瞬間、身体の感覚がなくなった。

「今さら入れ替わるなよ!」

 ユミは悪態をつきながらも、体勢を立て直してすぐに敵に向き合う。でも、ボクがヘマをしたせいで、間に合わなかった。女の霊はリカの身体を貫いて一瞬で消え去った。

「何されたの?」

「わからん」

 誰も、今起こったことに気付いていない。視えないんだから当たり前だ。悪霊がただ通りすぎただけだ。そうポジティブに考えようとしたけど、そんなはずはなかった。リカがゆっくりとその場に倒れた。

「とりあえず身体戻す」

 身体の感覚が戻ると同時にリカに駆け寄った。リカの目は開いていたけどボクを見ていない。何度もリカの名前を呼んだけど反応はなかった。

「だから花火大会なんか来なきゃよかったんだ」

 今日はユミの言葉がよく突き刺さる。反論をする気にもなれなかった。ユミが正しい。

 リカに何が起こっているのか、ボクは何をするべきなのか、全然状況はわからなかったんだけど、最悪に近い状況だってことはわかった。ボクはまだまだ悪霊という存在を舐めてたんだ。


 すぐにリカは救急車で病院へと運ばれた。でも、目を覚ますことはなかった。心拍もしっかりしているし、自発呼吸をしているにも関わらず、一切の反応がない。あれから一週間が過ぎたけど、病院でも原因はわからないらしい。

「多分、魂を壊されたか、攫われたんだ」

「だったら、どうなっちゃうの?」

「壊されたんならずっとこのまま。攫われたんなら取り返せば目を覚ます」

 わからないことだらけだ。あの悪霊は明らかにリカを狙っていた。あんなに沢山の人がいたにも関わらず、真っ直ぐにリカを狙って、そのまま消えた。念のため確認したけど、あの花火大会の日、同じ様に倒れた人なんていなかった。

「取り返すってどうやって?」

 きっと大丈夫だ。壊されたんじゃない。そうは考えたくない。

「とりあえず、あの女を捜すしかないな。手がかりはないけど」

 一瞬で消えてしまったから、どこに向かって逃げたのかもわからなかった。

「だったら、悪霊がいそうなとこを片っ端から潰していくしかないってことか」

「そういうこと。冴、やるか?」

「やる。彼女を救えるのはボク達だけでしょ?」

「じゃ、喧嘩は私が担当してやろう」

 それはユミの趣味だろ、って突っ込もうとして、やめた。この悪霊に頼らないとボクは霊とは戦えそうにない。

「じゃ、ボクは情報収集と移動が担当か」

「改めて、よろしくな。相棒」

 悪霊が相棒か。本当に奇妙な関係になってしまった。

「絶対にリカを救うんだ」

「彼女が目覚めた時、冴はもっとかわいい女の子になってるけどな!」

 別にそれでもいい。リカを救えるんだったら。

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