第17話


 カエルモンスターのボスは、学園を賑やかす群れとはまた別に、離れたところにいるはず。


 それでも、学園からはそこまで遠くない場所で一匹だけでいれば、容易に本体だとバレてしまう。なので、ある程度の距離はあってもほかのカエルたちと一緒にいるのは間違いない。


 こういう風に合理的に考えられるようになったのも、勉強して知力を上げたおかげなのかもね。


 学校からやや隔たりのある地点――歩道橋の下にも黒っぽい霧が漂っていて、大型のカエルたちが獲物を求めて元気に跳ね回っていた。あわよくば近くの味方まで食べようとしてるあたり、おぞましいほどに貪欲なのが見て取れる。


「ここにも結構いたね、黒崎さん」


「……うん。カエル、いるね……」


 本体はともかく、分裂したカエルはそこまで賢くはなさそうだ……っと、歩道橋の上で黒崎さんとカエルの群れをのんびり眺めてる場合じゃなかった。


「鑑定しないとね」


「だね……」


 ボスを探すために無暗に倒すのも違うので、お互いに『鑑定眼』スキルを持ってるのもあってカエルを鑑定しまくる。僕の推理が間違っていなければ、おそらくこの中に本体がいるはず。


『白石優也様の【鑑定眼】スキルのレベルが上がりました。鑑定成功率の上昇とともに、対象の固有情報を一つ調べることができます』


 おおっ、頑張って鑑定したおかげか、スキルレベルが3まで上がった。よしよし。これで基本ステータス以外にも調べたいことがまた一つ増える。


「……いた」


 あ、黒崎さんが先に見つけたみたいだ。さすが、僕より先に『鑑定眼レベル3』になってただけある。


「どれ?」


「……あれ」


 彼女が指さした方向にいるカエルに、僕は『鑑定眼』スキルを使い始める。その見た目は、ほかの大型カエルとまったくといっていいほど変わらない。少し経って鑑定に成功したらしく、視界に情報が出てきた。


 ステータス


 名称:『ジャイアントフロッグ』

 種別:『分裂型』

 特徴:『食欲旺盛で、口の中に入るものならなんでも食べようとする。跳躍力があり、潰されないように注意。目の前にいる場合は素早く舌を出してくるため、捕食されるのを覚悟しなければならない』


 ※属性:『ボス』

 ※特殊能力:『水鉄砲』


 おっ、詳細を調べてみたらやっぱりボスだった。ちなみに、レベル1の場合調べられるのはモンスターの特徴までだ。僕の『鑑定眼』も一応レベル3ってことで、特殊能力もついでに探ったら『水鉄砲』とあった。これも調べてやろう――


「――主、危ないモッ」


「えっ……?」


「ゲッコオオォッ!」


「はっ……⁉」


 クロムの声がした直後だった。ボスガエルがこっちに大口を開けていて、何か飛ばしてきたと思ったときには、歩道橋が木っ端微塵に破壊されて僕らは宙を舞っていた。こ、これがボスしか持ってない特殊能力の水鉄砲なのか。破壊力ありすぎだろ……。


 橋の残骸とともに吹き飛ばされながらも、僕は黒崎さんのあとに着地できた。


 パリィ効果のある死神の大鎌を持っている彼女はともかく、僕は直撃したわけで食らったときはもうダメかと思ったけど、意外と平気だった。これって、あれか。衝撃を和らげる効果のある水の鎧のおかげなのかな……。


 そういや、視界にコメントが表示されないと思ったら、そりゃそうか。視聴者=探索者であって、学校も大変な状況なわけで配信どころじゃないしね。


「黒崎さん、同時に行こうか」


「うん」


 逆に言えば戦いに集中できるってことで、僕は黒崎さんとともにボスガエルに攻撃するべく向かっていく。


 たとえ僕の攻撃を耐えたとしても、彼女の死神の鎌の即死効果には耐えられないはず――


「「――あっ……」」


 僕と黒崎さんの驚嘆の声が被る。それもそのはずだ。ボスガエルのまさに直前で、視界が歪んだかと思うと、周囲の景色がガラリと変わったんだ。


「な、なんだここ……?」


「……わからない」


「モッ……」


 僕たちはなんとも薄暗い場所にいた。目を凝らしてよく見ると、周囲は沼地のようだ。足が取られて凄く歩きづらい。


 学校の近くにはこんな沼地なんてないはず。というか見渡す限りの広大な沼だ。


 つまり、ここはボスガエルが作ったダンジョンの中ってことか。


 確か、モンスターが作るダンジョンの規模には小中大まであって、規模が大きければ大きいほどクリアの難易度は上がるんだとか。僕がかつてクリアしたマンホールダンジョンは小規模として、ここは見た感じだと中以上の可能性が高い。


 思わぬ展開になったけど、強力なモンスターが自身の住処に最適な巣を作るのは普通にありえることだし、何よりダンジョンポイントをゲットする絶好のチャンスだ。


「さ、黒崎さん。沼地だから歩きづらいだろうし、一緒に行こう」


「……」


「黒崎さん?」


 僕が手を差し伸べると、彼女は固まってしまった。あー、もしかしてドン引きされちゃったかな? なんせ彼女のほうが一歳年上で先輩なんだし、後輩の癖に生意気だと思われたのかも……。


「汐音って呼んで」


「えっ……⁉ いいの?」


「うん。別にいいよ。そのほうが呼びやすいと思うから……」


「あ、ありがとう。僕のことも、名前で呼んでいいよ」


「うん、わかった……って、お礼、するんだ……」


「うん。僕ってこう見えて結構礼儀正しいんだ。ははっ……」


「ふふっ……」


 僕たちは笑い合うとともに手を握って歩き始めた。


 ……というか、この沼地どんだけ広いんだ。


 歩くだけでもいちいち足を取られてきついのに、延々と続いてるんだからね。まあダンジョンだからしょうがないし、カエルにとってはおあつらえ向きの環境なんだろうけど……。


「「……」」


 ゲコゲコとカエルたちの大合唱も聞こえてきて耳がおかしくなりそうな中、手を繋いだ僕たちは負けじと前へ前へと進んで行く。


「――あ、主、西のほうになんかいるモ。大きなのが……」


「え……」


 クロムの動揺したような声で僕は我に返るとともに、黒崎さん――汐音のほうを向いてお互いに頷き合った。


「汐音、もうすぐボスみたい」


「うん。優也君、気をつけて……」


 僕の手を握る汐音の力が少しだけ強くなった気がした。無表情に見えるけど、結構感情は揺れるほうなのかも……って、ボスと戦う直前だっていうのに何考えてるんだ僕は。戦いに集中しないと……。


「はっ……」


 やがて目当てのものが見えてきた。薄暗い沼地の中に鎮座する巨大な生き物が。ボスモンスターのジャイアントフロッグだ。


 というか、ダンジョンに入るまでの体長とは全然違う。僕たちが小さくなったのか相手が大きくなったのかはわからないけど、とにかくその体長は以前の2倍はあった。


 心地よさそうに目を瞑って沼地に浸かる姿は憎めないものの、倒さなきゃ次に進めないわけだからね。


「ゲッコォ……」


 お、ボスガエルの大きな両目がカッと見開いたと思ったら、あんぐりと大口を開けてきた。とはいえ結構距離は離れてるし、周囲は暗いのに僕たちの場所がはっきりと見えているかのように。そういえば、カエルって夜行性だっけ――


「「――くっ……⁉」」


 お得意の『水鉄砲』が来て、僕たちは大きく弾かれ……って、汐音がいない……?


「主、パートナーはかなり後ろのほうだモ。無事だと思うモ」


「あ、あんなところに……」


 振り返ると、クロムの言う通り汐音の姿は小さくなっていた。パリイの効果で無傷ではあるんだろうけど、それにしても凄い吹っ飛びようだ。これが水の鎧のあるなしの違いなのか。っていうか、ダンジョン内だと水鉄砲の威力も数倍に跳ね上がってるっぽい。


「……優也君。私じゃ迂闊に近寄れないみたい。これ、貸そうか……」


「えっ……」


 汐音のところへ戻ったら、彼女が死神の大鎌を振り下ろすように渡そうとしてきて、ちょっと背筋が冷たくなったのは内緒だ。いやもうね、今彼女が攻撃の意志を持ってたら僕死んでますってば。心臓に悪すぎ。


「いや、大丈夫。対策は立てたから」


「へえ。優也君って頭いいんだ……」


「ま、まあ図書室でみっちり勉強したからね」


 そういうわけで、僕はたった今ひらめいたことを試すべく、ボスガエル目掛けて駆け出していく。やつもそれがわかっていたのか既に大口を開け、水鉄砲を打つ態勢だ。


 ボスガエルの水鉄砲は威力だけじゃなく範囲も大きくて、直撃しなくても衝撃波で吹っ飛ばされる可能性が高い。


 そうするうちに獲物の体力を消耗させて美味しくいただこうっていう腹積もりだろうけど、そう簡単にやらせはしない。


 ってことで、棒高跳びの要領で助走をつけていた僕は、ボスガエルが見えてきたところでゼリーソードを地面に突き刺し、反動を利用して高々と跳躍してみせた。


 その瞬間、殴られるような猛烈な水飛沫を受けたけど、この高さならそこまでの影響はなく、僕はカエルの真上からやつに向かってゼリーソードを伸ばしてやった。


「ゲッ……? ゲコオオオオオォォオッ!」


 ボスガエルの断末魔の悲鳴が上がる頃には、僕は地面に着地していた。お、景色が元に戻っていく。どうやらボスガエルを倒したことでダンジョンも攻略したみたいだ。


『おめでとうございます! 白石優也様と黒崎汐音様は、ジャイアントフロッグ(ボス)を一匹倒しました。獲得したMPモンスターポイントはそれぞれ300、DPダンジョンポイントは150です』


 おおっ、汐音にもポイントが入ってる。ってことは、一緒にダンジョンにいればどっちがクリアしても入る仕様なのかもね。


「よかったね、優也君……」


「……うん。汐音のおかげだよ」


「……私は何もしてないし……」


「いやいや、汐音がいたからここまで頑張れたんだよ。僕と一緒に昇格しよう」


「……でも……」


「もう、君は充分に償ったよ。力を貸してほしいんだ」


「……うん……」


「よかった……」


 僕は嬉しさのあまり汐音を抱きしめた。


 ……ん、なんか視界にやたらとコメントが流れてると思ったら……。


『ヒューヒュー!』


『お熱いねえ////』


『バカップルキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』


『おいおいwwカエルがいなくなったと思ったら、もっと性質の悪いのがいた件www』


『リア充爆発しろっ!!!』


「「……」」


 僕たちは顔を赤らめつつ離れるのだった……。

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