第15話
「……」
竹林の中、少し離れた地点から対峙し合う僕と黒崎汐音。彼女はやや不思議そうに首を傾げてみせた。
「……白石君。どうして仲間と一緒に戦わないの……? 従魔もいるのに……」
「いや、黒崎さん。君は一人だし、僕も一人でやるよ。そのほうがフェアだろ?」
「……でも……」
「ほら、応援席のほう見てよ」
「応援席……?」
脇のほうを見やる僕の視線を、黒崎さんがぎこちない様子でなぞる。
「フレーフレー! 白石のあんちゃん、わしはここで応援しとるぞー!」
「優也ちゃんよぉ、俺たちが応援してんだから、絶対に負けんなよおぉっ⁉」
「優也、もし負けたら俺らが絶対に許さねえかんなっ⁉」
「主、ボクもここで応援してるモッ。頑張るモッ!」
「ほら、ね。この通り、みんなもう応援団になってるわけだし」
「……そう。それなら別にいいけど……」
黒崎さんは腑に落ちたらしくて小さく頷いた。
実をいうと、当初は彼女が普通の女の子に見えたせいか、みんなやる気満々んだったんだけどね。彼女の持ってる死神の大鎌の効果を伝えたらああなったんだ。必中に加えて即死効果までついてるんだから仕方ないか。
僕がゼリーソードを構えると、彼女の手元にはえげつない見た目の武器――死神の大鎌が現れた。
いよいよこの戦いで、6時間にも及ぶサバイバルゲームに決着がつくと思うと感慨深い。
「……白石君。こっち、おいで……」
「ははっ……もちろん行かせてもらうさ!」
余裕綽綽な死神の挑発に乗るように、僕は一気に駆け出していく。
気づけば彼女はすぐ目の前に迫っていた。当然だ。彼女はレベル20だけどこっちは30で俊敏値も勝ってるんだから。
「……はや……」
目を少し大きくしてぼそっと呟く黒崎。でも、こっちの連続攻撃が通じない。なんか、見えないバリアみたいなものにことごとく防がれてる。これが死神の大鎌の効果の一つ、パリイなのか……。
「……それじゃ、次はこっちの番……」
「くっ……⁉」
彼女が攻撃態勢に入ったので。僕はそこから素早く離れる。なんせ、半径1メートル以内は必中な上に当たったら即死だから、こうならざるを得ない。
「……白石君、怖がらないで。苦しくないから……」
「ちょっ……」
鎌を振り上げて追いかけてくる黒崎。無表情なのも相俟って、その台詞に背筋が凍りそうだ。いくら苦しくなくてもまだ死にたくないよ。去年の7月4日に15歳になったばかりで人生これからなんだし……!
それでも、速度は明らかにこっちのほうが上回ってるのもあって、追いつかれる心配はなかった。ただ、この竹林は障害物も多いし、転ぶ可能性も考えたら近づくのは怖い。
だからといって消極的だと制限時間内に決着がつかない。気づけばもう1時間を切ってしまっていた。僕はどうしても黒崎汐音の過去が知りたいし、自分が狙われた理由も把握しておきたかった。
……そうだ。そこで良い考えが浮かんだ。こっちには射程の長いゼリーソードがあるんだから、ひたすら中距離から狙っていけばいいんだ。そうすれば向こうは何もできない。
というわけで、ひたすらゼリーソードを伸ばして黒崎を攻撃する。
「……無駄」
「くっ……」
だが、どうしたって弾かれてしまう。細切れになるのは周囲の竹くらいで、パリイがうざすぎるんだ。ただ、高確率で防げるといっても、全て受け流せるってわけじゃないはずだ。
なので、僕は諦めずに何度も立て続けに黒崎を攻撃する。
――お、ようやく大物が釣れた!
「あ……」
黒崎の口から小さな驚嘆の声が漏れる。僕のゼリーソードがパリイを搔い潜り、彼女の足に絡みついた瞬間だ。よーし、そのまま大きく逆さ吊りで釣り上げて、思い切り地面に叩きつけてやる。
「これで……終わりだあああぁっ!」
「うっ……!」
あれ、手応えがない……と思ったら、黒崎は空中で何度も回転して着地するところだった。そうか、あの大鎌で切られちゃったのか。ゼリーソード自体は切られても再生するけど、こりゃ相当に手こずりそうだな……。
「……白石君。今度は私の番だよ……」
「あっ……!」
気づけば彼女はすぐそこまで迫っていて、僕は間一髪のところで攻撃を回避した。危ない。もし半径1メートル以内だったら確実に命中して死んでいたわけで、そう考えるだけで僕は眩暈がしそうになった。
これが死の恐怖ってやつか。黒崎はそういうのもわかって戦ってる感じがして、より強大に見えて僕は防戦一方になっていた。大鎌を振り上げながら、ここぞとばかり距離を詰めてくるんだ。
嫌だ、死にたくない。生きていたい……って、僕はさっきから一体何と戦ってるんだ? 探索者として、憧れの神山不比等さんみたいになりたいんじゃなかったのか?
そうだ、こんな弱気じゃダメだ。これじゃ、いじめられっ子として怯えていた毎日と同じじゃないか。違う、そうじゃない。ハートだ。ハートで戦うんだ。
「……」
そう思ったとき、僕の心に火が灯るとともに、何かが降りてくるのがわかった。これは……僕の勇気を祝福してくれるかのような神の知恵だ。
見えてきたぞ。完全無欠に思えたパリイの弱点。それは、死と隣り合わせの場所にあったんだ。
「食らえっ!」
「くうっ……⁉」
黒崎が死神の大鎌を振り上ろうとしたまさにその瞬間を狙い、勇気をもって飛び込んだ僕の連続攻撃が炸裂する。
「……痛い……」
「……」
裂傷だらけになった黒崎がうつ伏せに倒れる。やった、遂に勝ったんだ……。
「さすが、白石のあんちゃんじゃ! わしは信じとったぞおぉっ!」
「優也ちゃん、さすがだぜえぇぇっ!」
「優也、おめー、いくらなんでも格好良すぎだろっ!」
「主、やったモッ! 最高だモッ!」
「ははっ……!」
飛び込んできた仲間たちとともに、僕は大いに喜びを分かち合う。さて、約束通り黒崎からじっくり話を聞かないとね……。
「……あらあら、まったく。これじゃ野戦病院みたいね」
校舎一階にある、そこそこ広い保健室の一角。気絶した黒崎の体をベッドまで運んできた僕たちを見て、30代中盤くらいの白衣の女教師――
ずらりと並んだベッドには、包帯をグルグル巻きにした同級生たちが横たわってる。
まあ、普通に死人が出ても珍しくないサバイバルゲームだからね、竹林じゃ死体が放置されてるくらいだし、こればっかりはしょうがない。如月先生もそこは諦めてるみたい。
「――うっ……?」
そんな保健室の窓際のベッドで、少し経ってから黒崎汐音は目覚めた。
「……私、負けたんだ……」
「うん。でも、強かったよ、黒崎さん」
「……ありがと。白石君のほうが強いこと、鑑定で知ってたから納得できるけど……やっぱり悔しい……」
「……」
横たわったまま、両手でベッドのシーツを掴む黒崎さん。表情は変わらないけど、負けたことは悔しいんだね。探索者はこうでなくっちゃ。
「話してくれるよね?」
「……うん。私がずっとここに残ってる理由、だよね……?」
「そうそう。僕たちはそれが知りたいんだ」
「うむ! この小娘、はよ教えんか!」
「おいぃ、青野爺さんよぉ、あんたが倒したわけじゃねえんだから空気読めよぉ」
「んだんだ、青野爺、おめーは黙ってろや、タココラッ!」
「そうだモッ、引っ込んでろモッ!」
「ひぐっ。従魔のスライムちゃんまで。なんでわしばっかり……」
「は、ははっ……」
青野さん、弄られ役として定着してきた感じかな? ちなみに、クロムはまたバンダナとして僕の額に巻き付いてる形だ。校舎内だとさすがに目立つからね。
「……ふふっ。それじゃ、話すね……」
黒崎汐音が天井を見上げながら、おもむろに語り始める。
「私ね……一年くらい前に、この学園に入ってきたの。
町村茜って名前は聞いたことない。いくら接点が少ないといっても、名前に見覚えくらいはありそうだから、なんらかの理由でもうGクラスにはいないってことだね。
「私たちは何をするにも一緒で……ちょうど、今の白石君みたいに、探索者として夢に溢れていたの……」
「なるほど……」
そういわれるとなんか照れ臭いけど、入ってきたばかりの僕は確かに目がキラキラしてたかもしれない。いじめられて少し濁っちゃったけど。
「でも……それから半年くらい経って関係が変わり始めた……。私が素材の合成で死神の大鎌っていう武器を手に入れてから、関係がギスギスし始めて……」
「……あー、嫉妬されちゃったかな?」
「……それはわからないけど、別々に行動することが多くなって……ちょうど、私がFクラスに昇格するっていう話が出始めたとき、事件が起きたの……」
「事件?」
「うん。近くでモンスターが大量発生しちゃって……緊急事態だから、クラス全員で戦わなきゃいけなくなった……」
「クラス全員って、上位のクラスも?」
「そう。みんなで戦うことになったんだけど、モンスターは近くの商店街だけじゃなく、住宅街にも出現してて……私のお母さんや幼い妹や弟が家に取り残されてて……」
「……」
「私は、Gクラスのエースだからっていう理由で……大勢の人がいる商店街のほうに行かされたの……。急いで討伐を終わらせて住宅街へ向かったときには、もう壊滅状態になってて……私の家族はみんな死んじゃってたんだ……」
「……酷いな」
「……うん。酷いよね。命令に背いてでも家族を守りに行くべきだったのに、私は何一つ守れなかった……」
「いや、違う。黒崎さんは何も悪くない。むしろ立派なことをしたんだ。それで大勢の人の命を守ったんじゃないか……」
「……でも、私は自分の弱さを責め続けた。もっともっと強ければ家族を守れたかもしれないって。だから、納得できるくらい強くなるまで、このクラスに残ろうと思って……」
「いやいや、もう、充分強いよ、黒崎さんは……。というか、なんでそんなに殊勝な心掛けなのに、陰の支配者だの闇の帝王だの、変な称号が……?」
「……多分、サバイバルゲーム……」
「サバイバルゲーム? そこで何かあったんだ?」
「……うん。私と友達の茜でチームを組んだんだけど、みんなの前で裏切られて、殺されかけて……咄嗟に死神の鎌で自分を守ろうとしたら、死なせちゃって……」
「……」
「それで、みんな怖がって……こんな称号がついたみたい……」
正直、僕は黒崎汐音に対する印象がガラリと変わっていた。彼女が陰の支配者としてクラスメイトをけしかけてないっていうのはどうやら本当みたいだ。
「でも、それじゃなんでみんな僕をここまで嫌ってたんだろ……?」
「……それはわからないけど……でも、もしかしたら……」
「もしかしたら――?」
僕が聞き返した直後だった。端末からけたたましい警告音が鳴り響いたのだ。こ、これは、まさか……。
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