第13話


 黒崎汐音という謎すぎる存在が、不気味な空気となって僕たちの肩に重く圧し掛かってくる。


 でも、今はとにかくそれどころじゃなかった。


「そろそろ戦いに行こうか? 青野さん、タクヤ、マサル」


「「「……りょ、了解……」」」


 みんなの苦渋に満ちた声を聴けばわかるように、僕たちはこれからたった4人で35人という大人数を相手に戦わなきゃいけないんだからね。戦力差にしておよそ9倍ってわけだ。


 もちろん、人数で全てが決まるわけじゃないのはわかってるけど、命がけのサバイバルゲームなんだから絶対に無視できない要素だ。


 そういう事情もあって、集団の中に闇雲に突っ込むわけにもいかない。


 憧れの神山不比等さんのようなハートの強い男、延いては最強の探索者になるためにも、まずここで生き残らないと話にならないんだ。


 できる限り近づいて一気に奇襲をかけようってことで、匍匐前進によってじわじわと集団との距離を詰めていく。なんせ相手は大勢な上にかなり慎重。少しでも異変があれば直ちに侵入者を排除できる態勢だから。


 いくらゼリーソードが有用といっても、これだけの数を一度に相手にするのは難しい。


 竹だけじゃなくて岩石や根っこ等の障害物も多いし、それらが邪魔になって短い間に一網打尽にするのは至難の業だ。一度に倒せるにしても限界がある。


 おそらくだけど、相手は少数相手に畳みかけるようにして一気に攻めようって考え方だろうから、かなり厳しい展開が予想される。


「も、もうダメじゃあぁぁ……」


「な、なんか俺よぉ、心臓の辺りがチクチク痛くなってきたぜぇ……」


「お、俺もだっ。ず、頭痛がっ……!」


「……」


 青野さんたちの様子を見ると、これからすぐ戦うのは得策じゃなさそうだね。


「ちょっと作戦会議しよっか?」


「「「賛成ぃ……!」」」


 うわ、反応はやっ。


 とりあえず、戦いの前に一旦作戦会議がてら休憩しようってことで、僕たちは集団から距離を置くことにした。こっちにはクロムがいるので、離れすぎなければすぐに場所は把握できるそうだから大丈夫だ。


 心身の疲れに関していうと僕はまだ平気だけど、青野さんたちはそうはいかないからね。


「主、この辺が限界モ」


「了解」


 クロムが把握できるギリギリのところでしばらく休む。


 ん、青野さんが僕の『無限の水筒』をゴクゴク飲んでる。飲み干しそうな勢いだ。よっぽど喉が渇いてたみたいだね。


「……す、すまん。白石のあんちゃん、緊張のあまり喉が渇いて、この借りた水筒を全部飲んでしまったわい……」


「ちょっ……⁉ 次は俺が飲もうとしてたのによぉ、青野爺さん、ふざけんなじぇねぇぇっ!」


「青野爺、てめえ責任取れっ! それともここで置き去りにしてやるか⁉」


「しょっ、しょんなに責めんでくれ。ごほっ、ごほっ……」


「大丈夫大丈夫。それ、ちょっと時間が経ったらまた飲めるようになるから……」


「「「えっ……⁉」」」


 青野さんたちはそこで何か察したらしい。この便利な『無限の水筒』も、そこら辺で拾ったものなんじゃないかと。


「わしもこういうの欲しいっ!」


「うおおぉぉっ!」


「俺が先に見つけるっ!」


「……」


 まだ何も言ってないのに。例の集団から離れててよかった……。


「こいつら、欲深すぎモ。呆れるモ……」


「ははっ……」


 クロムもレアモンスターのメタリックスライムとして、欲を一心に受けるタイプだからか不快そうだ。


 ……って、待てよ? そうだ。僕は知力を上げたためか、をひらめいてしまった。


「青野さん、タクヤ、マサル。いい考えを思いついた。これならいけると思う」


「「「おぉっ……!」」」


 青野さんの不安そうな顔がパッと明るくなる。これもある意味パワーってやつだ。強いと思われてるから、作戦内容を言わなくても信用される。


「主、どんな作戦モ?」


「クロム。それはそのときになってからのお楽しみで。そんなことより、やつらが今どこにいるか誘導よろしく」


「わかったモ……」


 クロムにも内緒にするのは、ちゃんとした理由があった。


 集団がいるところに前と同じようにある程度まで近づいてから、匍匐前進で少しずつ距離を縮めていく。


 よしよし、見えてきたぞ……。


「……し、白石のあんちゃん、そろそろ、作戦を教えてほしいのじゃが……」


 相手との距離が迫ってきたからか、青野さんがビクビクした様子で声を絞り出すように言った。タクヤとマサルからも圧を感じるし、この辺で話すべきだろうね。


「青野さん、タクヤ、マサル。これから陽動作戦をやろう思ってる。囮を用意して、相手を誘き寄せるんだ。そうすれば、連携は崩れて集団はバラバラになる」


「お、おぉっ、そりゃよさそうじゃな。だ、だが、その肝心の囮役は誰がやるんじゃ……?」


「そりゃ青野爺さん、役立たずのあんたに決まってんだろぉっ⁉」


「そうそう。青野爺、おめーにピッタシの役じゃねえか!」


「しょっ、しょんな……。な、なんか急に具合が悪くなってきたぞい。寒気が……」


「大丈夫。青野さんじゃなくて、僕の従魔が行くから」


「「「「従魔……⁉」」」」


 驚きの声の中には、クロムの声も混じってるのがわかった。


「クロム、頼むよ。ここまで来たからにはもう、後には引けないんだ……」


「モ……」


 クロムにも内緒にしてたのは、その警戒心の強さゆえに、背水の陣にして決断が鈍らないようにするためだ。


 やつらの欲望を一身に受けるのは気の毒だけど、この陽動作戦の囮に最も向いてるのは、レアモンスターでかつ硬くて素早いメタリックスライムだと考えたんだ。


「わ、わかったモ。ボクがあいつらの注意を引き付けるモ……!」


 もう隠す必要はないってことで、クロムが本来のスライムの形になる。


「「「メ、メタリックスライム⁉」」」


「……いや、みんなで僕の従魔を襲おうとしない!」


「「「は、はひっ……」」」


 青野さんもタクヤもマサルも、既に血眼で攻撃態勢に入ってたからね。


 メタリックスライム、恐るべし。


 この最大の吸引力こそが、本当の意味での能力なのかもしれない。ま、従魔もそこら辺で拾ったってことにしておこう……と思ったら、青野さんたちはしきりに周囲を見回していた。まったくもう……。


「主、行ってくるモッ……!」


 クロムが恐ろしい速度で走っていく。あれって俊敏値100くらいはありそうだ。あの速さなら、『逃げ足』モードの小鳥ちゃんにも難なく追いつけそうだな……。


 まもなく、どよめきが聞こえてきた。


「あ、あれはメタリックスライムだ!」


「間違いねえ! 逃すな!」


「お、おい、待て! ここから離れるなっ!」


「うるせえ! あれは俺のもんだ!」


「僕のっ!」


「はあ⁉ あたしのよ!」


「「「「「うおおおおぉぉぉっ!」」」」」


「……」


 止めようとするやつもいたけど、集団の結束はあっさりと乱れた。思った以上の成果で、効果覿面だ。


「今だ、みんな行くぞっ!」


「「「おーっ!」」」


 やつらの目はメタリックスライムに向いてるってことで、僕たちは竹の合間を移動しつつ、一人ずつ仕留めていく。


「アチョーッ!」


「ぐはっ⁉」


 奇声を上げつつ、敵の後頭部をバットで叩いて仕留める青野さん。やるなあ。何故かカンフーチックだけど……。


「おい、俺のメタリックスライムはどこだよ⁉」


「ここだぜぇ」


「えっ……がはっ⁉」


「げへへっ……」


 タクヤが弓で相手の腹を射抜いた。躊躇ないなあ。ま、向こうだって本気で殺しにきてるわけだからね。


「うらあああっ!」


「ぐひいぃっ!」


 マサルの袈裟懸けの一撃で血飛沫が上がる。すごっ。


 よーし、僕も負けてられない。ってことで、竹林の合間を縫うように移動しながら、ゼリーソードを鞭のように使って敵を次々と倒していく。


「「「「「ごっ……⁉」」」」」


 迸る鮮血と細切れになる竹。そこから時間差で倒れる生徒たち。


 これはただの遊びじゃない。生死を賭けたサバイバルゲームだ。僕たちの命を狙ってきてるんだから、これくらいのことはしないと。


「ま、まさに破竹の勢いというやつじゃ……。白石のあんちゃんが味方でよかったわい……!」


「まったくだぜぇ。優也ちゃん、マジおっかねえぇ……」


「優也、かっけえよ。正直こえーけど……」


 僕の戦いぶりを見て、青野さんたちまで震えあがってるのが面白かった。


「ひ……ひいいぃっ!」


「助けてくれえぇっ!」


「こ、降参だっ! 俺を仲間にしてくれっ……!」


 もうこうなると、敵は散り散りになって逃げ惑ったり寝返ったりするばかりだった。


「「「「「ぎゃあぁぁっ……!」」」」」


 もちろん、やつらを許すつもりなんて毛頭なくて、青野さんらと一緒に一人一人とことん潰してやったけど。


「――ふう……」


 さて、これで集団の35人、全員倒してやった。あとは、おそらくこの作戦を考えたであろうボス――陰の支配者の黒崎汐音だけだ……。

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