はちみつと天使(エンジェル)

みんと@「炎帝姫」執筆中

第1話 幼馴染みからの告白予告

「誕生日、きみに告白するから」

「は?」


 花びらのような雪が舞う。

 レンガ造りの美しい街並みに降る雪は、景色を白銀へと染め変え、道行く人を凍えさせる。


 そんな雪時に開かれた夜会の折、ミエルは幼馴染みのアンジュから告げられた、突然の告白予告に、目を見開いていた。

 今は来週に迫った彼の誕生日に向け、プレゼントの話をしていたはずだ。にもかかわらず告白とは、一体どういうことなのだろう?


「え…ちょ、何言って……?」

「何って、誕生日に欲しいものって、きみが言ったんじゃないか」

 すると、彼女の心情を見透かしたように、ミエルのはちみつ色の瞳を見つめたアンジュは、形のいい口元に笑みを浮かべて言った。

 確かに彼女は先程、誕生日に欲しいものを問いかけた。

 彼の誕生日はクリスマスの前日だから、いつもクリスマスプレゼントと合わせて贈り物を一緒に買いに行くのが習慣となっている。

 だから今年もそろそろと思って、問いかけたの、だが……?

「い、言ったけど?」

「だから告白する。俺が今一番欲しいのはきみだから」

「……!」

 予想外過ぎる質問の答えに、上手く思考がまとまらずどもるミエルを見つめ、アンジュはもう一度答えを語った。

 まるで当たり前を告げるように彼の表情は平静で、ペールアクアの瞳は揺るがない。だが、天使の相貌そうぼうと評される幼馴染みからの告白予告に、ミエルは呆然とした様子だ。


(……え、ちょっと待って。誕生日に私が欲しい? それって……?)

「つまり、きみが好きってことなんだけど、ここまで言えば伝わるかな?」

(えっ、え? アンジュが私を好………。いや、そもそもこれ、なんて答えるのが正解なの? 分かったって言うのも違うわよね? 分からない? え? あの……)

「いや、じょ…冗談……?」

 ほんの少し釣り目がちの瞳を彼に向け、ぐるぐると思考を巡らせていたミエルはやがて、捨てられた子猫のようなあどけない表情で呟いた。

 それだけ彼の言葉が許容値を越えていたのだろうけれど、レースをまとったドレスをぎゅうと握りしめ、困り顔で頬を染める彼女に、アンジュは思わず笑って言う。

「本気。それに、あんまり見つめられると俺も照れるな。ミエルのそういう表情かわいいから、イジワルしたくなる」

「……!?」

「それとも、わざと抱きしめたくなるような顔をしてる? なら遠慮なく……」

「し、しししてないから! あっち行きなさい!」


 わざとらしく顔を近づけ囁くアンジュに、ミエルは思わず彼の顔面を掴むと、両手でめいっぱい押しのけた。

 ここがいくら会場の端っこで、誰も注目していない窓辺とはいえ、傍から見たら口づけ一歩手前のこの距離感は絶対によろしくない。

 それに、そもそもアンジュは、こういうことを言うような奴ではなかったはずだ。

 子供のころに出逢った彼とは家が近所で、父親同士が友人だったことから、ミエルの兄を含め、自然と遊んでいるような関係だった。

 大人になってもそれは変わらず、ミエルにとってアンジュは十年来の親友であり、幼馴染み。気兼ねなくて何でも話せる相手だと、そう、思っていたのだが……。


「……まったく、俺の顔をここまで遠慮なく掴むのはミエルだけだよ」

 彼が自分を、ただの幼馴染ではなく、女の子として見ていた事実に果てしなく動揺しながら、ぐいぐいと顔面を押しのけるミエルに、アンジュはやがて声をくぐもらせて呟いた。

 確かに、白金の髪にペールアクアの瞳をした、美しい青年の顔面に手を遣る女の子はそういないだろう。

 だが、彼の文句に眉を吊り上げたミエルは、臆することなく抵抗し、

「あんたが脅かすからいけないんでしょ! 仮にも夜会の最中よ? 誰かに見られたら色々まずいんだから、いい加減もう一歩離れなさい!」

「俺は別に不都合なんてない。むしろ、ミエルに意識してもらえて嬉しいよ。今までのは全部スルーされてたからね」

「……!?」

「もちろん、答えは今じゃなくていい。来週、改めて告白する。だからそれまで考えておいて」

 顔面での押し問答の末、不敵な笑顔を見せたアンジュは、彼女の手首を捕まえると、さりげなく手のひらに口づけて言った。

 途端、柔らかい唇の感触に顔を赤らめたミエルのグーパンチが飛んだが、そんなものはどこ吹く風だ。

 華麗なバックステップでパンチをかわしたアンジュは、そのまま上機嫌で、夜会の人波に紛れて行った――。



(……何よ、あいつ)

 行き場のないグーパンチを握りしめ、彼が去って行った方を見つめたミエルは、しばらくして、脱力したようにひとりごちた。

 頬の熱は未だに冷めることを知らず、窓ガラスに映る自分の顔は赤い。

 人に見られたらきっと、熱があると思われるだろう。

 それもこれも全部、アンジュのせい。

 あいつが突然「告白予告」だなんて、告白同然のことをするからいけないんだ。

 今までそんな素振りなかったくせに、なんで、いきなり……。


(誕生日プレゼントに私が欲しい……か。いつから私、そんな風に思われてたのかしら……)


 深呼吸を繰り返しても冷めやらない熱を抱え、心の中で呟いたミエルは、会場を離れると、自室のベッドに倒れ込みながら考えた。

 今日が自宅主催の夜会だったことは幸いだが、賑わう広間を離れてなお、真剣に自分を見つめる彼の言葉が耳にこびりついて離れない。

 彼はいつからミエルを女の子として見ていたのだろう。

 顔を合わせる機会は頻繁にあったけれど、幼馴染み以上に想われるような出来事なんて、果たしてあっただろうか?

(うーん、ダンスに誘われる順番が変とか、女の子たちに声を掛けられるのが面倒だからって、避雷針扱いされていた記憶はあるけれど、その程度よね……)


 彼と出逢った十数年を思い返してみたけれど、結局、全然思い浮かばない。今更だけど、やっぱり冗談なんじゃないかとさえ思えてくる。

 もっとも、これで冗談だったら絶交モノだが、正直その方が気分は楽だ。

 だって、告白まで一週間。

 この一週間をどう過ごしたらいいのか…分からない。


(アンジュって、意外と悪魔ね……)


 不思議なほど高鳴る鼓動。

 ふかふかのぬいぐるみに顔をうずめ、ミエルは天使の名を持つ幼馴染みに、ふとそんなことを思った。

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