16_歓迎会

「斉藤くんと白石さん、歓迎会遅くなってごめんね。とりあえず乾杯!」


 カラオケ店の店長、飯山いいやまが乾杯の音頭を取ってくれた。歳は36歳、俺の4つ上になる。3年前、正社員になったタイミングで店長に就任したそうだ。



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「歓迎会は拓也に任せようと思うんだけど、どうだろう」


 タクと白石さん、2人の歓迎会の前日、タクが言ってきた。


「普段どんな会話してるか分からないし、俺で務まるかどうか自信無いな」


「じゃ、せめてゴーグルで見ておいてくれる? 拓也にしか分からない事あったら代わってもらえるし」


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 そんな流れで、歓迎会をゴーグルで覗いている。場所はカラオケボックスのすぐ近くにある、チェーン店の居酒屋だ。


「今日参加するのは、俺と山岡の2人だけど、今度は沢田なんかも入れて飲み会やりましょう。とりあえず一回やっておかないと、山岡がホントうるさいから」


「だって俺が言い出さないと、飲み会全然やってくれないんだもん。……にしても、酒飲んでるの俺だけっすか!」


「斉藤くんは例の治験だっけ? 飲めないのは仕方ないもんね。俺は8時には店戻らないといけないし。白石さんは気にせず飲んでね」


「そうそう、せめて白石さん一緒に飲みましょうよー」


「わ、わかりました、このお茶飲んじゃったら次頼みます」


 山岡に勧められた白石さんは、ドリンクメニューに手を伸ばした。



「白石さんって彼氏いないんだよね? 友達が白石さんを受付で見かけたらしいんだけど、紹介出来る? って聞かれてんのよ。32歳で車の整備士やってる奴。どう? 興味あったりする?」


「ああ……今はお付き合いとか全然考えて無くて、勉強の方で手一杯で……すみません」


「全然全然。ズバズバ断ってくれちゃっていいから。俺も一応声は掛けたってこれで言えるから。ハハハ、気にしないで」


 飯山からの話を、白石さんはやんわりと断った。ゴーグル越しに、ホッとしている俺がいた。



「あと、斉藤くんは正社員とか興味無い? 本社から『デキる人見つけたら声かけといて』って言われてるんだけど」


「すみません……今の所は考えてないです」


「オーケーオーケー、全然大丈夫。ウチには最終兵器の山岡がいるし」


「嫌っすよ、俺。いずれカラオケ店の店長になるとか。店長の前で言うのもなんですけど」


「お前も子供出来たりしたら変わるって。……ってかホントだよ、俺の前で言うなよ」


 一同に笑いが起きる。なかなか楽しそうなメンバーだ。

 


「斉藤くん、前は文具メーカーに勤めてたんだよね? どうして辞めちゃったの?」


「店長、それって履歴書の情報でしょ? いつも平気で持ち出すんだから」


「アハハ、俺なら大丈夫。辞めたのは……ちょっと思ってた仕事と違ったかなって」


「どんなお仕事されてたんですか、斉藤さんは?」


 白石さんがタクを覗き込んで訪ねてきた。


 その時、タクが眉間を指でつまんだ。変わって欲しい時に出すと言っていた合図だ。こ、こんな早くに交代か、ゴーグルをモニターからタクを操作するモードに切り替えた。


 一瞬で居酒屋にテレポーテーションしたような錯覚にとらわれる。店内の料理の匂いや、タクが手にしていたグラスの感触が一気に伝わってきた。


「ど、どんな仕事かって事ですね。それは……企画部にいたんですが、それは名前ばかりで、企画の仕事なんて殆ど無くて。海外文具に貼り付ける日本語シールの作成だったり、説明書だったりが主な仕事で。最初は自分で企画した文具を作ったり出来るのかな? なんて思ってたんですよね」


「シールとか説明書は何で作られてたんですか? 何でって、アプリケーションの話です」


「その辺は全部イラストレーターですね。あと、サポート程度にフォトショップって感じで」


「えー、凄いじゃないですか! 以前言いませんでしたっけ? まさに私が勉強しているアプリケーションです! ——っていうか、何で急に敬語なんですか」 

 

 白石さんはそう言って笑った。そうか、タクはタメ口で話していたっけ。急に入れ替わると色々と難しい。



「店長分かります? イラストレーターとかなんとか? 俺、全然分からないっす」


「俺も分からん。仕事で使うのはエクセルくらいだしな」


「店長、エクセル使えるだけでも偉いっすよ……俺もなんか勉強しよかなぁ……あ、すみません! ビールお代わり!」


「山岡さんも勉強始めましょうよ! 案外楽しいですよ。まだ24歳だし、いくらでも頭に入ると思います」


 お酒が少しまわってきたのだろうか。そう言った白石さんの頬は、少し赤くなっていた。


「マジっすかー。俺もいつまでもバイトってのもなあ……って最近はよく考えたりするんですけどね。斉藤さんは何か考えてるんすか? 今後のこと」


「あ、ああ。今はとりあえず引っ越し資金とか貯めようかと。その後はまた、以前のような仕事に就けたらなって」


「就職先、私と同じような所になる可能性あるじゃないですか! また、情報交換とかしましょうよ!」


「君たち。将来の話はどんどんやって貰って大丈夫だけど、バイト急に辞めちゃったりしないでね。アハハハ」


 冗談めかして言う飯山に、俺と白石さんは慌てて謝った。

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