11_別人格
昨日は久しぶりに飲んだからか、家に着くなり倒れ込むように眠ってしまった。二日酔いとまではいかないが、少々酒が残っている感じがする。今は……朝9時を過ぎたところ。俺は「うーん」と声を上げて布団から出た。
「おはよう」
タクも寝室から出てきた。きっと、俺が起きるまで寝室で待っていたのだろう。タクは睡眠を取る必要は無いのだが、夜はスリープ状態にしている。俺の生活リズムを崩さないよう、気を使っているのだろう。
「おはよう。昨日は山内さんと何話してたの。帰りもずーっと話してたじゃん」
「たわいも無い事ばかりだよ。山内さん、話がホント面白くて」
「——まさかだけど、山内さんに気があるとか? 俺と好みが一緒なら、そんな事無いと思うけど」
「うーん……俺は結構好きだよ、山内さん」
本気で? という顔を向けると、タクは「どうして?」とでも言いたげに首をかしげた。
「あれじゃないの? 明らかにタクは好意を持たれているからとか? 好意を持たれると好きになっちゃう、とかあるじゃん」
「——うーん、どうだろう。彼女の真っ直ぐな感じと、裏が無さそうな感じがいいのかな? 話してるだけで面白いし」
真っ直ぐで、裏が無さそうで、話が面白い。
悲しいかな、全てが俺と正反対だ。
「そうなんだ、正直意外だった。山内さん綺麗なのは綺麗だけど、ちょっとキツそうな感じがするっていうか。見るからに優しそうな白石さんみたいなタイプと違って」
「うーん……俺から見ると、どちらも素敵な女性に見えるけどね」
もしかして——
俺とタクは別人格になりつつあるのかもしれない。
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・ゴーグルでの操作を積み重ねる事によって、より本人に近づいたコピーになります。
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インストールしたアプリの説明書には、こんな事が書いてあった。
近頃はゴーグルでタクを操作をする事は殆ど無い。殆どどころか、バイトの初日に操作したのが最後だ。
「もしかしてさ、ゴーグル越しにタクを動かしてないと、別人格になっていくとかある?」
「うーん、どうだろう。拓也とかけ離れて来てる感じがする?」
「正直言うとそうかもね……以前はさ、見た目を変えただけの俺と思ってたんだけど、今では全てにおいて俺の上位互換だなって」
以前タクに覚えた違和感は、その兆候を感じた瞬間だったのだと思う。
「そうか……AIは日々学習するし、体力だって申し分無い。一応、夜はスリープにしてるけど、起きていようと思えばいつまででも起きていられる。要するにロボットなんだよ、俺は。……操作可能な便利ロボットだと思ったら、拓也も楽になるんじゃない? 人間として見てしまうから、どうしても比べてしまう」
タクは少し寂しげにそう言った。
「いや、今となっては無理だよ……最初から自動運転をせずに、ゴーグルで動かすロボットとして付き合ってきたならまだしも。……考えないようにはしてるけどさ、3年後どうなるんだろうって、やっぱり考えちゃう。時々」
「だから余計にだよ……ロボットと思ってくれた方がいい。にしても、なかなか残酷な設計してくれてるよね、俺の体」
「でもね、タクの方が優れている事、今はプラスに考えてる。良いお手本になってくれる人が、すぐ隣にいてくれるって感じで」
「無理してない?」
「全然」
タクは「良かった」と優しく微笑んだ。
ここ1週間は毎日外に出ている。今日も大吉川に向けて家を出た。
往復4kmのウォーキングでは、足の痛みを感じることも無くなってきた。ウォーキングで距離を伸ばすか、軽くジョギングに変えてみるか。また、タクに相談してみようと思う。
それにしても、山内さんとタクが本気になったりしたらどうするんだろう? タクも恋愛に対して胸が痛んだりするんだろうか。もしそうなったとしたら、可哀想なのは山内さんだ。結婚しようにもタクの戸籍は無いし、何よりタクの命は3年しか無い。
最後は「拓也が責任取ってね」なんて言わないことを願いながら、ウォーキングの中間地点である、大吉川を折り返した。
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