第28話 秘めたる運気

 私の右前には青髪の魔女。


左前には紫髪の魔女がそれぞれ立っている。


 ライラックは外套を着ておらず頭の上の耳も露出していた。



「ネリネ、随分と早い再会じゃないか。もうへばってしまったのかい?」


「うるさいですよ。貴方にしては簡潔な名乗りではありませんか」



 飄々としながら小言を言ってくる塔の魔女を制止する。



「ネリネ、君は見かけによらずとんだ色女だね。二人の魔女を誑かすなんてね。私が厄払いしてあげよう。私の眷属になる気はない?」


「勘違いしないでください。後にも先にも私のご主人様はご主人様ただ一人ですよ」


「そうだよ、私はネリネの友人なんだ。よって君の席はどこにもない。さっさと尻尾巻いて逃げ出すんだね。文字通りにね」



 腕を組んですまし顔の紫髪の魔女に肘打ちを入れてやりたい。



「もう御託はいいね。さぁ始めよう、君の想いと私の意思。どちらが大きいか決めようじゃないか!」



 海の魔女の領域がこちらへ押し寄せてくる。


私たちの足元まで海に侵食されてしまった。


彼女の白髪の髪がほのかに水色に色づく。


おそらく領域の魔力を自身に取り込んでいるのだろう。



「ネリネ。しっかり気力を保って領域を押し返さないと勝ち目はないよ! 相手の領域下じゃ、やつの魔法を流石にSentinelでも防ぎきれないよ」


「それが出来ないからあなたを呼んだのですよ! なんとかしてくださいよ」



 揉める私たちには構わず、海の魔女から魔法が飛んでくる。


もう一般魔法を使うわけもなく、彼女独自の魔法である音の塊が次々飛んでくる。


 ご主人様は私を抱え上げて自分の領域がある場所まで下がってからSentinelを展開する。



「ちょっと! 私だけ仲間外れですか!」



 ライラックが騒いでいる。


だが、音波が彼女に当たる寸前で大きく横へ逸れた。


最初の弾は左へ、次は右へ、その次は真上へ。



「──ふぅー。たまたま運が良かったですが、次は当たるかもしれないよ! だから私も盾の後ろへ隠れさせてくださいよ」



 塔の魔女はぷんすかと怒りながらこちらへ寄ってくる。



 海の魔女は浮遊しながら歌を唄うように声を響かせている。


その周りには4匹のイルカが主を守るように泳いでいる。


彼女は四方八方に音波を飛ばしているが、そのどれもが私達に追尾するように向かってくる。



「ライラック! どうしますか? 受けているだけではこちらの負けですよ!」



 焦りが声に反映されているようで喉が苦しい。


森と塔の魔女は時間的な制限を抱えている限定顕現である。


このままでは何も出来ずに丸腰の私がこの場に誕生してしまう。



「どうするも何も私が手伝えるのは時間稼ぎとエリカたちが到着した後に、この領域に穴を開けて彼女たちを招き入れることだ。私は戦闘向きの魔法使いではないのだよ」



 こうしている間にも音波は飛んでくる。


 私はご主人様の盾の後ろへ隠れ、ライラックは奇跡の連発で音波に当たっていない。


彼女には何のからくりがあるというのだ。



「あなたの固有魔法でなんとかできないのですか?」


「無理だよ。魔女の求めているものが何か分からない。仮に成功したとしてもこんな霊体のような体では少し動きを止めるのが関の山だ。相手は四大魔女だ。他社の魔法に対する抵抗力は半端じゃない。それに彼女は領域内にいるからね」



 絶望的状況である。


使い物にならないこの魔女を呼んで事態が好転すると信じていた私が間抜けだった。



 必死に考える。


ご主人様であればどうするのだろうか。


最強の盾をどのように使うのか。


防衛魔法とは魔法から自信を他者を守るための魔法なのだ。


今の私の盾は自身すらもまともに守れていない。


Sentinelを使っているというのに、こんな領域に閉じ込められている状況こそがおかしいのだ。



「ご主人様、前に進みましょう! 盾を展開しながら海の魔女に近づくんです!」



 ご主人様は私を抱える腕に力を入れると無言のまま歩みを進めた。



 音波を盾で受けながら、一歩一歩踏み締める。


海に足を踏み入れる度にそこが金色に光出して領域を消していく。


どんどん海の色は濃くなっていくがそれらより強い光で打ち消していくのだ。



 主に近づく危険を察知したのか4匹のイルカがこちらへ飛んでくる。


得意の突進ではなく、頭から音波を一斉に飛ばす。


4つの波は一つになって大きな音となる。


それを気にも止めない様子でご主人様は歩いていく。


何故だか先程よりも盾が大きくなっているような気がする。



 音波を受け止めながらイルカたちまで近づく。


盾に1匹のイルカが触れると霧みたいに姿が消えていく。


それを見た残りのイルカたちは盾から逃げるように主のもとへと帰っていく。



「ネリネ! 大丈夫!!! 今そっちへ行くから!」



 懐かしい声が聞こえた。


エリカの声であろうか。


だが、返事をする気になれなかった。


体がフワフワとするのだ。


何故だかすごい眠い。


まるで本物のご主人様に抱き抱えられていると身体が、脳がそう錯覚を起こしている。


こんなに近くで見守っていてくれたのだ。


おそらく、Sentinelが放っている魔力がご主人様の魔力と同じであるからだ。


これだけの濃度の魔力を受けるのは実に5年と3ヶ月と24日ぶりだったろうか。


体内時計は狂ってしまっているので正確な時間はわからなくなってしまった。



「ごめん、ルガティ……私だけ、ご主人様の、魔力を……受けちゃって──」



 朧げな意識のまま、相棒の狼の名前を口にした。


 半開きの目で海の魔女を見る。


いつの間にかイルカは居なくなっている。


主の魔力の糧となったのだろうか。


渦巻く波の中で歌を歌い続ける魔女は歌姫のようである。


もう後何歩かで彼女の眼前にいける。


行ってどうするのだろうか。


何故彼女の元へ行こうとしているのかさえ分からなくなってきた。


考えることがすごく億劫なのだ。



 急に歌は止んだ。海の魔女の領域が消えて無くなる。



「お前たち今だよ!!!」



 海の魔女が叫んだ。


すると、黒い外套を着た大勢の人影が私とご主人様を取り囲むように姿を現した。


彼らは体を紫色に光らせると、一斉にこう唱えた。



「「「「「Sentinel.」」」」」



 彼らの胸の中心から出てきた魔力が盾を形づくる。


体をのけぞらせ、胸からシールドが出てきているようである。


私を取り囲むように展開されたのは紫色に光る無数のSentinelであった。



「──なん、です、か?」



 意識が朦朧とする。


早く海の魔女の元へ行かなくては。


私を前へ進ませるのはその一点だけである。


私を抱えたご主人様が盾を出しながら一歩踏み出す。


直後盾と盾はぶつかる。


 すると、私の体全身にとてつもない痛みが襲った。


「あああ!」


 体の内側から体表へ向かって針が飛び出したかのような痛みだ。


私にダメージが通ることを確認すると、紫の盾は半歩迫ってくる。


痛みにより脳が活性化し──なかった。


誰かさんの魔法にかかり始めていることに今更ながら気がついた。



「もういいよ。あまり痛めつけるものじゃないよ。こちらに何の不都合があるか分からないからね」



 海の魔女ではなく、塔の魔女の声であった。



「──ライラック」



 ご主人様は私の窮地を脱するべく、紫の盾に向かって炎の弾を射出する。


炎弾を受けた外套の者は大きく後ろへのけぞった。よしこの程度の硬さで有れば突破できる。



「あああああ!!!」



 先程と同じ痛みが体を襲った。


すぐさまご主人様はしゃがみ込んで治癒魔法を私にかける。


どうやら受けたダメージを反射するようである。


冷静に分析している余裕は私にはない。


そんな危ない盾は私が少しでも動けばぶつかる位置にある。



 そういえばエリカの声が聞こえたのだ。もう領域は無くなったので加勢してくれているのだろうか。



「エ、エリカさん! いるのですか!」


 私がそう叫ぶと大きな地面を蹴り上げる音が聞こえた。



「ここしかないんだよ!!!」



 私の頭上には背中に天使の羽を生やして頭の上に口輪を浮かばせているエリカがいた。


 エリカは両手に持っている槌を思い切り振り回して外套の者たちの背後を思い切り殴りつけた。


「ネリネ! 早く手を掴んで!」


 彼女から差し出された手を取ろうとした。



「私達を裏切るとはね」



 海の魔女からエリカに向かって水弾が飛んでくる。


エリカは空へ飛び上がり難なく躱すがその隙に陣形を再び固められてしまう。



「ネリネ!」


「もう君の決死の裏切りは無に帰るさ。さぁお休みだよネリネ」



 ライラックの声が聞こえると私の意識は落ちていく。



「──エ、リ、カさん」




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