第6話 調査1日目③ 狂人の提案

 拠点へ帰ってきた私とエリカ。


 私の横で潰れているルガティには感謝しかない。


私一人ではエリカと足並みを揃えることは


出来ずに、調査も不十分に終わっていただろう。



 当たり前かもしれないが二人の姿はなかった。

私とエリカは「迎えてくれてもいいのにねと」顔を見合わせる。


 エリカは動けそうもないルガティの姿を見て、自分が先にドラセナの分の調査を終わらせてくることを提案する。



 流石に私一人で調査に出るのは不安なので、こちらとしてはありがたい提案なので飲ませてもらった。



 彼女のことを手を振り、送り出すとルガティの横に座り少し休憩することにした。



「ありがとうね。疲れたよね」



 ルガティの頭を撫でながら労う。



「ああ、情けない話だがもう5年も主の魔力を貰ってないせいなのか、どうも体力がなくてな」


 私は彼のゴワゴワの毛を手櫛でほぐしながら相槌を打つ。


「そういえば、エリカに盾のこと言って良かったのか?テキトーにオレからビームが出るとか言えばなんとかなったんじゃないか」



「無理ですよ。エリカさんも相当なカードを見せたと思うのでそれ相応のカードをこちらも見せなければ有効的な関係を築けないではありませんか」



「まぁいるかもしれねぇ敵と交戦すればすぐにバレることだから見せるなら最適解だったか」



「そういうことです。私にしてはなかなか良い選択だと思いますよ」



 自分の少ない手札であの曲者揃いの魔法使いと対等な力関係を構築しなければ、私の願望など叶えられるはずないのだ。


 たとえ仲間と敵対することになったとしても易々と勝ちを譲る気はない。



「ちょっとお話いいかしら?」


「──っひゃぁ!!!」


 ローズの声だ。


 全く気配がしなかったので驚きのあまり飛び上がってしまった。


「ごめんなさいね。相棒くんとお戯れの所お邪魔しちゃって」



 おそらく私達が念話で話していることはバレていないので、酷使してしまった狼を労わるように寄り添う少女に見えていたはずなので


 問題はないだろう。


「い、いえ。私もお話、したいです」



 呂律がうまく回らなかった。


 それよりローズの雰囲気が調査に出かける前と180°違うので戸惑いを隠せなかった。


今は狂人の素振りはなく、ただの妖艶で美人なお姉さんである。


 ふふふと少し笑うと慌てる私のことを小動物を見るかのような瞳で見つめている。


長い黒髪が美しくて吸い込まれそうである。



「まずは、何を調べてきたのか聞いてもいいかしら」



「私達は南側の調査をしてきました。天井があるということは果ての果てに壁があるかもしれないので目一杯走りましたが。進めど壁にはぶつかりませんでした」


「ということは何も得られなかったわけね」


 言える範囲で答えた。


目の前のローズに話しているはずなのに、まるで感触が得られなかった。


相槌は打ってもらえるのに私ではない何かを見ているような感じがするのだ。



「まぁしょうがないわ。手当たり次第探してみるしかないもの。これで南側は何も無いと安心できるわね!」



 ローズは疲れているルガティを見ながら励ましてくれる。彼の疲れ具合から駆け回ったことは嘘では無いと信じてもらえたようだ。


 そのままローズは私に近づき横に座った。


「ほら、貴方も疲れたでしょ。まだ二人が帰ってくるまで時間はたっぷりあるし座りましょ」


 私は恐る恐る彼女の横に座り込んだ。


 すぐ側にルガティはいるし、オート防御もあるので何が起こったとしても大丈夫だろう。



「話ってなんですか。調査の内容を聞きたかったわけではないですよね?」



「ええ、そうねぇー。ネリネちゃんは何でここに来たの?」



「私はローズさんと一緒ですよ。人探しです」



「うんうん。そんな感じしてたんだよね。ズバリ誰かは教えてくれるの?」


「母です」



「あらぁ、お母さん探しにこんな危険な所まで来るなんて余程ステキなお母さんなのね」



 スラスラと言葉が出てくる。不思議な感覚がする。


彼女と話していると言葉を選ぶという行為が出来なくなる。


心と喉が一直線に繋がってしまったみたいに。



「ねぇ魔力の残滓についてもっと知りたくない?お母さん思いの優しいネリネちゃんにだけ教えてあげるよ。タダじゃないけど」


「え!知りたいですよ!」


 ダメだ。何を要求されるかも分からないのに二つ返事をしてしまう。


 私の返事を聞き、ニヤッと笑う彼女は懐から瓶詰めを取り出した。


黒いヘドロがそこには入っていた。ローズは私の耳元に顔を近づけて話し出した。



「これの魔力を取り込むと見えるのよこの世界の本当の姿が」



「──本当の姿とは何ですか」



 私も小声で彼女に問いかける。



「ダメだよ。要求しすぎは!次はネリネちゃんの番」


 何が隠されると言うのだ。


あれだけルガティとエリカと駆け回っても見つからなかったものが、ヘドロの魔力を取り込めば本当の姿を見ることが出来るというのだ。信じられるわけがなかった。ただ本当ならば大きな成果になる。



「なぜ、皆さんに情報を共有しないのですか?」



「もーう!そんなの私達の目的に反してると思わないの?私達は探し人を見つけられればそれでいいんだよ。この場所は明らかに何かを隠しているでしょ。この残滓を残した人物と隠した人物が同じとすると私の探し人は調査隊の敵ということになるじゃない!」



「理屈は分かりましたけど。ローズさんのことを急には信じられませんよ」


 ローズは頬を膨らませている。


 何度見ても今の彼女は以前まで抱いていたイメージとかけ離れ過ぎていて正常な判断が出来ていない気がする。



「わかったわ、こうしましょう。ネリネちゃんが私と協力する気になるまで待つことにするわ。ただ私と貴方は利害関係が一致しているということは覚えておいてね」



「ありがとうございます。一つ聞いてもいいですか?」


「ええ」


「次のペア調査は何を調査する気ですか」



「ネリネちゃんにも残滓をたくさん取り込んでもらって、一緒にあの場所に行こうと思ったんだけど、それは無理そうだから。私の家にでも来る?退屈はしないと思うわ」



 「嫌ですよ!」と強めに即答しようかとしたが、直前でやめた。


他人の領域など見れる機会はそうないし、


何か信用にたる要素が見つかるかもしれない。


彼女の言っていることが真実だとすると協力は早めであるほど他のメンバーにアドバンテージが取れる。


気がかりなのは彼女の方からすれば、私はここまで素直な返答しかしていないので容易に想定が出来る状況であるということだ。


ここまで何もかもが彼女の思い通りだとすれば、領域に入ることは危険すぎる行為だ。



「ゆっくり悩んでね。私達の番になったら教えてちょうだい」



 彼女はそれだけ言い残すと去っていった。


 私もルガティの歩行を補助しながらテントに戻った。










「具合悪そうですね。ゆっくり休んでください」


 私は彼に毛布を掛ける。ただの走り過ぎであることを願うばかりだ。


「──リリー、あいつの領域に入るつもりか」


「はい。ローズが信用にたるかどうかを判断するのには絶好の機会だと思います。それにルガーの休息にも当てられますよ」


「一人で入る気か!」


 狼は起き上がり、私の目を真っすぐと見つめる。


 彼の背中を撫でて落ち着かせる。


「大丈夫ですよ。盾がある限り私に傷つけることは不可能ですから。それより信頼できる人が外にいてくれた方が安心ですよ。時間が経っても私が出てこない場合はエリカさんにでも頼んで一緒に助けに来てください」


「わかった。手札を温存するなんてバカな真似はやめるんだぞ。領域内の魔法使いにこの世のルールは適応されないと思え」


「はい。約束します」


 私は彼のことを抱きしめる。


 ルガティがいなくなってしまえば私は独りぼっちになってしまう。


それは彼にとっても同じことなのであろう。ご主人様に会いたくて仕方がない。


その気持ちが先行して危ないことでも近道に感じてしまえば進むことをやめられないのだ。


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