第3話 魔法工房と秘匿性

 プレハブ小屋のような簡易的な家を1個、2個、3個と数えながら歩いていると、6個目があるべき場所は空き地であった。



「あそこの空いてる所は好きに使っていいからね。向かい側の家は私の所だから何か聞きたいことあったら遠慮しないで訪ねてきて!」


「案内していただきありがとうございます」



 お礼をすると、彼女は自分の家に帰って行った。一時間程経ったら全員で会議をする予定だということも教えてもらった。




「よし、オレらもテント建てようぜ。リリーも疲れたろォ」



 私はリュックサックからテントを取り出して、建て始める。狼なので仕方がないが、こういう時ルガティは全く頼りにならない。エリカに手伝ってもらってもよかったのだが、自分の生活の拠点を作るということは魔法使いにとっては工房。つまりは自分の領域を作ることと似たような意味合いを持つので、自分がそこに加わりたくはないと多くの魔法使いは思うだろうから引き止めはしなかった。



 魔法工房とは自身の魔力に満ちた閉鎖的空間のことで、工房にいる魔法使いを倒すのは不可能であるといわれるほど、自分を守り全力以上の力を振るうことが出来る唯一の場所なのだ。


 自分だけが使える固有魔法になぞらえるように工房は作られる。工房を強力にする為にはいくつかの方法がある。



一つ目は工房に満ちる魔力の濃度を上げること。これは自身がどれだけその場所で活動したかで決まる。どんなに凄い魔法使いでも体の外側に魔力が漏れ出しているものである。この微力な魔力が空間に充満していくことで、工房自体が予備の魔力源として機能するだけでなく工房の強度も上がるのだ。


単純に外と内を隔てる壁を強固なものにすると、外に存在する自分以外の魔力を内側からシャットアウトできると同時に、外へ出ていく魔力も防ぐことが出来るので自然と内側の濃度は上がる。



 二つ目は工房の秘匿性を上げること。これは幾つかの方法があり、有名なのは自身の固有魔法に関係がある内装にすることだ。例えば火を扱う固有魔法であれば、松明を置いたり、壁紙を赤にする。これは安直すぎるが、より自分の魔法の性質と近しいものを領域内に置くのがベストとされている。何が置いているか、どんな内装なのかを悟られないことで文字通りの秘匿性をあげるのだ。


 ちなみに自分の固有魔法が相手にバレていないということは何よりも秘匿性上げる要素である。


 これらの要素は魔法が使えない私には全く関係がないことだ。私はそんなことを思い出しながらテントを張り終えるとルガティを呼んで中に入った。広いものではないがご飯を食べたり眠るだけであれば私と大きな狼が居ても問題ない広さである。



「外観はショボいが中は割といいなァ」


「これが限界なんですよ。私に領域作りは必要ないですから、持ち運べて最低限の寝泊まりができて夜風が凌げれば上等じゃないですか」


「なんかそれ、主も言いそうだなァ」



 何気ないルガティの言葉のせいでテント内はしんみりとした空気が流れる。私たちはテントを張ったからといって遠足をしにきたわけではないのだ。ご主人様を探しに来たのだ。私は目的を再認識する。



「そういえばオレたちが留守の間は入りたい放題だがいいのかァ?」



 困った話である。領域であれば迂闊に他人が近づくことは出来ないが、ただのテントであれば入るのは簡単だ。



「盗られては困るもの。というかリュックサックぐらいしか無いので持ち歩ければいいのでは?」


「いや物盗りなら優しいぐらいだ。オレが心配しているのは何か魔法を仕掛けられることだァ」



 対策など打ちようがなかった。誰かに頼もうにも信頼できる相手などまだ居ないし、明確にリーダーの男に嫌われてしまっているので絶対に何かないとも言い切れない。私が非魔法使いであることは周知の事実のようだし、私を消すことなどここにいる全員には造作もないことかもしれない。


「ごめん、不安にさせてしまったな大丈夫だ。全て上手くいくよ、リリーは主によく愛されているからなァ」



 ルガティは訳の分からないフォローの言葉を口にする。それから座り込んで悩んでいる私のそばに近づいて体をくっつけてくる。こうすれば私が安心すると知っているのだ。



「もう少し、このままそばに居てください」



 予定の時刻になりそうだったので私達はテントから出た。もう置いて行かれたくはないので少し早めだ。集合場所はテントよりも奥にある空き地である。そこにはもうエリカがいたので声をかけると、快く手を振って駆け寄ってきてくれた。



「あら、私も仲間に入れてちょうだいな」



 ローズがぬるりと私の左隣に現れた。背筋をなぞられた感覚がする。声が聞こえるまで気配が全くしないので彼女は神出鬼没である。



「もう少し、遠くから姿が見えれば私も声を掛けやすいのですが」


「ふふふ、貴方からはそう見えるようね。気を付けるわ」




 魔力を全く感知できない私には埃程も彼女の気配を感じ取れない。



 次にリーダーの男が歩いてきた。



「まだあと2人来ていないじゃないか」



 自分の招集に来ていないドラセナとライラックのことが不満らしくイライラとした態度である。



「僕は──いるよ」



 小声と共に姿を現したのはドラセナである。




 どういうわけがいつも姿が見えないのだ。ローズとは違って彼から不気味さは感じないが、種類の違う気配の感じにくさがある。



「もういい! あいつのことはほっと置いて作戦を伝える」



 男からの作戦はこうだった。まず最初に1人ずつ偵察にそれぞれ行って分かったことを報告する。そのあとはペアになって2人ずつで調査を行う。これを1日の内に行うらしい。


 1人の調査はあくまで偵察で少しでも危険だと判断したら引き返す。その場所をペアの調査の時に調べるという方法であった。それぞれ制限時間を設けて、制限時間内に帰ってこないものがいれば全員で探しにいくという。この男自身が調査のメンバーに含まれていないてことは不満だが、もっと突飛な作戦が来ると思っていたので意外とまともな作戦で驚いた。



「目的はこの陥没穴が出来た原因を突き止めることだ。それ以外に関係しないことは伏せても構わない。おそらくここに奉仕の精神で来たものは1人も居ないだろうからな。では明日からせいぜい死なないよう情報を持ってくるように」



 それだけ男は言うと自分の拠点に帰っていった。私達は特にその後会話することなく、自分の拠点にそれぞれ帰っていった。





 その日の晩。多分晩。


 ここは1日中薄暗くて時間の経過が分かりづらいので微かに残っている体内時計を頼りにしている。



「なんか皆んな、訳ありそうだったなァ」


「おおよそ分かっていたことですが、本当の意味で陥没穴の謎を突き止めようと調査隊に入った人なんてものはいないですよ」


「オレらもそうだもんなァ」


「はい。陥没穴なんてどうでもいいですよ。私は2人を見つけ出して無事に帰れればいんです」



 例えば数人しか帰れない方法が見つかったとしたら言うか言わないかは見つけた人の自由だということだ。



 私はルガティに寄り添いながら眠りについた。

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