第128話祝福

俊哉は指輪を薬指に嵌めた。シンプルで自己主張しないデザイン。長くつかう事は無いからこれで良い。


「田宮主任、その指輪何ですか」


最初に指摘したのは神崎だ。この男、マイペースなようでいて、そうではない。日常の変化に敏感な男である。


「婚約指輪だよ」


「婚約!」


神崎が大声で言った。


「こら神崎、声が大きい」


俊哉がたしなめたが遅かった。部員が集まる。


「田宮主任、ご婚約おめでとうございます」


部員が俊哉のデスクを取り囲み、質問攻めにする。


「いよいよ高坂係長補佐と結ばれるんですね」


「おめでたい話は良いなあ」


「式はいつご予定ですか」


次々と質問が飛んでくる。俊哉は対応に追われた。


「さあ、この話はここまで。みんな業務に戻って」


俊哉の言葉に部員は解散した。総務部はもうこの話題でもちきりだ。


「おい、田宮主任、婚約だってよ」


「俺達の田宮主任がお嫁さんになる」


「推し活もここまでか」


根強い俊哉のファンは悔やんだ。


「こんな事なら早くに告白していれば良かった」


「もう遅いさ。田宮主任の幸福を願おう」


俊哉の婚約はファンの間で電撃的に広がった。惜しまれる声が多い。この話題は何も俊哉のファンクラブだけの話でもない。女子部員でもこの話はもちきりだ。


「田宮主任、婚約だってね」


「私、追い越されたわ」


「相手は高坂さんでしょ」


「良い男を良いタイミングで奪われた感じ」


この時点で俊哉と浩一郎が同棲をしている事を知っている人間は少ない。この話題は隣の営業部のみならず秘書課まで広がった。もちろん、三ツ谷会長も知る事となった。


「ほう、田宮君が婚約か。相手は高坂君」


三ツ谷会長はげんを担ぐ人間である。まして慶事なら尚更喜ぶ。


「式には私も呼んでもらわないといけないな」


秘書課の秘書たちはこれは大掛かりな事になると思った。会長はおめでたい事には顔を出す。以前結婚した社員の時は会長が参加する事となって大騒ぎになった。もちろん秘書課の人間は右往左往した。


「うん、田宮君には幸せになってほしいね」


三ツ谷会長は到底男とは思えない俊哉を思い浮かべていた。


「めでたい。なによりだ」


会長も上機嫌である。


「そうか、高坂君と俊哉が婚約したか」


田宮家でも大騒ぎになった。俊哉は仕事が有るから、と電話を切った。とりあえず報告だけで良いだろうと思っている。


「指輪って目立つものなんだな」


夕食の時、浩一郎さんが俊哉に言った。


「総務部が浮足立ったよ」


それだけ大きなニュースだったのだろうか、俊哉は考えた。


「あの、浩一郎さん、式の事も考えないと」


「うん、そうだな。調べよう」


自然と答えが返って来た。浩一郎さんは俊哉と結婚する意志は強い。それは婚約指輪を買った時から感じていた。


「婚約の話から部長に聞いたんだけどさ、部長が結婚した時、会長が来たらしいよ」


「三ツ谷会長がですか」


「小さな式にしたかったらしいが大がかりになったと言っていたよ」


「そうですね、私も大きな式にはしたくないです」


「そうなると難しいものだな、結婚式は」


俊哉と浩一郎は悩んだ。さて、どうしたものか。


「俺が式に呼べるのは叔父さんくらいしか居ないんだ。だから会長が来てくれると嬉しいんだけどな」


「こう言った時、どこに相談すればいいんでしょうね」


「アドバイザーとか居そうだな。まあ時間はある。ゆっくり調べよう」


2人の結婚式は予想を超えて盛大なものになる事を2人は知る由も無かった。

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