第125話神崎の相談

「田宮主任、相談があります」


俊哉は神崎にそう言われた。


「神崎。仕事の話か、プライベートか」


「プライベートです」


「じゃあ今日の帰りは空けておけ。飲みながら話を聞こう」


「ありがとうございます」


「神崎。誤字があるぞ。やり直しだ」


「すみません」


仕事を終えた俊哉と神崎は会社から離れた居酒屋に入った。ここなら三洋商事の社員も居ない。2人はビールと適当にメニューから注文した。


「で、話って何だい」


「好きな人ができたんです」


そうか、と俊哉はビールを飲んだ。


「高坂さんじゃないだろうな」


「違いますよ」


ポテトフライが来た。俊哉は食べながら事情を聞く事にした。


「その人は総務部の人なんです」


「それは誰だ」


「宮地さんです」


俊哉は宮地をよく知っている。決して目立った業績は無いが、気配りは出来るし、出世の道には居ないが総務部の縁の下の力持ちだ。俊哉も宮地に助けを求める事がある。そんな時、宮地は嫌な顔せず引き受けてくれる。


「と言う事は宮地もゲイなのか」


「いえ、宮地さんはゲイじゃないんです」


話がややこしくなりそうだ。俊哉は少しづつ話を聞きだす。


「そもそも付き合っているのか」


「はい、お付き合いしています」


「それが何で悩みになるんだ。良い事じゃないか」


「総務部の皆さんに公言しようと考えているんです」


「それは止めておけ」


俊哉は浩一郎さんとの関係を公言していない。周囲にとっては周知の事実だが神崎の場合は意味が全く違う。


「それはカミングアウトではなくてアウティングじゃないか」


「アウティング?そんな馬鹿な」


神崎は驚いている。アウティングなんて言う言葉が出てくるとは思わなかった。アウティングとは本人が意図しないのに他者がその性的嗜好をおおやけにする事だ。


「神崎。宮地は総務部員の間では目立たないが信頼されている。もし神崎がカミングアウトしたら宮地の立場が危うくなるぞ」


「そんな事は有り得ませんよ。総務部の皆さんは寛容な人達ばかりです」


俊哉はあきれた。神崎は楽天家で、後先を考えないところが有る。


「なぜカミングアウトしないといけないんだ?2人でひっそりと付き合った方が良いじゃないか。神崎は隠し事が嫌いか」


「僕は隠し事が嫌いなんですよ。まして恋愛においては誰にも迷惑を掛けていません」


「神崎。お前は想像力が無さ過ぎる。ゲイだと思われた宮地の立場を考えろ。ノーマルだと思われている人間が或る日ゲイだとわかれば距離を置かれるだろう。それに宮地にはその事を話しているのか」


「いえ、していません」


「だったら尚更カミングアウトは避けるべきだろう。宮地の立場も考えてあげろ」


そうですかね、と神崎は泡の無くなったビールを見つめている。


「いいか神崎。私と高坂さんの交際がバレた時ですら総務部は修羅場になったんだぞ。でも大事にならなかったのは私がトランスジェンダーだが性別は女性になっていたからだ。それでも気に食わない部員は辞めていったし、未だに嫌う部員も居る。神崎は作らないでいい敵を作ってどうする」


「それはそうですが」


「秘める愛も良いんじゃないかと私は思うぞ。こっそりと付き合え。悪い事は言わない、内緒にしろ。」


「田宮主任に相談して良かったです。危うく宮地さんの立場を危うくするところでした」


「私は口が堅い。この話はここだけにする。ほら、ビールが不味くなってしまうぞ。今日は飲め。私のおごりだ」


俊哉と神崎は遅くまで語り合った。それは性的マイノリティの当事者の悩みを共有しているからだ。帰宅した俊哉は浩一郎さんに今回の件を浩一郎さんに話をした。もちろん、浩一郎さんも口は堅い。


「なるほど、宮地と神崎がなあ。まあそっとしといてあげれば良いさ」


浩一郎さんの判断は正しい。なんでもあけすけにすれば良いと言うものでも無いのだと俊哉は思った。

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