第123話『二人きりの放課後』


「うわ、すっごい!!

 何これ~~~~~~~!!!」


「コレ、食べ物か……?」


 パシャパシャとスマホのシャッター音。

 目の前では、アホほどデカいピンクやら水色やら、やたらケミカルな色をしたかき氷が鎮座していた。

 来栖の来たがっていたという、この店。

 普段は普通の喫茶店だけど、夏場限定でかき氷を売っているというスタイルの店らしく。

 路面店とは異なり、普通に個室みたいなところに通され今に至る。

 俺の目の前にも同様、バスケットボールほどあるんじゃないかという小豆の乗ったかき氷。

 気合を入れて食べなきゃな、とスプーンに手を伸ばしたところで、「ダメです!」と来栖に制される。


「あっ、そっちも写真撮るので、まだ食べないでください!」


 アレ……、何か既視感デジャブ

 かき氷だから、溶けない内に食べちゃいたいんだけど。

 来栖は何枚か色々な角度から写真を撮ったのちに満足したのか、俺の隣へと座った。

 ……隣?

 すると来栖は俺の腕を取り、腕を伸ばし斜め上にスマホを構えた。


「……!!」


 そしてそのまま、「撮りますよー?」と言いながらシャッターを切る。

 来栖の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 ―――――引っ付きすぎじゃありませんかね……。

 密着している部分が熱をもっているのが分かる。

 というか、色々と当たってんだけど……!

 精神衛生上非常によろしくない態勢。

 心音が訳わからんほどの速度になっている俺。

 対する来栖は、特に何も気にしていない様子。

 パシャパシャという音が数回鳴り響き、来栖はスマホを下げる。


「……よし。

 ミッションコンプリート!」


 満足そうに頷く来栖。

 アホ丸出しの顔で映っているだろうな、俺。

 撮った写真は絶対に見ないことを心に決めた。

 ……だって、急に撮るもんだから、その……心の準備とか……。


「~~~♪」


「……!」


 というか、いつまでこの態勢のままなの!?

 来栖は以前俺の腕を掴んだまま、放そうとしない。

 何なら徐々に俺の腕に顔をうずめ始める始末。


「あの……?

 いつまで腕を掴んでいるのでしょうか……」


「えー?

 いつまでもですー」


 いじわるそうな笑みを浮かべ、俺の制服を頬にスリスリと擦り付けている来栖。

 小動物みたいで可愛いのは請け合いだけど、こんなに公衆の面前でイチャついてもいいのだろうか……。

 個室っぽい感じの店で助かった。

 普段よりも積極的に感じる来栖。

 これも発現事象によるものか?とも思ったけど……。

 思い返してみれば来栖は普段からこんなもんか、という結論に行き着いた。


「ねえねえ」


「……何でしょか」


「言ってみただけー」


 ……何だこの子。

 可愛いすぎる。

 笑いながら手をニギニギしてくる眼前の小動物に、頬が熱く火照る。

 俺よりも確実に小さい来栖の手の感触。

 触れ合っている部分、ドクンドクンと脈打っている心音。

 これは俺の?

 それとも……、来栖?


 気付いたら、来栖は真っすぐに俺のことを見つめていた。

 頬には朱が差し、唇は湿っている。

 そして、来栖の潤んだ瞳に映っているのは、有り得ないほどに顔を紅潮させた俺。

 ―――――目を、逸らせない。

 をねだるような来栖の表情。


 そのを、俺は感覚的に、半ば直感的に理解していて―――――。


「……!」


 来栖の目が閉じられた。

 言葉を交わすことすらない。

 それはもう……、それだ。

 みたいに、不意打ちじゃない。



 覚悟を決めろ――――――、俺!



 二人の距離が縮まる。



 来栖の端正な顔が、すぐ目の前にあった。



 そして。


 今まさに唇が触れんとする――――――その瞬間。


「すいません、ナプキンを置き忘れ……」


 お店のオジサンと、バッチリ目が合った。


「「……」」


 双方ともに固まる数秒を経験し、オジサンは「……ごゆっくり」と深々と頭を下げて席を離れていった。


「……タイミング悪ぅ」


 思わぬ来訪者に、頬を膨らませている来栖。

 いやいや、待て待て。

 俺の人生上最も恥ずかしい瞬間を見られたんだけど!

 あっぶない!!

 こんな店の中で、俺はなんてことをしようとしてたんだ!!

 むしろお店の人グッジョブ!

 冷静さを取り戻し始めた脳をフル回転させ、現状を認識。


「来栖」


「……はい?」


「ここはどこですか」


「ウチが来たがっていたお店です」


「そうだよね。

 こんなお店で……、その……キ、キスはダメだよ」


「えー、いいじゃないですか~。

 彼氏彼女なんですよ?」


「……ダメなものはダメ。

 節度は守らないと」



「―――――キスしそうになってたくせに」


「……!!!」


 図星。

 ……すいません。

 キスしそうになっていました。

 雰囲気に流されそうになっていたのは、俺の方です。



なら、いいんですか?」


「……へ」


「……二人きりの時は、たくさんキスしてもいいんですか?」


「た、たくさんって……」


 再度、意地の悪そうな微笑みを浮かべる来栖。

 楽しんでいる。

 完全に俺の反応を見て楽しんでいる。


「まあ……、時と場合と状況が許せば……」


「……なんですか、それ」


 自分でも何を言っているのか分からない。

 でも、来栖は口を押えながら楽しそうに笑っていた。


「……!」


 どっちが年上なのか分からないほどに翻弄されている。

 でも、それを心地良いと感じている自分もいる。


「……じゃあ、約束ですよ?」


「……?」


「次、二人きりで……雰囲気がよくなったら……、絶対に……してくださいね?」


「……!!」


 哀願するような来栖の表情に、俺はただ気恥ずかしさから目を背けることしかできなかった。


 あと……、かき氷は結局溶けていた。




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