第41話『調子に乗る地雷系』

 [5月30日(木) 来栖家自室 7:42]



「……よしっ」


 ―――――今日も可愛い。

 等身大の鏡に写っているのは、準備完了完璧状態のウチ。

 二回もブリーチして染めた、ピンク色のゆるーく巻いた髪。

 あえて数束、黒のハイライトを残したのも正解。

 フリフリに改造した制服も、真っ黒のニーハイも、担任の赤木がうんだらかんたら言ってたけど、別に気にしなくていい。

 で黙らすからいいもんね。


「~~~♪」


 メイクもそこそこ上手くいった。

 何回も練習した病みメイク。

 涙袋に茶色のアイシャドウを使うのがコツね、これ。

 ブラウニーレッドのデパコスリップも最近のお気に入り。

 これで後は……。


「よいしょっと」


 新しく買ったピンク色のカーディガンを制服の上に羽織って……完成!

 後は厚底を履けば、まゆりちゃん完全体のいっちょ上がり!!


「……また、そんな格好して」


 お母さんは玄関でウチの格好を見るなり眉間にシワを寄せる。

 ……可愛いのにな。

 誰に迷惑もかけてないんだから、別にいいじゃん。


「……八千代やちよちゃん、もう来てるよ」


「嘘っ!? それを早く言ってよ!! 行ってきます!!!」


「気をつけなさいよー」


 手をフリフリしているお母さんを横目に、急いで厚底を引っかけ、玄関のドアを開ける。

 すると、家の前には同い年ぐらいの女の子が一人で立っていた。

 肩くらいで切りそろえられたショートカットのボブが今日もよく似合っている。


「ちよちよ~、ごめん! 待った!!?」


「いや、私も今来たところだよ~」


 おっとりした口調で、軽く手を振る姿が可愛い。

 ウチとは完全に対極に位置するキャラだけど、一番の親友。

 ―――――夏目なつめ八千代やちよ

 通称、ちよちよ。

 中学で知り合って、ずっと一緒にいた親友。

 そして……。

 先月から、これまた同じ陰陽師養成校―――――私立泉堂学園に入学した。

 志望校を聞いた時にはめちゃくちゃ驚いた。

 ウチはともかく、ちよちよも陰陽師になりたかったなんて知らなかったし。

 陰陽師ともなれば、悪霊と闘うことにもなる。

 荒事が得意そうには見えないんだけどな……ちよちよ。


「……どうしたの? まゆりちゃん」


 気付かないうちに、じっと見すぎていたらしい。

 不思議そうに小首を傾げるちよちよ。


「あっ、えっと……。ここら辺も大分落ち着いたなぁって」


「……?」


 強引な話題転換。

 ヤバい、ウチ雑すぎ?


「霊災だよ、霊災! まぁ、ここら辺はそんなに酷くなかったけどさ」


「あっ、霊災ね。……まぁ、うん。そうだね。落ち着いてきた落ち着いてきた」


 ……どうやら誤魔化せたみたい。

 最近の話題の中心はもっぱら霊災に関することが多い。

 世間的にも注目を集めているみたいだし……。

 耳にする機会はかなり多い。

 今も、歩いているウチたちの横では、現在進行形でどこかの業者が家の修繕を始めている。


「中央区とか、この前近く通ったんだけど、すごかったよ~。もう立ち入りもできない感じだった」


「えぇ~? あそこら辺お気にの店多かったのに~~」


 それはかなりショックな情報。

 元々壊滅的な被害を受けた、的なことは聞いてたけど……。

 あのクレープ屋とか、もうないのかなぁ……。

 爆心地の段階で望み薄か。


「また、二人でお店を開拓しにいこ?」


「……そうする」


 今日は朝からいいことないなぁ……。



 ***



来栖くるす!! 髪染め直して来いって言ったろ!!! その制服も!!!」


 ……ほんっと、今日は朝からいいことないなぁ……!


「……先生、もうよくないですか? ウチ、絶対にこの格好変える気ないですよ。 注意するのも時間の無駄じゃないですか?」


「そういう問題じゃないんだよ!! 校則だよ校則!!」


 ちよちよと1ー1の教室のドアをくぐるなり、目くじらをたてた担任の赤木教諭ことと遭遇。

 遭遇ってか……、担任だから別に当たり前なんだけど。

 ウチの隣にいるちよちよも「またこのやり取りかー」という呆れの表情。

 そりゃそうだよ。

 外野だって、もうこのくだりに飽きてる。

 何回同じこと言えば諦めるの?

このゴリラ。


「別にいいじゃないですかー。

―――――ウチ、別にが悪いわけでもないし」


「うぐっ……!」


 実力主義の泉堂学園では、その成績もといがものをいう。

 未だ入学して日は浅いけど、一年生もちゃんとその実力に見合った順位付けがされている。


 ―――――泉堂学園一年、序列四位。


 それが、ウチこと来栖くるすまゆり。


 元々服装やメイクで悪目立ちしていたけど、つい先日発表された序列でウチはこの格好が許されるを手に入れた。


「この格好で成績が悪いなら、先生の言うことも分かりますけど。何ならそこそこの順位とっちゃってるんですよねー」


「また始まった……」というバツの悪い表情を浮かべるゴリラ。

 これにはクラスの皆も苦笑い。

 一応クラスでは一番の順位だから誰も何も言えない。

 というか、言わせない。


「……クソ、もういい。座れ」


「ふっ……」


 今日もまた勝ってしまった。

「教育者がクソっていうのはどうなんですかー?」と追い打ちをかけようかとも思ったけど、一応そこは思いとどまった。

 この学園にいたのことを思い出したから。


「……えーと、じゃあHR始めてくぞ」


 ウチとちよちよも教室後方の自分たちの席につく。

 教室内はまだ若干ザワザワしていたけど、ゴリラからとある言葉が飛び出したのを皮切りに水を打ったように静かになった。


「―――――今日から、『朱雀戦すざくせん』が始まる」


 ―――――?

 すざくせん?

 って何??

 昨日……いや、もっと前からか。

 なんかゴリラがずっと言ってたような気がする。

 まぁ、ゴリラの話なんてオールウェイズ聞いていないんだけど。


「お前ら一年は、にしか参加権利はない。だから、あまり全員が全員に縁のある話ではないのかもしれないが……」


 ―――――不意に、ゴリラと目線が合う。

 うわ何、寒気寒気。


「……ウチのクラスの、来栖がいるからな。本人は興味がないかもしれんが……みんなにも一応伝えた」


 苦虫を嚙み潰したような表情で悔しそうに言う姿は、なかなか滑稽。

 いやいや良きかな良きかな。

 くるしゅうない。


 ……まぁ、当のウチは何の話かよく分かっていないんだけど。


「第一リーグの試合は、13時から第二修練場で行われる。

 観戦は自由。

 先輩の姿を見ることができる数少ない機会だ。観に行っといた方がいいと俺は思うぞ」



 返事もまばらな教室の様子を確認し、ゴリラは授業の準備を始めた。



 いや、だから……何の話?


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