第34話『哀しみの終るとき』



[同時刻 新都北区材木町]


「隊長っ……! あの悪霊、式神が通用しません!!」


 悲鳴を上げた隊員は破れた護符を片手に、部隊長である古賀宗一郎の背後まで後退していた。

 宗一郎が率いている部隊の前に現れた悪霊達。

 それが現界してからというもの、戦況が大きく変わってしまった。

 一体一体が突出した戦闘力と霊力を兼ね備えていて、とてもではないが宗一郎以外歯がたたないという状況。

 昼間から闘い続きで、隊員の士気も風前の灯火。

 無事に夜明けを迎えることができるかは、五分五分といったところか。


「……大丈夫大丈夫。もう一踏ん張りだ」


 俺が弱音を吐いたらコイツらは潰れる――――。

 そう宗一郎は判断し、無理に笑顔を作った。

 終わりの無い闘いに身を投じているからこそ、その辛さは皆共有している。

 有限の霊力を何とか絞り出し、壊れかけの式神を振るう。

 想いや矜持だけじゃどうにもならない領域まで既に到達してしまっている。


「……だから。後もう少しだけ、頑張ろう」


 眼前の悪霊を真っ直ぐに見据え式神に霊力を装填、その刀身に炎を纏わせる。

 宗一郎と悪霊の溢れ出した霊力が交錯し、そして。


 互いに飛び出す―――――と思われたとき。


 爆発音が周囲の大気を振るわした。


「っ!!!」


「一体何っ!!?」


「おい、あれ見てみろよ!!!」


 ……!!

 戦闘の最中に目を背けるのは自殺行為に等しい。

 しかし、宗一郎は一瞬警戒を解いてしまった。

 なぜならば。


 中央区より上がる


 それは、娘の式神の―――――。



「京香……?」






[同時刻 南区泉堂学園2ー2教室]


 この泉堂学園も非常時には避難所シェルターとしての機能をもつ。

 それは校舎だけではなく、体育館や修練場、その他関連する施設には所狭しと一般市民が押し込められていた。

 敷地内には清桜会の結界部隊が派遣されていて、悪霊が潜り込まないよう結界を構築。

 ……そしてこれはあくまでも例外だが、学園という性質上、学生も結界を維持する術式に参加していた。

 時刻は既に日付をまたぎ、霊としての活動が活発化する丑三つ時もつい先ほど過ぎた。

 ―――――が正念場だろう。

 虎ノ介は教室の中を見回すと、身を寄せ合って暖を取っている家族や、ただ静かに丸まっている人、耳を塞いで外界との接触を断とうとしている人など、色んな人がいる。

 外からは現在進行形で悪霊の嬌声やら破壊音が絶えず聞こえてきているという状況。

 安眠なんて、とてもじゃないができるはずもない。


「……おい、虎ノ介。お前の番だぞ、持ち場に行ってこい」


「……おう、サンキュ」


 教室のドアが開き、クラスメイトが一人、中へと入ってくる。

 目の下にはクマができていて、体力も霊力も消耗しているのが分かった。

 輪番制で休憩を取りつつ回している結界の維持だが、順番が回ってくるスパンが速まっている。

 まだ限界ではないが、それに近づいてきているのは事実……。


「一時間半だ、頑張ってこいよ」


「おう、お前もお疲れ」


 戻ってきたクラスメイトをねぎらい、自分の持ち場へ向かうべくドアに手をかけたときだった。


「……お、おい!! あれ!!!!」


「……中央区の方だ……!!!」


 教室の窓の外を指出す避難者達。

 窓の外―――――そこには、遙か遠くに上がる蒼い火柱があった。


「新太……、古賀……」


 虎ノ介は昼間に招集がかけられ、あの火柱の上がった方向へ向かった二人の友人の名を呟いた。







[2:56新都中央区旧神尾町 爆心地近郊]


「ごめん、仁……」


「……間一髪、だな」


 すんでのところで仁に抱えられ爆発範囲外ギリギリまで待避。

 爆炎と衝撃波により、高層ビルが多く並んでいた元のオフィス街は見る影も無い。

 倒壊が進み、鉄筋コンクリートが剥き出しになった今も尚、蒼い炎を吹いている。

 そして―――――爆心地。

 砂煙は上がっていて視界は決して良好とは言えない。

 ……しかし、目算でおよそ半径五十メートル。

 その範囲では同心円状に地面が抉れ、黒く焼け焦げているのが確認できた。


「お互い、まだ生きてる。それだけでも良しとしようぜ」


 仁はすすまみれになった狐の面を顔の横に動かし、いつもの笑みを見せる。


「……さっきお前から聞いた話から推測するに、京香はまだ生きている。

 服部楓あのバケモンが『赤竜』を使用していると言うことは、その術者もまだ健在なはずだ」


「でも、京香は怪我を……」


 頭の中にフラッシュバックするは京香の細い体を貫通する腕。

 間違いなく重傷。

 それも命に関わるもの。


「アイツは『融解』の式神なんだろ? 

 それであの気持ち悪い外郭を形作っているんなら……、多分基本的な事象は体組織たいそしきの分解と結合だな」


「……それって……、京香の傷をで、式神を使用している……」


「多分な。致命傷だったのなら余計に、『赤竜』の発現事象を扱えている現状に疑問が残る」


「だから」と仁は続けた。

 真っ直ぐに俺を見据え、何の疑いも無いようにただ純粋に。


「お前が、助けろ」と仁は只一言呟いた。


「……え?」


 仁の言っていることが理解できずに、俺はその場に固まってしまった。

 ―――――仁は、一体何を。






『嫌だっ!! いやああぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!』


「繧ウ繧、繝?i谿コ縺励※繧ゅ>縺?s縺?縺ェ」


「……おいおい、敵さんもついに本気だな」


 一拍遅れて俺の耳に届く、不快な嬌声と人の悲鳴。

 音の発生源を見ると、燃え盛る街に発生したと思われる数々の悪霊。

 それが避難していた人々を追っているのが見えた。


「あれは……!」


 、どこか既視感のある悪霊。

 それは紛れもなく―――――。


「何で、あの悪霊が……!!」


 あの夜、俺と仁が会敵したに他ならなかった。


「助けないと……!」


 駆けだそうと一歩目を踏み出したところで、仁にその肩を掴まれる。


「……お前は、向こう」


 面を付け直した仁が真っ直ぐに指さすのは、爆心地の中心。

 つまりは―――――先生の居る方向。

 やっぱりさっき仁の言葉は聞き間違いじゃ、ない。

 

「こっちは俺に任せろ。が正しいのならば、お前はに対抗できる」


「……!」


「時間が無い。十五秒で聞け」


 一刻を争う状況なのは見るよりも明らかだった。

 だから。

 ―――――俺は、仁をただ信じた。



 そして俺は。

 仁と数回言葉を交わし。



 ―――――へと、駆けだした。







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