第17話 盗賊さんを山に帰してあげました
レセンガ峡谷でジッタと別れたエドナは、ライラたちと共に峡谷を抜けた先に見えたヤッタム村に向かっていた。
ライラによれば村には宿や食事、そして小規模ながら冒険者ギルドがあるという。
「ヤッタム村に寄った後はどこへ行くの?」
「ん~それなんだけど、最終的な目的地は魔法学園があるトレニア帝国なんだけど、私らみたいに歩いているだけだと結構時間がかかるんだ。トレニアは遥か北方の国だからね」
そういえば魔法学園に入学するんだということを、エドナはすっかり忘れていた。年月が過ぎるのはあっという間とはいえ、自分を預かって一緒に行動するライラたちも大変なんだろうなと感じてしまったようだ。
「途中で馬車?」
「いいや、転送を使って行くよ。その為にもエドナを冒険者に登録しなきゃ駄目なんだけど」
「あれ、確かランクがどうとか言って無かったっけ?」
ライラたちから最初に聞いた話では、Aランク以上の冒険者じゃなければ国境移動が出来ないと聞いていた。それがここにきて、冒険者登録をすれば転送が使えるようになるなんて、どういうことなのだろうか。
「うん、しっかり覚えていたみたいだね。ランクは確かに必要なんだ。けど、実はそれ以外にも転送を使う手段があるんだ」
「それが冒険者登録?」
「いいや、魔力測定……エドナの魔力量を調べることだよ。その数値がAランク以上に達していれば、ランクに関係なく使えるんだ」
「へぇぇ~そうなんだ。わたしの魔力で飛べるのかなぁ」
自覚の無いエドナの言葉にライラは苦笑する。
「エドナちゃん、そういえば――」
――と、セリアが話しかけようとした時。後方から複数の足音と、馬の
山中のどこかに隠れていたようで、明らかに襲いかかろうとしている。
「えっ? なになに?」
突然のことに驚くエドナを見ながら。
「レセンガ峡谷を過ぎた辺りから現れるだろうなとは思っていたよ」
「……もはやお約束」
「心配は無いと思いますけれど、わたくしはエドナちゃんの近くにいますわ」
「りょう~かい!」
こういうことに慣れているのか、ライラたちは後ろから迫る賊に対して戦闘態勢に。ライラは背中に下げている大斧を手にし、リズは水晶を両手で持ってその場で賊を待ち構えている。
「おやおやぁ~? レセンガ峡谷からどこの野郎が来たかと思えば、女だけの冒険者パーティーたぁ、珍しいことがあるもんだなぁ?」
いかにもな風貌の男たちが、短剣や片手剣を手にして横柄な態度でライラたちの前に向き合っている。
男たちは目だけを出して、顔を布で隠した状態でこちらの様子をうかがっているようだ。
盗賊なのかな?
外国の方で見たことがある気がする。自分のことがバレたくないんだろうけど、これって向こうの方だけ有利だよね。
「金目の物を……と言いたいところだが、見たところ大していいもんを持って無さそうだなぁ?」
「そうすっと、女戦士はいらねえ。残りは――おっ? 後ろの方で魔術師の女が大事そうに守ってるガキがいやがる! どっかの貴族のガキか、王国か帝国の金持ちのガキじゃねえ?」
「若干汚れてはいるが、白いローブを着るガキなんてそうはいねぇ。よし、お前らは女戦士をやれ! 残りはガキをさらうぞ!」
……といった感じで、勝手に段取りを決められたらしい。
「セリア、どうするの?」
戦士であるライラと攻撃的神官のリズは自分たちで何とか出来そうなのでいいとしても、エドナのそばについている魔術師のセリアは自分を守ることには長けていない。
そんな心配がエドナにはあったが。
「そうですわね……危険なのはむしろ、あの盗賊たちなのは間違いないでしょうね。ですけど、エドナちゃんに何かあってもわたくしは許しませんし、わたくしも魔法を使いますわ。エドナちゃんは好きなタイミングで動いていいからね?」
どうやらエドナを守るのではなく、好きにしていいという考えで一緒にいるようだ。魔法を使う者が同じ場所にいれば、それだけ効果も増すと考えたのだろう。
「わかった~! じゃあすごく近づいて来たらやっちゃうから、セリアは安全なところに移動してね~」
「え、ええ。そうするわね」
セリアの焦りを見つつ、盗賊の男たちが近づくまでその場で立っていると。
「へっへっへ……俺らを出迎えてくれてるなんて、やっぱり世間を知らねえどこかの貴族っぽいな! 魔術師は近接攻撃に弱いから、てめぇらでやれ! 俺はこのガキを捕まえる」
「おぅ!」
「任せろや!」
エドナから見て大きな盗賊の男がエドナに近づいてくる。残りの二人はセリアの方ににじり寄る。
「…………おじさん、一人だけ?」
「おっ? 何だ、もうさらわれる準備は出来てんのか? それならそのまま大人しく突っ立っててくれよな」
「ううん、そうじゃなくておじさんは強いの?」
「一番じゃねえけど、少なくともお嬢ちゃんよりは強いぜ! そんなわけだ、大人しく俺の手に……」
そうして盗賊の男がエドナに手を伸ばそうとするが。
「う~ん、そっか。握手がしたいんだね、いいよ~」
「お、おぉ。そうだ、握手だ! さぁ、手を出して……」
エドナは表情を暗くしながら、男の手を握った――次の瞬間。何もつぶやいていないエドナの足下が突然渦を巻き始め、まるで流砂のように男を呑み込み始めた。
「ぬわぁっ!? な、ななな、何だ!? 何が起きてるっ? こんな何も無い地面が何で流砂みたくなってやがんだ! くっ、うぐぐぐぐぐ……う、動けねぇ。お、おいっっ!! 誰か、俺を――」
「心配しなくていいよ。土の精霊さんは優しいから、おじさんの上半身までは沈めないから」
「な、なにぃ!? せ、精霊だとぉ? くそっ、精霊士なのかよ」
「んん、賢者だよ」
どっちでもいいと叫びながら、男の下半身がズブズブと地面に沈んでいく。
そして。
「くっ、抜けねえ……賢者でも何でもいい、俺をこっから出してくれ! 出してくれたら素直に引きあげるから!! なぁっ、頼むよ賢者のお嬢ちゃん」
盗賊の男はエドナにそう言って気を引こうとしているが。
「いいよ!」
「えっ? そ、それならっ!!」
「もうちょっと待っててね。おじさんの仲間さんたちもここに来てくれるみたいだから」
「えっ? お、おい!」
命までは取らない――それがエドナがランバート村で教わったことだった。もっとも、魔物に関しては特に何も言われていないが。
「……うんうん、ライラはやっぱり戦士なんだぁ。あんな大斧を手にして疲れてないんだから、Aランクってすごいな」
鉱山洞穴の魔物の強さは今となっては調べようがないけど、戦い慣れているし何も心配いらなそう。神官を名乗ってるリズも多分、聖女の力を持っているだろうから全然心配いらないね。
「エドナちゃん! どうだったの――って、あら? 埋まっていますのね」
「うん。正確には地面が砂みたいに動いたの」
「土精霊の力ですのね。すさまじいですわ……ふふ、でも顔だけ出ているだなんて可愛いですわね」
セリアににじり寄っていた盗賊二人は、攻撃魔法ではなく痺れさせられたようで地面に横になって手足をバタバタさせている。
一方、ライラたちはというと――。
「リズ、目くらましを!」
「そこまでしなくても勝てる。でもやるけど」
「てやぁぁぁぁ!! っと、こんなとこかな」
ライラとリズで上手い具合に連携をしていた。エドナが思う以上に、ライラたちの戦いは余裕があるようで、一番強いとされる盗賊の男をいとも簡単に地面に倒している。
「ひっ! 何なんだ、たかが冒険者じゃねえのかよ……」
顔に傷がある盗賊の男は、信じられないといった顔で首を振っている。
そんな男の言葉に。
「弱そうに見えたかもしれないけど、私らはAランクさ! まぁ、私らよりも強い子が向こうにいるけど」
一瞬だけエドナの方を見ると、ライラは「やっぱりね」と言いながら頷いている。
「その紋様……お前、もしかして……レジェンダロアの戦士――か?」
「まぁね。故国を知っているなんて珍しいね。それはともかく、仲間たちをひとまとめにして……」
「こ、殺すのか?」
「そんなことはしないよ。あの子の判断に任せるけどね」
縄で縛った男たちを連れて、ライラたちはエドナとセリアがいるところに盗賊連中を一か所に集めた。
「六人だったの?」
案外少ないんだね。もっといるように見えたのに。乗って来た馬も逃げずに待っているし、ちゃんとしてるんだなぁ。
エドナのところで捕まっている男と合わせて、盗賊は全部で六人だった。
「まぁね、旅人なんかを襲うのに大所帯では必要無いんだよ。一人か二人が強ければそれだけで十分なんだ」
「エドナ。盗賊の男を埋めたの?」
「ううん、沈んだの。土が砂みたいになって」
「……なるほど」
リズはもうエドナに驚くことをやめて、言葉少なに納得したようだ。
「で、どうする? エドナはどうやってこいつらを懲らしめる? まぁ、一人だけ地面に埋まっているけど……」
「山に帰そうかなって思ってるの」
「山に? それって、レセンガ峡谷?」
「うん。あそこなら盗賊さんたちも旅の人を襲わないでしょ?」
「それは分かるけど、どうやって……」
ライラが疑問を浮かべようとしていると、エドナは両手を地面にかざす動きを見せる。
その直後。
ズゴゴゴ……、という鈍い音と共に平坦な地面がせり上がり、そして――。
「ハ、ハハハハ……地面から岩をせり上げてレセンガ峡谷への直通台を作るなんて、もう何とも思わなくなってしまっちゃうな」
ライラが驚きの声を上げる中、セリアは盗賊たちを全員痺れさせてせり上がりの岩に座らせた。
岩はまるで階段のような段差を作って、盗賊たちを次々とレセンガ峡谷へと転げ落ちさせている。
「滑り台みたいにすれば、大けがをしなくて済むでしょ?」
「滑り台……? それがエドナが知る知識?」
「う~ん? うん、そうかな」
「じゃあそうだと思う。いい考え。殺さずにレセンガ峡谷へ送るなんてそんなのは思いつかない……そんな力もリズには無い」
少し寂しそうな表情を見せながら、リズは空までそびえ立っている岩の台を眺めていた。
そんなリズに。
「リズって聖女の力もあるんだよね?」
「……まぁね」
そんなことを言いながらリズは得意げにクスッと笑ってみせた。
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