第5話 シェルの森

「ライラ! 魔物がいる!!」

「なんだって? ……おかしい、まだ魔物が現れるところじゃないのに!」


 驚きの声を上げるエドナに気づき、ライラが慌てて駆け寄ろうとするが。


「わぁぁぁっ! ふわふわさんだ~!」


 草むらから姿を現したのは、頭が丸くて大きい鳥のような魔物だった。


「エドナ!! そいつはイエローアウルだ! 目を見たら駄目だ!」


 エドナの間近に迫る魔物にすぐ気づき、ライラは声を張り上げた。ライラに続いてアドーラ姉妹もエドナの元に急いでいる。


「え? 目を?」


 ライラの注意を耳にしながら、エドナは目の前のふわふわした魔物をじっと見つめてしまった。


「あぁっ!? くっ、間に合わなかったか?」


 ライラが声を上げると同時にエドナは魔物と目を合わせていた。その直後、エドナの全身が光ったかと思えば、エドナは一瞬だけ静止してしまう。


「……? あれ? わたし今何してたっけ?」

「エドナ! 大丈夫か? きちんと自分を認識して錯乱状態に陥ってないか?」

「ほぇ?」


 焦るライラを前に、エドナは少しだけ静止した状態のことを忘れたかのような表情を見せた。当の本人はいつもと変わらない笑顔を振りまいている。 


「本当に大丈夫かい? エドナ、自分のこと分かるなら教えてくれるかい?」


 ライラが言っていることが理解出来ずにいるエドナだったが、心配してくれている彼女に嘘はつけない――そう思って自分のことを正直に話すことにした。


「え~と、わたしは遠藤奈々……じゃなくてエドナで、年は九歳で身長は138センチくらい? です。髪は染めてないです。誕生日はクリスマスと一緒なんですよ~」


 ――と、エドナは前世の名前や自分の年齢、身長まで答えてみせた。

 

「……クリスマス? ま、まぁ、一応覚えているみたいだな。安心したよ、何せ野生イエローアウルの視線は石化状態になるばかりでなく精神錯乱を起こすからね」

「この子はきっと魔法耐性が高い」

「魔術師のわたくしでもとっさの視線に耐えられるのか微妙ですのに……」


 エドナの言葉に安心を覚えたのか、ライラはイエローアウルのことについて詳しく話してくれた。アドーラ姉妹はエドナが何事も無かったことに驚いている。


 石化して精神錯乱を起こすということは、目の前のイエローアウルはもしかして?


「あれっ? イエローアウルはどこ?」


 ついさっきまでエドナの前にいたはずのイエローアウルが、いつの間にかいなくなっていることに気づいた。


 あるのは小さな石像のようなものだけで、魔物の気配はどこにもない。


「石像? もしかしてエドナに見つめられて逆に石化しちゃったとか? いや、まさかだよな……。そんな能力があるなんて書いて無かったし……」

「そうだとしたらエドナ、やばい」


 ライラとリズはエドナを見ながら首をかしげた。


 騒ぎの後、エドナたちはその場で休みを取って眼前に広がる森へと足を向けることに。


「……すごいおっきい木ばっかり~! ここはなんていう森なの?」

「シェルの森ですわ。わたくしたちもこの森を抜けるのは初めてですわ。ちなみにシェルの森は魔物の心配がありませんの」

「どうして?」

「遠い昔、この地に光のカーテンが降り注いだことが伝えられていますわね。魔法防壁と言った方が分かりやすいかしら。ランバート村の周辺はそういった伝えがありますのよ」


 大木が広がる森どころか、セリアの話ではこれらはランバート村が関係しているということらしい。


「そうなの? そういう力が働いているなら、セリアたちはどうやってランバート村にたどり着いたの?」

 おじいちゃんは司祭だから精霊みたいな真似は出来ないだろうし、そうだとしたらどういう力が働いたのかな。


 それにいくらランバート村の人たちがすごい人たちでも、冒険者を移動させるほどの魔法を使う余裕は無かったはずだとエドナは思っていた。


「国境間での移動ですわね。国境には転送するゲートがありますの。わたくしたちのように高ランク冒険者でなければ移動出来ないのですけれど、使えるようになればとっても便利ですのよ」


 セリアは分かりやすく説明してくれた。


「ねえねえ、高ランクってどれくらいなの?」

「そうですわねぇ……」

「それは私が教えてやるよ! セリアは寂しがり屋リズの機嫌をとってきなよ」

「そうしますわ」


 セリアは姉であるリズの元に戻って行く。


「さ~て、エドナはどこまで知りたい?」

「ランクのこととか、えっとわたしをどこまで連れて行ってくれるのかとか。たくさん訊きたい~!」

「あ~……だよねぇ……何から話そうかな」


 ライラたちの目的は、エドナを預かってゆくゆくは魔法学園に入学させることにあった。しかし今のところエドナに問題があるとは感じていないせいか、上手く言葉を出せずにいるようだ。


「高ランクってどれくらいなの?」

「ランクは所属するギルドで決められてるんだけど、私らはAだね。最高ランクはSで、最低はFかな。セリアが言っていた国境移動はA以上じゃないと許可されてないんだ」


 自分たちが高ランクであると再認識したのか、ライラは照れくさそうにしている。


「わたしも国境移動出来たりするの?」


 もし出来れば、魔法学園のある王都にすぐ行けるはずだとエドナは思っていた。とはいえ、入学年齢である十二を満たしていない以上行っても仕方が無いのだが。


「エドナは冒険者じゃないからそれは無理だろうね。転送での移動は楽だけど、どうせなら外を歩き回りたいよね?」

「うん」

「それなら、いつかその時を楽しみに待っていればいいと思うよ」

「そうする~」


 ライラとエドナが和やかに話していると、前を歩くアドーラ姉妹が立ち止まって悩む仕草を見せている。


「あん? 急に立ち止まってどうしたっていうのさ?」


 エドナをそばに置きながらライラが駆け寄る。


「……シェルの森って危険が無いって聞いてた。でも……」

「大問題発生ですわ」

「おわっ! 何だいこりゃ!?」


 ライラたちの目の前に広がっているのは、広い水面に広がる毒泡の池だった。臭気こそ無いものの、神官であるリズが顔をしかめるほどの毒が一面に発生していた。


 彼女たちが驚いている中、エドナも自分で池の様子を確かめようと池に近づこうとすると、彼女たちの必死な声がエドナに向けられる。


「ばっ、エドナ! 危ないから下がって!!」

「この池、危なすぎ。リズに任せて欲しい」

「そ、そうですわよ! 大変危険な池ですのよ!」


 三人の制止を気にすることなくエドナが取った行動は、その場でしゃがみ込んで毒の池に手を触れることだった。


「な、何をしてるっ!!」


 ライラは慌ててエドナを抱えて池から引きはがした。


「……ん~? 大丈夫だよ、ライラ。わたしの手、何ともなってないよ」


 ライラの悲痛な声に対し、エドナは自分の手を眺めて首を左右に振っている。


「そんなことあるわけない! リズ、エドナの手にクリーン魔法を!!」

「やる。ライラ、下がって」


 そんなエドナを治そうと、リズが浄化魔法を唱え始めた。


「……クリーン!」


 エドナの手に浄化魔法を向けた直後だった。


「――っ!? 弾かれた……なぜ?」


 浄化魔法を放ったリズだったが、リズの魔法が弾かれたばかりでなく体の一部に痺れを感じてしまったのだ。


「ちょっとちょっと、リズ、何してんのさ! エドナに魔法がかかってないよ?」

「おかしなこと、起きている……多分手に負えない」


 ライラが急かすように再度魔法を唱えさせようとするも、リズはすっかりやる気を失っている。


「あれれ? 浄化は~?」

「ごめん、分からない」

「参ったね、こりゃぁ。神官の力を持つリズが何も出来ないなんて」


 エドナに浄化魔法をかけられないリズと、何も出来ないライラを黙って見守っていると、池の向こう側からセリアが大きく叫びながら手を振っている。

 

「あれ~? セリアが向こうの方にいるよ?」

「……あいつ、いつの間に。ったく、私らを放置して自分だけ池を渡るなんて何を考えているんだい!」

「セリアはどうやって渡った?」

「ん? そういえば……毒の池だったはずじゃ?」


 向こう側にいるセリアを見ても、毒にやられているようには見えない。その様子を見ながら、ライラは試しに池の水に触れてみることにした。


「んっ? 無色透明に変わっている?」

「池の毒、消えている……」

「ほんとだ~! セリアすご~い!!」


 向こう側にいるセリアに対しエドナだけが褒め称えているのを見ながら、


「……」

「…………」

 

 ライラとリズは言葉を失いながら、エドナを見つめていた。


 エドナの足が水底につく程度の浅い池だったおかげで、エドナたちも池の中を進んでセリアと合流する。


「すっかり湿っちまったなぁ。装備が乾くまで休むか~」

「そうしたい。でも、セリアに風をもらえば早く乾く」

「それもそうですわね。エドナもわたくしの風を受けますでしょう?」


 セリアの言葉にライラとリズは何かを言いたげだったが、


「ん~わたしは大丈夫だよ。濡れてないから」


 二人の思いを知ってか知らずか、エドナはセリアの風を受けないことにした。


「……本当ですわね。まぁ、それならライラとリズを優先することにしますわ」


 池に浸かって進んできたにもかかわらず、何故かエドナは大して濡れていなかった。そのことに首をかしげるセリアだったが、ひとまず優先してライラたちに風魔法を使うことに。


「ふぅ~……いい風だ~」

「セリアの風魔法、便利すぎる」

「二人とも、どういうことなのか訊いても?」

「それは私らのセリフだろ。お前は何で先に渡って来れた?」


 ライラたちはエドナを目の届く範囲で遊ばせながら、エドナと池のことについて話を始めた。


「わたくしは自分の魔法でどうにかする為に池の様子をしばらく眺めていただけですわ。そしたらほんの少しの間に、みるみるうちに池が勝手に浄化したのを見て試しに浸かってみたら、何事も無くこうしてこの場に渡ることが出来たというわけですわ」


 ライラたちが妙に気にするエドナを、セリアも思わず見つめてしまう。

 

「毒池に触れたのはあの子だったわけだけど……」

「リズより強力な浄化魔法が体に備わっている気がする」

「え、そんなことって……」


 三人は一様にエドナに注目している。


「それだけじゃない。リズがエドナにクリーンをかけようとしたら、弾かれたんだよ。池を浄化出来るうえに他人からの浄化魔法を受け付けないなんて、賢者ってのはそこまですごいってことなのか?」

「でもあの子、まだ賢者の力が上手く使えていない。賢者の生まれ変わりということだけ、聞いている……はず」

「何とも言えませんわね……。いずれにしても、あの子を見守りながら進むしかないのではなくて?」


 ライラたちが服を乾かしながら話す中、エドナは深い森を見つめ続けていた。


「この先に洞窟があって~、海があって~……大きな街があるんだろうなぁ~」


 ライラたち冒険者が不安を感じる一方で、エドナはこれから待ち受けているであろう夢に向かって、嬉しそうにはしゃぐのだった。


 楽しみすぎるなぁ。魔物もそうだし、普通の獣もいるだろうから見つけたら思いきり可愛がってやりたいかも。前世の時に出来なかったことを楽しまないとね。

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