2-4 神使大いに働く
秋の取り入れの前にやっておきたい事があった。農具の改良だ。
これでは効率が悪すぎる。
パソコンで色々調べた結果、この世界のテクノロジーでは
鉄は産出されているので、鉄製の物が得られれば上々だ。最悪でも竹で作れる。
鉄を作っている集落はトカラ神殿にあり、シムリ地方では一カ所だけらしい。
ミクルの里からは遠く、マクセンによると片道十日はかかるそうだ。
収穫が始まる前に戻らなければならないのですぐに出かける事にした。
マクセンは連れて行くが、ハタは子供達の監督もあるので残していく。
ミクルがちょっと残念そうだが、まあ、我慢しなさい。
巫女アムネは当然のように付いてくる。神殿暮らし直後はやっとの思いだったが、旅慣れてきたせいか、余裕を感じさせる足取りになっている。
そのせいか、八日ほどで山脈の麓にあるトカラ神殿に着いた。
神殿を取り巻く竪穴住居群は非常に多く、かなり大型の住居も見られた。
大型の住居は工房になっていると後で知った。
取りあえずは神殿に向かう。
二重の
神官に声を掛けてルシュの神使が来たと伝えると奥へすっ飛んでいった。
やがて案内された祭祀の間に巫女が二人座っている。
「神トカラが降りています」一人の巫女の様子に気づいたアムネが囁く。
神様直々の謁見ですか。
「ルシュも面白い事をするものよの。その者には他の魂が宿っておるな?」
さすが神様、お見通し。ここは俺が出るべきだろう。
「この体はミクル。俺は異世界の望月翔太。神ルシュに繋がれたっていうんですかね」
「で?何を企んでおる?ここに何用で来た?」
「ちょっと必要な物がありまして。ここでなら手に入るかと」
神トカラはじっと俺=ミクルの目を覗く。まるで頭の中を覗いてるみたいだ。
「ふむ。良かろう。あまり妙な事を吹き込むでないぞ。この世界が壊れるでな。」
おお、俺がずっとテクノロジーが進んだ世界の人間だと理解しているのか。
もちろん、文化ショックについては俺も注意している。
「はい。十分気をつけております」
「それが良い。危険と見做せば主を焼くぞ。ルシュの思惑が何であろうとな」
うわ!火と土の神様だったんだよな。くわばらくわばら。
「では巫女に案内させる。指図には従うが良い」
要するに監視付きってことだ。まあ構わないけど。
巫女さんの様子が変わった。神様が行っちゃったらしい。
「あら、可愛い鬼っ娘さんね。私はシラ」
「あ、ミクルです。よろしく」ここはミクルが出る。
「そちらはルシュの巫女さんかしら」
「はい。アムネと申します」
「タメ口で良いわよ。同じ巫女でしょ?」うわ、気さくな人だ。
「私は商人のマクセン。付き添いです」
「さて、神トカラのご指示なので案内するわ。何からが良い?」
「うーん、作って欲しいものがあるんだけど、それが出来るかどうか確かめたい」
「おう?言うわね。じゃあ
神殿の向こうにあるひときわ大きな建物が製鉄所になっている。
これは竪穴住宅では無く、壁の無い屋根だけの建物だ。丸い炉のような物が大きくそびえており、その周りに足場が組んである。上から鉱石や燃料なんかを投げ込み、下から溶けた鉄が流れ出す仕組みらしい。足場の中程には大きな木箱状のものがあり、その上で人々が足踏みをしている。鞴で炉に空気を送り込んでいるのだろう。
この世界の他の集落に比べ、技術レベルが格段に違うようだ。
「やほー、シンビラー!」シラさんが一人に気軽に声を掛ける。
「よう!シラちゃん。ん?お客さんかい?」これもフランクだ。
「作って欲しいものがあるんだって。話、聞いてくれる?」
そこで俺が地面に図を書いて
「そんな物で何するんだ?」
「
俺は指を開いてその間から他の指を引っこ抜く動作をする。
シンビラーのおっちゃんは
「付いて来い」
もの凄い早足で別の建物に俺たちを連れて行く。
そこは農具を作っている所らしく、
その間もシンビラーは他の人たちと興奮した様子で話し合っている。
やがてつかつかと近寄ってくると俺=ミクルの細い肩を掴んだ。
「この話は他でも話したか?」
「いや、初めてだよ」
シンビラーは凄いため息をついて
「とんでもねぇ事を思いつきやがる。いいか、他では絶対話すな」
「ということは、これを沢山作って他に売ろうということですか?」
マクセンが抜け目なく口を挟む。
「・・・」図星だな。
「構いませんよ。でもその代わり私たちの分は無償でよろしいかな?」
あ、その手があったか。さすがマクセン。商人のたくましさ。
「このまま帰さないと言う手もあるんだぜ」シンビラーが凄む。
「まずいよ、シンビラー。この人、ルシュの神使なんだ」巫女シラが割って入る。
「なにっ?」
それで話がついた。今回は六台作って貰う事にする。
早速シンビラー達が製造に入るべく、慌ただしく立ち去っていった。
製造完了まで三日滞在した。
製造過程は秘密らしく、見せてくれなかった。まあ、そうだろうな。
その間、巫女シラの案内で色々見物して廻った。
鉄だけでは無く色々な道具を作成する職人が集まっている。
製鉄には炭を使うので、炭焼きの集落もあるらしい。そういう話も聞いた。
食事には持参した藻塩を使った。
「・・んんーーっ!!何これ?・・」お裾分けを食べた巫女シラ。
明くる日は話を聞きつけたシンビラー達もお相伴に預かる。
「こ、これは・・これが神使のなせる技か?」
「色々ヤバいよね、あんた達」巫女シラがため息をつく。
元々交換用の藻塩も用意していたので、必要そうな道具も仕入れる。
藻塩を使った料理法も伝授しておいた。マーケティングだよ。
ここは海から遠いので魚は無理かな。でも保存の利く日干しは気に入ったようだ。
出来上がった
まず旧来の方法では無く、根元から刈るという事を教えた。皆面食らっていたが文句を言わず従った。
留守の間、指示通り
やはり、元の
刈り取ったのは
乾燥が終わった頃、
うーん、一度じゃ無理だな。回して方向を変えつつ何度かやってみる。
力も要るし完全には落とせないが、旧来の方法とはやっぱり効率が全然違う。
皆の顔つきが変わった。
そろそろ海藻の乾燥が遅くなってきたのでこの年の藻塩の作成は終わりにする。
干物はまだ作れるので続行。子供達には穂に残った籾の掻き取りを手伝わせた。
最終的に収穫は上々。労力は半減だ。
分別した
最も良い結果の
刈り取った
なので、これで縄を
冬に向かうので、
収穫が一段落した所で、籾から籾殻を採る方法を皆と相談した。
水車が作れれば理想的だがそれ程の工作能力は無い。
俺=ミクルの考えでは
そういうのが作れないか?と持ちかけたのだ。
これが皆のハートに火を付けた。
思い思いの相手と組んでいくつかチームを作る。猛烈な勢いで制作を始めた。
ここで思いがけない才能を発見した。
料理もダメ、力も無く引っ込み思案で見た目も冴えない少女アルタラがまず模型作りから始めたんだ。
小さな模型を作って試す。修正してまた試す。
他のチームはぶっつけ本番だから失敗したら同じ事を繰り返さなければならない。
実際、何度もやり直しが発生した。
アルタラは模型で納得がいくと本番に入った。
結局、一人で一番早く一番性能の良い
「よーし、勝負あったな。そこまで」
俺=ミクルはチームの全部の制作を中断し、アルタラの指導で量産する事にした。
読み書き計算を教えていたのは無駄じゃ無かった。
アルタラは木片に構造図と寸法を詳細に書いて皆に渡したんだ。
アルタラの凄い所は統一した単位という概念をこの世界で初めて発案し、それによる
1アルタラという単位はアルタラが手を広げた親指から人差し指までの長さを示す。
この長さの石器をひとつ決め、これが長い間長さの原器として用いられたのは後々の話。
それまでひっそりと目立たず誰にも相手にされなかったアルタラは一躍皆の尊敬を集めるようになった。
寒さが肌に感じられるようになってきたある夜、たまたまアルタラとアムネさんと三人で外のたき火で一緒に当たっていた。アルタラが終始無言でもじもじしている。
「?」ミクルは何か言いたげで黙っているアルタラの顔を下から覗き込む。
「あの・・シュジチが・・夜、行って良いかって・・」
アルタラが真っ赤になってか細い声で言う。
え?それつまり、夜這いの許可申請?
でもアルタラは確か十二才くらいだったよな。俺の世界では不純異性交遊に当たる年齢だ。
その感覚があるので男達には少女達への手出し厳禁を言い渡してある。
「あなたはどうなの?」ミクルが優しく聞く。
「シュジチは前から親切だったし・・あたいは構わないんすけど、ミクル様が・・」
「ここではどういう習慣になってる?」俺はアムネさんに聞いた。
(あたしもそれ、詳しく聞きたい)奴隷だったミクルはこうした事情に疎い。
「生理を迎えたら一人前の女と認められます」くそ真面目にアムネさんが答えた。
ちなみに、男は髭が生えそろったときらしい。
「アルタラはこの夏、始まったのよね?」ミクルが言い添える。
そう言えば、各集落から連れてきた少女達は夏頃から次々に生理を迎えていた。
おそらく生活環境の改善が寄与しているんだろう。ここでは食事の制限は無いし、栄養のバランスも考慮している。作業の合間の休憩もきちんと取らせている。衣服も清潔だ。皆来たときよりずっと色艶が良くなっていた。
他の集落ではここまでの生活環境は望めないだろう。
「しかし、子供が出来るとこの年齢では負担が大きいんじゃ?」俺が疑問を呈する。
「子供は皆で育てます。ショータの世界は違うんですか?」アムネさんに逆に聞かれた。
そう、俺の世界では基本的に家族は夫婦単位だ。社会的、経済的に自立できて初めて夫婦は成立する。
それでも育児は大きな負担になるんだ。日本の少子高齢化の根本にこの構造がある。
「そうだな。俺の世界の常識にとらわれすぎかもな。ニーヴァの神殿もあるし」
「ミクル様、どうされますか?」アムネさんが聞く。
「シュジチにも確かめてみるよ。真剣だったら問題ないだろう。俺も神トカラに焼かれたくはないからな」
「アルタラも真剣なんでしょ?」アムネさんが取りなすように言う。
アルタラは両手に赤い顔を埋めてコクコク頷く。
三日もしないうち、新しい夫婦用の竪穴住宅が完成する事になる。
このことがあってから、俺たちの集落では夜這いの前に神使ミクルの了解を取り付ける、という習慣が確立した。
・・て、待てよ?ミクルって生理まだなんじゃ・・
(だから何?)あらら、ミクルちゃんのご機嫌損ねちゃった。
でも、普通の人間と鬼人では違っているのかもしれない。
まあ、気にするなって。
冬の間、輪作用の畑地を切り開く。
連作障害が出るので、刈り入れを済ませた畑には同じ作物を植えられないからだ。
また、藻塩作り用の
冬の間、トカラ神殿には二度行った。農具と機織り器を手に入れるためだが、もうひとつ目的があった。
“狩る者達”に備え、どれくらいの武器が用意できるか、見当を付けたかったのだ。
先の盗賊騒ぎで分かったんだが、ニーヴァ神殿の傭兵はシムリ地方全体でも千人足らずという所らしい。
しかもかなり分散している。
“狩る者達”の規模は不明だが、逃げてきた者達の話から推察するとおそらくこの数の傭兵では防ぎきれないだろう。
各集落から人を出させ、武器を与えて戦わせる必要がある。
だが、通常は温厚な農民達。どういう戦い方ができるかは未知数だ。
平行して俺の世界の昔の戦い方を調べてみた。
森の中では遊撃戦、平地では長い槍を使って隊列を組む集団戦が向いてそうだ。
後は動員力だな。集落の数と集落当たりの人数からシムリ地方の人口は四~五万といったところか。
ここから何人割けるかだ。事前の訓練も必要だろう。
ルシュ神殿やニーヴァ神殿にもその辺の協力が得られるかも課題だ。
機織り器を入手したのは織物に変化が欲しかったからだ。
この地方――世界――では
で、神官や巫女達の衣装を織る機織り器はトカラ神殿でしか作っていないのと若干の改良をしたかった。この機織り器は
改造は
ついでに編み物も導入したいと思った。これは実際に俺の世界で編み物教室に通って身につける必要があるな。ニットなんかも実現できるかもしれない。
色柄付きの衣類も欲しい。ミクルがファッション雑誌なんかを見てよだれ垂らしそうになったからな。
この地方の衣類は各集落が自分たちで作る。麻と言ったが特別そういう植物があるわけじゃない。そこらに生えている植物や木の皮で繊維が細く長いものを叩いてほぐして糸にする。植物により水洗いや日干しでかなり白くなる物を選んで染める。木綿は作ってる集落があるのでそれが一番望ましい。
今のところやや茶色っぽい赤や青、緑など、花や果実、茎、葉から絞った液を染料として利用している。探せばもっと他の色を出せるかも知れない。
ちょっと試作してみたら案の定、里の女どもが目の色を変えた。どこの世界でも同じだね。
他に一カ所遠出をした。
ムーを畑仕事に使えないか?マクセンの話では山脈の向こう側、西の地方で手に入るらしい。
ムーは牛より二回り大きく、足は何倍も太い。
足は遅いが硬い皮膚ともの凄い力で野獣共から身を守っているらしい。性質は大人しいが大食いだ。
山向こうは南北に走る山脈で東西に分かれている。だから一旦西に移動して西の地方に繋がる谷を越えなければならない。往復で一ヶ月以上かかるが、行ってみる事にした。
山を越えて五日ほど、平地にたどり着く。気候は乾燥気味で川沿いの森をはずれると草原地帯になる。
ここが大型草食獣に適した環境になる。
野生のムーはここで群れを作っており、この地の集落では食用に狩ったり、子供を捕まえて慣らし、商人に売ったりする。この地域の集落では円錐形の獣皮のテントが住居になっている。ん。昔の映画で見たインディアンの部落に似てるな。
そうした集落のひとつでムー十頭と藻塩を交換した。
ついでにシムリ地方にはない植物の種も仕入れる。
中に大豆っぽいのがあったので大いに期待できる。
この辺の草原地帯はまだ“狩る者達”の被害には遭っていないらしい。
帰ってみると、夫婦が一組増えていた。
物々交換に来た男達の一人が、山脈の向こう側から来た女に夜這いをかけたらしい。
生活環境が比べものにならないので男はこちらに残る事になったのだそうだ。
男は酒造りの集落から来ていて、
この男なら醤油や味噌造りに使えるかもしれない。事後承諾ながら許可を出す。
そろそろ暖かくなってきていて、春の種まきの準備にかかるころだ。
ちょっと早いが、魚醤を試してみた。
炒め物やスープに使ってみる。おお、良いではないか!
木の実の団子などはこれを入れて煮るとかなり食えるものになる。香味のある野菜を細かく刻み、魚醤で炒めてソースにすると肉に良く合う。醤油とは違うがそれなりに調味料として使える。
ミクルの里の名物がまた一つ出来た。
ミクルの里は二年目の春を迎える。
もう特に指示しなくても
昨年の収穫からより収量の高い種籾を選んである。やはり分別してより収量のある
ハタと子供達は藻塩作りに取りかかる。水棲人達が海から上がって駆け寄ってくる。
子供達とはすっかり仲良しだ。もう俺の口出しは必要ない。
ミクルの里は順調にその営みを紡ぎ始めた。
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