2-2 族退治と再会


着替えが済んだ所で神官が呼びに来た。祭司長のお呼び出しだそうだ。

「さすが “強き者” 神使ミクル様。恐れ入りました」

ん?祭司長の上から目線がえらく低姿勢に変わってる。

やぐらの上から一部始終見てたんだな。

「あの頭破裂させたのは何だ?触ったようには見えなかったぞ」

おお、傭兵隊長も来てる。すると今回の襲撃の件か。

「神ルシュより授かった神使の力だよ」ミクルが自分で答えた。進歩だな。俺、口きく元気も無い。

神官達が一様に頷いて互いに目を合わせる。

「それでですな、神使ミクル様、ものは相談ですが、今回捕らえた者達の一部を新しく開墾した土地に住まわせて貰えませんかな」と祭司長。

「塩作りの?」

「さよう、盗賊どもは山脈の向こうから来たと言っておるのだが、どうやら飢饉で逃げ出して来たらしい。

途中で盗賊どもに出会って、強引に仲間にされたとも言っておるのです。このまま追放してもまた盗賊を働くか飢えるしか無いですからな」

「えっ?何人?食料がそんなに無いよ」

「希望しておるのは二十人ほど。今度の秋の収穫までは神殿の蓄えを出しましょう」

(どうする?ショータ)

(二十人くらいなら大丈夫だろう。春までに周りを開墾すれば畑も作れる)

「分かった。良いよ。でも奴らもっと居たはずなんだけど?」

「残りはニーヴァ神殿に送って奴隷にするか傭兵にするかそちらで決めて貰います。あと、もうひとつお願いがありましてな。ニーヴァ神殿と共同で盗賊の残党狩りに兵を出す予定なのですが、その一隊に加わって欲しいのです」

「え・・」予想外の申し出にちょっと戸惑ってしまった。

いや、戸惑ったのは俺で、ミクルは結構やる気を出してる。

まあ、派手なパフォーマンス見せてしまったから仕方ないか。

(ミクル、血がドバーは無しにしてくれよ)

(あら。でも二人死んだだけで良かったじゃない?ああでもしなければもっと死人出てたわよ)

ぐうの音も出ないな。ここは俺が何とか慣れるしかないか。

(はいはい、そっちは任せる。春まではどうせ暇だしな)

「分かった。引き受ける」

「そう言ってくれると思ったぜ!」傭兵隊長が相好を崩して膝を打つ。

その日のうちに食料と開墾する道具を用意して、元盗賊、いや難民二十人を引き連れ開墾地へ向かった。

念のため傭兵が三人護衛に付いてきた。

竪穴住居は三棟しか用意してなかったので、しばらくは窮屈だが七人と六人の組に別れて住んで貰う事にした。翌日からは森を切り開いて畑作りにかかって貰う。竪穴住居もあと四棟ほど作って貰う事にした。そうした仕事は山脈の向こうでも日常的にやってた事なので彼らに戸惑いは無かった。

藻塩を煮るかまどには不思議そうにしていたが、温泉には大喜びだった。

手狭なので、森の途中で夜になってしまうが神殿に戻る事にする。

鬼人のミクルは夜目が利くので平気だが、アムネさんは凄く怖そうだった。

森で火を使うのは危険なので、真っ暗な中を歩くんだ。震えながらしがみついてる。

だから来なくて良いって言ったのに。


翌日、傭兵二十人と盗賊の捕虜を連れニーヴァ神殿に向かって出発した。

巫女アムネは今回も付いてくると言い張った。今度は命の危険もあるので置いていこうとしたが頑として聞かない。根負けしてしまった。

途中、五つの集落を通ったが、うち一つが盗賊に襲われて全滅していた。竪穴住居の床や広場、畑、そこかしこに死体が倒れ、血だまりは固まっていた。死体の中には女子供も混ざっていて悲惨だった。う・・また吐きそう。もちろん、食料や道具はみんな奪われていた。

簡単に埋葬を済ませ、巫女アムネが祈りを捧げた。

もう一つの集落では皆で森に逃げ込んだらしい。人々は無事だったが食料などは根こそぎ持って行かれていた。置いていくと飢え死にしかねないのでニーヴァ神殿まで連れて行く事にした。可愛そうだが身の振り方はそこで決めるしかない。

途中、野宿一泊でニーヴァの神殿に着く。

神殿自体はルシュの神殿と似た構造で四方をほりに囲まれているのは同じだ。

ただし、敷地はずっと広く、やしろを取り巻く竪穴住居も遙かに多かった。

広場の人出はルシュ神殿より断然多い。この地方では三、四人子供が出来ると神ニーヴァに妊娠を止めて貰う。バースコントロールがちゃんと出来てるんだ。このため幼児の間引きのような問題は発生しない。

現世利益半端ない。

病人も治して貰えるが、遠い所では病人自体、来るのに無理があるので万能じゃない。

あと、奴隷に封印を掛けて命令に従うようにする。これ、ミクルも経験あるな。奴隷は食料に困窮した集落から売られて来る者もいるが、人殺しや物を盗んだ犯罪者が多い。封印が必要なわけだ。

傭兵達は仕事が無ければここで暮らし、求めに応じて各地に散って行くんだそうだ。

隊長アガムキノや傭兵達は顔見知りを見つけると手を叩き合って挨拶する。

やしろには俺=ミクルと巫女アムネ、傭兵隊長アガムキノの三人が入った。

残りの傭兵達は一軒の大きな竪穴住居に入って待機。

ニーヴァの神官や巫女達の衣装はルシュ神殿のものとほぼ同じで羽織ったローブの刺繍や色が異なる。

神官達の前に十人ほどの武装した男達が座っている。アガムキノがその横に座ったところをみると今回の遠征隊の隊長さん達らしい。

俺=ミクルとアムネがその横に座ると皆の視線が一斉にこちらに向いた。

「鬼人・・」とささやき合う声が耳に入る。珍獣扱いだな。

「私はルシュ神殿の巫女アムネ、こちらはルシュの神使ミクル様」

巫女アムネの紹介で人々の間にどよめきが沸き起こる。

「神使だって?」

「小娘じゃないか」

「しかも鬼人だぞ」

聞こえてるぞ。まあ、ルシュ神殿でもそうだったな。

「はっはっは!そう見くびるな。神使ミクルは強いぞ。誰か試してみるか?」アガムキノが挑発する。

「鬼人といってもたかが小娘。俺が試してやろう」

挑発に乗ってアガムキノより二回りも大きい男が剣を取って立ち上がる。

ミクルがちょっとむっとする。やばい、怒らせちゃったぞ。

「あたしはこれで良いよ」ミクルは手ぶらで立ち上がる。

男の顔が真っ赤になった。

「後悔するなよ」

一応、剣は抜かず鞘のまま、広場に立って構える。さすがに素手に対してまずいと思ったんだろう。

ミクルは両手を下げたまま自然体で半身に構える。

一瞬――するするっとミクルは剣に沿うようにすり寄り、片手を掴んで引き落とす。

前倒しになった男の肩を押さえ、地面に伏し倒し、後ろ手に腕をねじ上げた。

俺にも分からない位あっという間。男は何が起きたか分からないで目を白黒させている。

しばらく沈黙が支配。

「わっはっはっは!言ったろうが」アガムキノがそれ見た事かと大笑いした。

つられて失笑が沸き起こる。

それに刺激されたのか、男は恐ろしい形相で剣を抜き、回廊に向かった俺=ミクルに後ろから振り下ろした。

「あっ!」皆が俺=ミクルがやられたと思ったろう。

だが、ミクルは襲いかかられた瞬間、振り向きもせず後ろに飛び、前屈みになって足を払ったんだ。

俺=ミクルの背中をテコに男は前方向に飛んでいった。

「だめだよ。大ぶりすると隙だらけになっちゃう・・って聞こえないか」

男はうつぶせになって、脳しんとうでも起こしたのかピクリとも動かない。

(おいおい、腕を引かないと受け身取れないだろう?)

(あたしを馬鹿にするからよ)ミクルってほんとに容赦ない。良い子は真似しないでね。

度肝を抜かれた一同を尻目にゆっくり席に着く。

「強いのは分かった。だが、神使だという証はあるか?」

神官の一人が厳かに口を開いた。

(めんどくさ・・)俺も同感だよ、ミクル。

俺=ミクルは静かに立って水の入った壺に両手をかざした。

さっとその手を左右に広げると噴水のように水が飛ぶ。空気を制御して小さな竜巻を作ったんだ。

口を開いた神官はその水を頭からかぶってずぶ濡れになった。衣装も威厳も台無しだな。

「えっと、まだ何かやる?」無邪気に――わざと――聞いてみる。あ、これってミクル?俺?

「いや、もう十分!」神官達は大慌てで口を揃え、両手を振りまくった。

アムネさんは袖で口元を押さえ、笑いをこらえている。いつものしかつめらしい顔が崩れてるよ?

俺たちの詮議はそこで終わりになった。

後は情報交換と作戦会議でお開きになる。


その日は神殿で一泊し、割り当てられた土地に向かった。山脈のふもとで山から流れて来た川に沿って上流に向かう。盗賊達の根城があるらしい。

俺=ミクルたちは四隊合同で百人ほどの人数だった。

二回野宿をして襲われたばかりの集落にたどり着く。残っているのは五十人くらいで、やはり森に逃げ込んで難を逃れたそうだ。食料や器具は根こそぎ略奪されていた。

隊長達の感では根城は近いらしい。この集落に陣取って何組か斥候を出す事になった。

翌日、斥候が戻ってきてふもとの洞窟に根城があるらしいと報告してきた。

洞窟まで全員、静かに忍び寄る。

二十人程を洞窟の入り口を固めるのに残し、隊長の合図で後の全員が突入した。

盗賊達の数は同じくらいだったが戦いはそれ程かからなかった。

例によってミクルが頭目の頭を吹っ飛ばし、総崩れになった盗賊を確保。

やっぱり、あれは絶対慣れない。前回に懲りて俺は向こうの世界でビニール袋を用意しておいた。

正解だったな。

山と積まれた略奪品の間をぬっていくと一番奥に何人かが捕らえられていた。

そのうち一人を見てミクルの心臓が止まりそうになった。

「ハタ!」

ミクルが叫んで駆け寄った。

ハタはぐったりして意識が無いらしい。破れた衣服から傷口が見える。

血は固まっているが、かなりの重症に見える。

「ハタ!ハタ!しっかりして!」

肩を揺すりながらミクルは涙をぼろぼろ流す。

「ミクル・・・なのか?」

傍らの中年の男がいぶかしそうに声をかけてきた。

俺=ミクルは例のスプラッタで血まみれだったから、まあ、無理も無いだろ。

この男には見覚えがある。商人マクセンだ。でも、ミクルは気にもかけない。

ミクルはハタを抱きかかえてもの凄い勢いで洞窟から駆けだし、集落へ向かって疾走した。集落に戻るとすぐに湯を沸かし布を煮沸消毒する。傷口は湯冷ましで何度も丁寧に洗う。その後、消毒済みの布で包帯を巻く。傷薬はアムネさんが持っていたのを使った。炎症を起こしているのか、かなり熱がある。

ミクルは気が気じゃない。

俺=ミクルが血まみれのままでいるのにアムネさんが気づき、湯で洗い流してくれた。

そうこうしているうち、傭兵達が物資と人質を伴って帰ってきた。

マクセンも左腕を骨折しているようなので副え木を当てて布で縛る。

傭兵達は俺=ミクルの様子に戸惑っていたが、アムネさんの説明で得心したようだ。

「神使ミクルは古い知り合いが心配で気が動転してるんですよ」


傭兵達は翌日引き上げて行ったが、俺=ミクルたちはハタの熱が下がるまでとどまる事にした。

集落は物資を取り戻したので俺たちの扱いは極上だった。

ただ、食事が不味いので調理法を教えたかったが、ミクルがハタに付きっきりなので我慢するしかない。

事のいきさつはアムネさんとマクセンの会話から聞き取った。

盗賊に襲われたのは二日前、川沿いに山脈を下る所だったそうだ。護衛の傭兵も頑張ったが多勢に無勢、全滅してしまった。連れていた奴隷達は山脈の向こうに連れて行かれ、商品と一緒に売り飛ばされるらしい。その連中はまだ戻っていないという。ヌーは逃げてしまったり盗賊達に食われたりで二頭しか残っていない。食える物は全部食われた。

マクセンとハタは裕福と思われ身代金(塩?)のカタに捕らわれたようだ。

「でも実際には私にはもう何も無いのですよ。これからどうして良いか」

情け無さそうにため息をつくマクセン。

「しばらくルシュ神殿に滞在なさいませんか?正確には私たちの集落ですけど」

巫女アムネが提案した。

「あなたたちの?」

「海水から塩を作るため集落を作ったんです」

「海水から塩?それはまきがもの凄く必要でしょう?」

「薪が少なくて済む方法を神使ミクルが異世界からみつけて来たんです」

「神使?異世界?」

面食らったマクセンにアムネさんがこれまでのいきさつを説明する。

「神ルシュのなさりようは不思議です」マクセンはため息をつく。

「ではミクルはもう奴隷じゃないんですね」

「はい。神使として神ルシュの意図をこの地に実現しているのです。この私も神使ミクル様を全力でお支えしているのですよ」

おいおい、単にくっついてるだけじゃないか。支えられてる感ないぞ?

「塩ですか・・」考え込むマクセン。

数日してハタの熱は下がった。

一時は危ない事もあったが清潔な布の交換と薬草の働きが功を奏したみたいだ。

「ミクル?」ハタの意識が回復して声をかけてくると

「ハタ!ハタ!」ミクルが思いっきりハタに抱きついた。

悪いが俺は男に抱きつく趣味は無い。触感をすばやく俺の体に戻す。

奴隷時代の記憶からしてミクルはハタが好きだったらしい。

でも本人は意識してるのかな?俺はそういうことには疎いのでミクル自身の心のままに任せる事にする。

いずれにせよ、ハタの状態が安定してきたのでルシュ神殿に戻る事にした。その前にニーヴァの神殿に寄ってハタの封印を解いて貰う。マクセンが、もう商人を続ける資材が無いのでハタを解放したい、と言ったからだ。このおじさん、結構いい人だな。

風はずいぶん暖かくなって春が近い事を感じさせる。

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