第8話 スターバック、地球を盗む

 警察とのミーティングが解散した後、クレイとアレックスは鳥の巣に戻りエミー、ミアと話すことにした。クレイが状況を説明する。


「今のところ手がかりは無い。犯人からの連絡も無しだ」

「そう。困ったね」

 ミアが言うと、エミーが席をいきなり外した。


「少しだけ確認してくる。すぐ戻るから」


 アレックスが不思議がった。

「あいつ、いきなりどうしたんだ? 何を確認するんだ」

「さあね」


 エミーは離れた部屋にいくと椅子に座り眼を瞑って呟いた。最近は時々エメラルドと好きな時間にコンタクトしている。


「あのーエメラルド、エメラルド、応答してくれない?」

「はいはい。何? エミー、ちょっと忙しいんだけど」

「サラの夫が誘拐されたの知ってる?」

「あー何となく」


 エメラルドの応答は上の空っぽい。


「地球じゃ大事件なのよ。わかる?」

「ごめん、ちょっと余裕が無い。こちらはもっと大事件かもしれないの」


 エミーは驚いて訊いた。

「は? ヘブンで?」


 エメラルドは少しためらってから思い切って言った。

「あのさ、地球が無いの……」何を言い出すのか。


「へ? 地球が無い?」エミーは意味が分からない。


「そう。学校から帰ってきたら、部屋にある筈の地球が無いの、盗まれたかも」


 エメラルドは泣きそうである。


「え? 家族に訊いた? こっちじゃ何も大きな異変は起きていないけど」

「うん。みんな日中は家にいなかったから知らないって」

「朝はちゃんとあったの? 家の鍵はロックしていたの?」

「朝はちゃんとあった。間違いない。でも家の鍵はかけてない、いつも」

「何それ、ばかじゃない? 他の防犯設備は? カメラとか警報機とか」

「わからない。無いと思う」

「えーっ。あなたのところの文明はレベル7なんでしょ。何そのお粗末な備え」

「ヘブンでは高度な道徳教育がなされるから犯罪ってほとんど起きないの。起こす人がすごく少ないのよ。それが何百年も続いているから、防犯の意識って無いの」

「地球の田舎じゃないんだから。それにしても、それにしてもだよ。地球だよ。壊されたらどうなるの?」

「あなた達はその瞬間にチェンバーの藻屑です」

「エメラルド、あなたやってくれたわね。すぐ探して! 警察から何からヘブン中の英知を集めてすぐに地球を取り返して!!」

「はい。エミーさん、でも警察ってこっちにはないの。悪い人にどうすればいいかみんなわからない。私は少し地球で勉強したけど」

「どれだけ平和ボケしとるんだ。とにかく何とかしてって!」

「あの、それがあなた達をアップロードしたい理由の一つなの、危機管理ができる人材を……」

「話はもういいよ。早く地球を探して取り返して! 必要ならアップロードでもコピーでも何でもしていいから」

「わかった。そっちも頑張ってね」


 えらいことになった。ライアン教授の奪還も大事だが、エメラルドにヘマされたら一瞬で地球が消滅する。レベル7の泥棒が地球を大切に保管してくれることを祈るよ。


[ヘブンにて]

 遡ることシムプラネット授賞式の日、自称天才のスターバックは自身の三連覇を阻止したエメラルドの作品に目を奪われた。

『地球』だと? 随分きれいな惑星だ。少し見学させてもらえないかな。

 スターバックはエミーの自宅を訪問して地球を少し見せてもらった。そして魔が差して自作のリンクチップをチェンバーに仕掛けてきた。

 ヘブンのほとんどの人類は生理的に罪を犯すことができない。

 従って、その後の一週間スターバックは罪の苦しみに心が張り裂けそうだったが、技術的な興味が何とか勝った。


「いや、こういうことをするのは本当に苦しいな。死ぬ思いだ」


 リンクを通じて地球をしつこく観察した。


「へー。レベル5の人類って意外と賢いんだね。アバターとか使っているよ」


 そしてさらに興味をそそられる一部の人間たちを観察した。犯罪を犯した人達だ。


「こいつら、すごい悪さしているよ。まともな生物とは思えない。なぜ同じ種にここまで悪行ができるのか?」


 最初、スターバックはこれを見て気持ちが悪くなり観察を止めた。しかし気分が収まると再び見たくなった。怖い物見たさというものか。

 さらに、どのように地球の人類の技術が進化したかを地球上の文献などから調べると、面白いことが分かった。


「ほう、地球では縄張り争い(戦争のこと?)とか困難から技術が発展したようだ」


 スターバックは地球人の、特に現代のヘブンでは見る事の無い悪行の数々の観察に夢中になり、何日も徹夜で観察を続けた。

 すると、スターバックの心にもしっかりと刻まれていた筈の道徳精神に揺らぎが出始めた。体の抵抗感も少なくなってきた。見たことも無い悪行は、刺激的で興奮した。スターバックはついに決心した。何人か悪人をアップロードしよう。そもそもレベル5のアップロードは世界初だ。俺がやる。


 スターバックは地球の人間の中からクレイと同じくらいの高いレベルの技術力を持つ知能犯のジェイスとハウザーの二人をヘブンにアップロードコピーした。


「ジェイス、ハウザー。ヘブンへようこそ。僕はスターバック。よろしく」


「ヘブン、天国だって? 俺たち死んだのか?」


「いやいや、少し遊びに来てもらっただけさ。君達の好きなように過ごしてほしい。僕は君達の高い技術を勉強させてもらうよ」


 本当は彼らの技術はスターバックにとって低レベルで興味はなかったが、悪行をどのように行うかの方がはるかに興味があった。それを自分が身に着けることができれば、自分が栽培している惑星を進化させることができるかもしれないし、もしかしたらヘブンの社会自体にも皆を驚かすような影響を与えることができるかもしれない。そう思うとスターバックはわくわくしてきた。

 スターバックは二人にヘブンに関して一通りの説明をした。

 ジェイスは感想を言った。


「なるほど、ここは地球とは別の進化した惑星か。それで犯罪は一切無いと」

「ああそうだ」

「酒も無いのか。ここの連中は人生の半分を損しているな」

「アルコールが? そういうものか?」

「ああ。地球では必需品だ」


 次にハウザーが言う。


「私腹を肥やすような連中はいないのか? 盗みをする甲斐がないぞ」

「楽しんで盗みをしているようだな」

「スターバック。お前は真面目すぎるな。そんなこっちゃいい悪人にはなれないぞ」


 ジェイスが突っ込んだ。


「ハウザー、いい悪人ってなんだよ」

「ああ、変だな。一流の悪人ってのがいいか」

「地球人はおもしろいな。野蛮だけど新鮮だ」

「野蛮はないだろう。俺たちはスマートだ。さあ新しい相棒、最初は何の仕事をしようか?」


 ジェイスの質問にスターバックが答えた。


「そうだな、もう少しコールマンの惑星のデータが欲しいな。リンクチップで見るだけでは物足りない。詳細なデータがチェンバーのサーバーに保存されているからそれが欲しい。それを僕の惑星に応用する」

「ハッキングか、彼女に直接情報をくれと言ったらどうなんだ? この世界じゃ人を疑わないんだろ。くれるんじゃないか?」

「どうかな。くれるとしても、それだと僕のプライドが許さない。人の真似してトップになってもうれしくない」

「でも、情報入手したら、結局真似するんだろ」

「それは……ほっといてくれ。僕が考える。少なくともそっくりのものは作らない」

「スターバック君はやっぱり生真面目だな。それで? この世界のシステムは簡単にハッキングできるのか?」

「いや、結構手間がかかる。」

「時間的には?」

「四、五時間……」

「そんなにかかるんじゃ、忍び込んで抜き取るのは無理だろ」

「外部からネットワーク経由で侵入できないのか?」

「無理だ」


 ハウザーが思いついた。


「いっそのことそのチェンバーごと盗んだらどうだ。手っ取り早いぞ」

「そんな大それたこと」


 スターバックは困惑した。そこまでの行為は考えていなかった。

 ハウザーがやれやれという感じで言った。


「何だよ。少し借りるだけだよ。お前達は本当にお人よしだな」

 スターバックは考えた。「確かに借りるだけなら大きな損害を与える訳ではないし、情報を入手するのが目的だということもわからない。無断で持ち出して、そっと返却すれば、誰がやったかもわからない。エメラルドの家では何の防犯対策もされていなかった。簡単に持ち出せる。合理的だ」

「わかった。それで行こう」

「そう来なくちゃ。さすが賢いね。で、報酬は?」

「報酬?」

「当たり前だろ、ただ働きなんかするか」

「何が欲しい?」

「とりあえず金か、酒は無いんだろ。ここで何でも買えるキャッシュか何かが欲しい」

「あー、ごめん。ヘブンはそういうシステムでは無いんだ。必要なものは必要な分だけ無償で手に入れられる。ただし必要以上の物は与えられない」

「何だそれ、社会主義か。そんなことしたら誰も働かなくなるだろ」

「いや、皆自主的に働いている。報酬目的ではない。社会にとって必要な仕事と認識しているからだ」


 ジェイスが驚いてハウザーに言った。


「驚いたな、自主的だってよ。良く無償で働く気になるよな」

「ああ、ここの連中は頭がおかしいな。なあスターバック。ここでも何らかの娯楽施設はあるんだろ?」

「あるよ」

「仕事が終わったら、とりあえずそこに連れて行ってくれよ。あと地球に戻ったら報酬をくれ。これは地球の金でだぞ。一人百万円」

「百万円というのはどの程度の価値なんだ?」

「そうだな、何ヶ月か地球で生活するのに必要な分だ。わかるか?」


 スターバックは考えた。(そうだな地球はレベル5だろ、僕が地球にダウンロードしてその金とかを入手すればいいんだな。難しくないだろ)


「わかった。それで手を打とう」


 そして三人は実行計画をたてていった。


「防犯システムが無いっていっても監視カメラくらいはあるだろう。周辺にどれくらいある?」


 ジェイスがスターバックに訊いた。


「調べてみる。少し待ってくれ」


 しばらくしてスターバックが答えた。


「あー、モニタリングシステムはいたるところにある。防犯というよりは事故や災害防止のためだ」

「だが警察は無いんだな。もし盗難が知られたらどうなる?」

「うーん。動くのはレスキューチームかな? そこも救急、防災がメインだから盗難でどう動くかはわからない」

「その拠点は近くにあるのか?」

「いや。離れているし、人員も数人しかいない。でも早いぞ。どこへでも2、3分で駆け付ける」


 しばらく三人で話し合って計画が固まった。

 日中の家に誰もいない時間にエメラルドの家に忍び込む。監視カメラを避けるために上空から降下してアクセスする。その際は光学迷彩を使う。万全ではないが、気が付くのを遅らせることはできるだろう。それとは別にダミーの車両を使っていかにもそれで持ち去った様にする。運ぶ先は監視カメラの無い山奥に運び、そこでデータを抜き取る。


 翌日、彼らは犯行に着手した。

 小型の飛行体に乗ってエメラルドの自宅上空に停滞、並行してアンドロイドが乗ったダミーの車を自宅に付けた。車と言っても、車輪は無く、地上から浮遊し高速で移動することができる乗り物である。


 「さて、降りるか」


 ジェイスとハウザーが光学迷彩服を着て飛行体からロープで降下、窓から侵入した。

 一方、アンドロイドはダミーの箱を持って玄関から侵入。家の中でハウザーはアンドロイドに直接指示した。


「アンドロイド君、少ししたら、その空の箱を重そうに車まで運んでくれ。監視カメラによく映るように頼むぞ」


 ジェイスの声が聞こえた。


「ハウザー、早くこっちに来いよ。本物を吊るのを手伝えよ」

「オーライ。すぐ行く」


 二人はチェンバーを持ち上げてロープに括り付けた。


「重いな。何キロあるんだ」

「五十キロくらいかな。地球を持った地球人は俺ら位だろ。面白いな」

「落とすなよ。帰るところがなくなるぞ」

「オーケー。こんなつまらん星で一生過ごすのはごめんだ」


 ロープで飛行体に戻ると、スターバックが少し青い顔をして出迎えてくれた。


「よくやった」

「スターバック、顔色が悪いぞ。大丈夫か?せっかく一番愉快な瞬間なのに」

「いや、大丈夫だ。体がまだ犯罪に拒否反応を示すんだ」


 ジェイスが言った。


「こいつら倫理を脳に徹底的に刷り込まれているからな、可哀そうなやつらだ」


 上空をしばらく移動していると、急に地上からレーザー光が当てられた。さらに小さめの警告音が聞こえてきた。


「何だ、何だ?」

「おい、やばいんじゃないか、何かに検出されたみたいだぞ」

「おい、スターバック! これは何だ、聞いてないぞ」

「いや、僕もわからない。調べてみる」


 スターバックが少し調べてから言った。


「わかった。資産検出システムだ。災害時等に資産が流出した場合にその位置を特定するやつだ。このままだと数分でレスキューが確認しに来る」

「どうするんだよ」


 スターバックは検出システムの仕様を見ながら考えた。


「上だ。センサーは3千メートルくらいの高さまでしか調べない。それより上空に行けばいい。機体を全速で上昇させるぞ」


 言うや否やスターバックは上空に向かって急上昇させた。ものすごいGが3人にかかる。


「うぐぐー。苦しい」


 ジェイスもハウザーも目玉が飛び出るかという加速に耐えた。

 十秒とかからずに、機体は5千メートルの高さまで上昇した。下の方では小さくレスキューの機体が動いているが、こちらに気が付く様子は無い。


「ふー。どうやら逃げられたようだな。」

「おい、スターバック。降りるときはどうするんだ」

「待って。資産検知システムの穴が無いか探す。たぶん山岳部は大丈夫だと思う」

「やっぱり山かよ。ヘブンも結局、仕事はやりやすくはないな。」


 三人は無事、山に無数にあるシェルターの一つに到着した。


 その日の夕方、エメラルドが自宅に戻ると、妹のサファイアが大騒ぎしていた。


「あ、お姉ちゃん。たいへん。地球が無いよ」

「何? どういうこと?」

「私もさっき帰ってきて、地球を見ようかなって思ったら、無いの、チェンバーごと」


 二人は家中を探したり、家族に確認したりしたが誰も知らなかった。


「お姉ちゃん、端末からアクセスはできる? 地球人は無事かな?」


 エメラルドは端末から地球にアクセスできるかどうか確認した。


「大丈夫、壊されたりはしていない。どこかに持っていかれただけ」


 姉妹はほっとした。


「でも一体誰が持ち出したんだろう」

「盗難っていうんだっけ? あり得ないよね」

「どうする?」

「お父さん達に相談しよう」


 エメラルドが両親に相談すると、地域の管理センターに連絡するように言われた。

 管理センターは地球で言うと市役所のような公共セクターで、市民の生活全般をサポートしている。

 エメラルドが管理センンターに連絡すると、担当者が専門家を派遣すると言ってくれた。

 5分もすると、専門家がやってきた。三十代と思われる男性だ。


「こんにちは。管理センターから来ましたマーク・バーンズです。惑星作品の盗難ですね」

「ありがとうございます。エメラルド・コールマンです。よろしくお願いします」

「この地区の盗難事件は5年ぶりです。全力で対応しますのでご安心ください」


 マークはヒアリングと簡単な現場調査を行い、データを調べて結果を報告した。


「エメラルドさん、監視カメラの映像に怪しい車が作品を持ち去ったような映像が残っていました。車の行先を調べてみます。エメラルドさん達はこのまま自宅で待機していてください」

「あのー、惑星には端末からアクセスできるのですが、そちらでもトラブルが起きていて、アクセスしてもいいですか?」

「構いませんよ。何か犯人の手がかりがあったらご連絡ください」

「はい、わかりました。どうかよろしくお願いします」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る