第2話 エミーとリン

 エミーとリンはそれぞれスライダーに乗って屋外を並行して滑空し始めた。木々より少し高いくらいの高さで空の散歩をしながらの授業である。


「2170年頃の話から。はい。リン、何年前ですか? 簡単な引き算よ」

「ばかにしないで。2231から引いて、今から61年前っ! どう?」

「はい、オーケー。60年くらい前にアンドロイドを作っていた業界は自律制御から、混合制御に舵を切ったのよ」

「混合制御って?」リンがエミーに訊く。


「自律制御とリモート制御ができるってことよ、簡単に言うと……」

「オートとマニュアル!」

「そうです」

「いつまで経ってもアンドロイドを自立させられなかったからだね」リンが納得。


「そう。結局、高度な動きは人がリモートでコントロールした方が手っ取り早かったのね。その内に誰かが気が付いたの、このアンドロイド、自分の代わりが務まるぞって。それはまるでアバター(分身)だと」

「それでアバトロイドって呼んだのね」

「その通り。特に制御する人間に似せて作られたアンドロイドがアバトロイドって呼ばれたわけ」

「本人よりも美男、美女に作られているのが多いけどね」

「まあ、そうね。そんなアバトロイドは色々な分野に拡がって行ったのよ。ほとんど本人の代わりが務まるからね。リンはアバトロイドの価値や特徴を幾つ言えるかな?」

「えー、難しいよ」

「まずアバトロイドは文字通り自分のアバター(分身)として、代理の行動をしてくれるという意味で価値があるよね。他には?」


 リンは上の方に視線をやりながら必死に頭を回転させた。


「本人は部屋の中でくつろぎながらアバターをコントロールするだけでいいよね。楽」

「そうね。パイロットはそこにいるかのように見聞きできるから操作がしやすい」

「アバターを通じて会話もできるよね」

「そう。すごいのは触感もわかるし匂いや味もわかるところかな」

「私は嗅覚機能はオフにしてるよ」

「そうね。女性はそうしている人が多いかな。リン、あの湖のところに降りて歩こうよ。花がたくさん咲いてるよ」

「うん。そうしよう」


 二人は湖のほとりでスライダーを止めた。スライダーはコンパクトに折りたたまれ、スーツケース(なんと自走する!)のようになった。二人の後ろを少しだけ浮いてついてくる。

 湖は静かにさざ波に揺れて空の青色を反射していた。二人は傍らに花の咲く小道を並んで歩きだした。


「アバターは最初、簡単な仕事や医療ケアなどに使われたのね。それから色々応用が始まった」

「テレビやネットにもたくさん出ているし、コンサートとかイベントにも良くいるよね」

「本人が会場に行かなくて済むからね」

「本人よりアバターの方がカッコよかったりするし」

「そうね」二人は笑った。


「エミーは養成所入る時、アイドルもやっていたんじゃなかったっけ?」

「少しね。売れないアイドル……」

「アバターを思いっきり可愛くすれば良かったんじゃない?」

「それじゃ、詐欺でしょ。あんまり変えたら私が表に出た時に、『あなた誰?』って言われるよ」

「はは。そっか」

「エミーはどうして養成所に入ったの?」

「スカウトされたのよ。あなたのお母さんに」

「サラに?」

「そう。ここの訓練生の多くがサラのスカウトよ」

「ヘー、知らなかった」

「順を追って説明するね。さっき、アバトロイドは仕事とかに使われるようになったって言ったけど、その内、高度な仕事にも活用され始めたのね。警察、災害対応、軍事利用なんかにね。高性能のアバトロイドが開発されていったのよ」

「ふーん」

「あなたのアバターも私達のも高性能アバトロイドよ」

「まあ、一般の人達が持っているのとは違うとは思っていたけど」


 アバトロイドの制御は、透明なメガネと手足に特殊な装置を装着して行うが、高度用途のアバトロイドで重要なのは指先に設置されるコントローラである。簡易コントローラでも両手十本の指を使ってあらゆる制御を行う。屋内など落ち着いたところでは飛行機のような操縦かんにエアパネル状のコントローラが付いていて制御する。


「高度用途の使用者がパイロットと呼ばれているの」

「パイロットはわかる。私もそうだし」

「昔のパイロットはその道のプロの大人がほとんどだったのね」

「おやじ達? 無理じゃない?」

「そう。どうも彼らは指の動きが鈍い。練習しても今一つだったの」

「仕方ないんじゃない」

「で、必然性から次第に高校生程度の若い人達がパイロットに抜擢されるようになったのよ」


 優秀なパイロットはウイザードと呼ばれる最高の資格を得ることができる。


「わかった。それがこの若手専門の養成所が作られた理由の一つね」

「そう。ちなみに作ろうって言ったのはサラ所長、あなたのお母さんよ」

「それは知っている。一番の理由もね」


 十年ほど前、元々女性若手パイロットのパイオニアだったサラ・マイヤーが世界各地から優秀な若者をウイザード候補生として集めるプロジェクトを開始してパイロット訓練所を開設した。訓練施設は元々ホテルだったものを改築して作られていた。その独特な形状から『鳥の巣』と呼ばれた。サラは特に適性の高い男女を鳥の巣に集め、2~3年の養成機関を経て優秀なパイロットを多数、輩出していった。


 二人は湖の歩道の途中にあるベンチに座った。しばらく湖を眺めていたらリンがポツリと話始めた。


「エミーさ、お母さんが養成所を作った一番の理由を知ってる?」

「え? 知らないけど」

「私には姉がいたんだよね。私は小さかったからあまり記憶は無いんだけど」

「え、本当?」

「アナっていう名前で、十年くらい前の爆破事件で死んじゃったの」

「爆破事件で亡くなった?」

「お母さんとアナがいたところに爆破テロがあって、崩れた建物のがれきの下にアナが閉じ込められたんだけど、当時のパイロットとアバターでは助けることができなかったみたい。それがきっかけで、養成所を作ったんだって」

「そうだったの……」

「同じような事があっても、今度は人を救出できるような優秀なパイロットとアバターをたくさん作りたいんだって」

「納得だわ。私もがんばらなくちゃ」エミーがうなずいた。


「特に災害救助は力を入れないとね。エミー行こうよ」リンは立ち上がった。


 サラが養成所を開設して十年が経ち、元々パイロットとしても優秀なクレイに続いて優秀なウイザード候補がちらほら現われ始めた。

 アレックスとカイルのスプリンガー兄弟、ミア・ブリッジズ、そして所長の娘リン・マイヤーである。なおこの時点ではエミー・サマーは優秀とは言えないが間もなく化ける。

 リンとエミーが再びスライダーをセットして帰る準備をしていると、リンが何かを見つけて見に行った。しゃがんでごそごそしている。


「リン、何かあったの?」


 リンが立ち上がって振り向いた。手に何か巻き付いている。


「子供のヘビ。可愛いよ、ほら」


 エミーの顔が真っ青になり、一瞬息を飲んだあと叫んだ。


「キャーッ」


 エミーはスライダーを放り投げて、逃げ出した。ヘビがとても苦手らしい。

 リンはポカンと口を開けたまま立っていた。


「変なの」


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