第15話 裁きの日2
「本当にそうでしょうか? グントラム少尉に、証言をしてもらうことにしましょう」
アデウスが目配せをすると、シュミット大尉が扉を開けに行った。
外に待機していたヴェルナー・フォン・グントラム少尉が、がっしりとした体躯のカール・フォン・シュヴァーフェン中尉に腕を掴まれ、部屋の中に入ってくる。
「さて……グントラム少尉。ここで証言をするにあたって、嘘偽りなく真実を述べることを神に誓うことができるか?」
「……は、はい……」
ヴェルナーは、この場にいる豪華すぎるメンバーに戸惑っている様子だ。
否……もしかすると、皇妃アデライードの鋭い眼光を見て恐れを抱いているのだろうか?
「よろしい。では、貴公に尋ねるとしよう……皇女殿下のお命を奪う計画の実行犯を探すため、貴公は暗殺ギルドに行き、この契約書にあるように手付金一万ゴールドをその場で支払った。これについて、何か申し開きはあるか?」
「……いえ、ございません」
あきらめきったように、ヴェルナーは項垂れて答える。
「では、その先を尋ねることにしよう。一万ゴールドを現金で支払い、その後の成功報酬の十万ゴールドを約束する、と契約書に記載されている。この金額はいずれも、貴公の収入から支払うにしては高額過ぎる。しかも、貴公には皇女殿下に恨みを抱く要素は微塵もない……恩義を感じることは多々あれど、な。今回の犯行は、単独で行ったものではないな?」
「……その通りでございます」
「では、貴公に今回の件を依頼した共犯者はこの部屋の中にいるか?」
その問いに、ヴェルナーは黙って頷いた。
「正直に言えば減刑されるが、言わねば計画犯として厳罰が下される。何せ、あの事件で皇女殿下は生死の境目をさまよわれたのだ」
「……本当ですか!?」
ヴェルナーは驚愕に目を見開いて、ユレニアの顔を窺った。
罪悪感が見え隠れしていることから、この青年には皇女を害する強い意図は薄いとユレニアは思った。
恐らく、皇妃に言われて仕方がなく手筈を整えただけなのではないか……。
「信じられないようだな。皇女殿下は、瀕死の重傷を負われたのだ。しかし、近隣に神聖力を持つ方がいらっしゃって、皇女殿下の意識を取り戻してくださった。そうでなければ、貴公は確実に処刑されていたところだ」
アデウスの言葉に、ヴェルナーは小さく「あぁ、神よ……」と呟いた。
しばしの沈黙の後に、彼はユレニアに頭を下げた。
「……皇女殿下、申し訳ございませんでした。私はそこまでの大事になるとは思いもせず、悪事に加担してしまいました……様々な恩恵を与えてくださった殿下のことを裏切る真似をしたことを、今は心から後悔しております」
ヴェルナーが心から反省しているのは、よくわかった。
ルドヴィカの配下の衛兵が、今回の事件の主犯格だということには衝撃を受けたが、何か弱みを握られてやむを得ずやったのだろう。
「グントラム少尉、顔を上げてください。あなたの気持ちは理解しました。今後、このようなことがないように、誰があなたにそうさせたのかを教えてくださいますか?」
「……ありがとうございます、皇女殿下」
ヴェルナーは顔を上げて、皆を見回して話を始めた。
「今回の不祥事の経緯を話すにあたっては、私の生い立ちから始めねばなりますまい。私はこの都の下町で孤児として育ちました。グントラム子爵家の籍に入ったのは、ある高貴な方に金で買われたから。ご自身の協力者として、私を近衛隊に入れる目的のためだったのです」
その言葉に、アデウス以外の者は驚きを露わにする。
「……近衛兵になるには、眉目秀麗な貴族子弟でなくてはならぬからな。その高貴な方が、貴公にさせたことは今回の事件の他に何かあるのか?」
アデウスはヴェルナーに問いかけた。
「何度かございます。しかし、失敗に終わりました」
「具体的には?」
「皇女殿下が召し上がる酒や食べ物の中に毒を混ぜたことが数回。乗馬に使う馬に、興奮させる薬剤を嗅がせて落馬事故を起こそうとしたこともあります」
それを聞いて、皇帝は深いため息をついた。
「……ルドヴィカの持つ神聖力が、毒を無毒化したのであろう?」
「さようでございます。毒については、皇女殿下は体内で浄化する能力をお持ちのようでした。ふつうであれば致死量に当たるほどの量を飲んだとしても、少し体調を崩される程度で……それで馬の事故を装うとされたのですが、それもゲーリング隊長が事前に察知して、皇女殿下の身を守られました」
それを聞いて、アデウスは苦笑する。
「そう……あのようなことが続けば、皇女殿下のお命を狙う者がいることは、新参者の私にもわかる」
「失敗が何度か続いたために、毒や薬物を使わない暗殺計画を企てることになりました。そのターゲットは、皇女殿下……そして、ゲーリング隊長です」
それを聞いて、ユレニアは目を丸くした。
ルドヴィカのことを邪魔だと思うのはわかるが、彼女を守る護衛騎士までを始末しようとするとは! なんと人の命を軽んじているのだろう?
「……なるほど。私は邪魔者だと思われたようだな」
「そういうことになります。皇女殿下に引き立てられ、忠誠を誓う騎士の中で最も清廉潔白……それが、ゲーリング隊長だったからです。おそらく、皇女殿下の暗殺が成功したとしても、あの方の今後に陰りを落とす存在になると思われたのではないでしょうか?」
そこまで言うと、ヴェルナーは皇妃のほうを一瞥した。
「ここまで聞いて、皆さんおわかりではないかと思います。私に皇女殿下の暗殺の命を下された方のことは……それは、アデライード皇妃殿下でございます」
名を出されると、きつく唇を噛みしめていた皇妃はヴェルナーを睨みつけた。
「……嘘をつくんじゃないわ。わたくしはあなたのことなど知らなくてよ」
「皇妃殿下はそうおっしゃるのではないかと思いました」
ヴェルナーは微笑んで、その強すぎる視線を受け止めた。
後ろを振り向き、カールから紙の束を受け取る。
「これが証拠でございます」
「……証拠、ですって?」
ヴェルナーは深く頷いた。
「そう……皇妃殿下は私に指令を下される時、侍女の一人にこっそり文を持たせて渡してきました。なるべく、皇女殿下の衛兵である私と親しい素振りをしたくないからでしょう」
紙の上に視線を落としながら、ヴェルナーは続ける。
「文については、内容を読んだらすぐ燃やすようにとのご指示でした。しかし、私も命が惜しいので念のためにすべてとっておきました」
「……あなた……!」
悔しそうに、皇妃は手にしていたハンカチをきつく握りしめた。
「私が宮廷に出仕し、最初の毒殺未遂事件を起こした二年前の記録から、すべての悪事の詳細な指示がここにございます……この紙の材質と筆跡を併せて確認いただければ、皇妃殿下が記されたものだとおわかりになるかと思います」
ヴェルナーはそれをマティウス裁判官に手渡した。
「これは、有力な物証でございますね」
感慨深そうに、裁判官はその紙に書かれた文字に視線を走らせた。
「皇妃殿下、これはどういたしましょう? 一枚ずつ読み上げさせていただきましょうか?」
「結構ですわ……!」
今にも泣き出しそうな皇妃は、悔しそうに叫んだ。
「さて、この場を簡易公判としたのは、被告が皇族の一員であられるためでございます。もし、今回の件が皇族以外の者の企てだとすれば、皇族暗殺未遂罪で処刑となりますが……皇帝陛下、今回の件の沙汰についてはいかがいたしましょう?」
「……困ったものだな」
皇帝は深いため息を漏らした。
「わしにとっては、皇女も皇妃も大事な家族である。皇妃に重刑を言い渡せば、皇子のマルクの将来が心配だ……」
さめざめと泣き始める皇妃を困ったように見てから、皇帝はユレニアに話しかけた。
「ルドヴィカ……お前はどうすれば満足だ? 意見を聞かせてもらおうじゃないか」
「……陛下。わたくしも陛下のご意見に賛同いたします。今、考えねばならないのは皇子の将来ですわ。それゆえ、重罪などもってのほか……皇妃殿下を離縁することについても反対いたします」
「そうか。では、病気療養で離宮に行かせるという程度で我慢してくれるか?」
「もちろんでございます。田舎の美しい景色の中で過ごされれば、皇妃殿下のお心も落ち着かれると思います。アカデミーの休暇には、皇子殿下が面会に行くこともできましょう。貴族たちも、何も疑いを持つことはないと思いますわ」
ユレニアが微笑むと、ようやくその場にいた者たちは安堵した面持ちになった。
「では、グントラム少尉についてはどうなさいますか?」
「彼はやむを得ない事情もあったでしょう。それに、十分に反省しています」
裁判官の問いかけに、ユレニアは落ち着いた様子で答える。
「今以上に、衛兵としての業務を遂行してもらえればわたくしは結構です。逆に彼が抜けてしまうと、皇女宮の守りが手薄になりますわ」
その寛大な言葉に、ヴェルナーは目を潤ませた。
「ありがとうございます、殿下……!誠心誠意、努めさせていただきます……!」
こうして、皇女暗殺未遂事件の簡易公判は幕を閉じたのだった。
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