八羽 折り紙のウサギ
一瞬意味が分からず、有毅は眉を寄せた。
「祭ったって、神様みたいに?」
「神様みたいにっていうか、神様にしたんだ。
有毅の持つ和紙を示して、隼は言った。
「神様を祭る一番大きな目的は、祟りや災いを鎮めてご利益に転じさせることだけど、特定の人物を神格化して祭れば名前と影響力を
「それで、
有毅が和紙の文字を読み上げると、言葉を詰まらせて隼は目をそらした。
「神号のセンスがないのは認める。でも仕方ないだろう。咄嗟のことだったんだから」
「ふーん」
得心がいって、有毅は改めて自分の顔の前に右手の平をかざして見た。数度、手を開閉して動きと感触を確かめる。
有毅の様子を窺うように、隼は少しだけ首を前に伸ばした。
「嫌だったか?」
有毅が気のない声を出したからか、隼の眉尻が不安げに下がる。有毅は苦笑して首を横に振り、かざしていた右手を下ろした。
「嫌とか、そういうことじゃない。ただ、やっぱり隼はすごいなって思っただけ。本当に隼はいっつも、信じられないことをやってのける。将来有望な後継者に恵まれて、
本心から有毅が言えば、隼は面食らった顔をした。若干照れたのか気まずそうに頬をかき、とり繕おうとするように咳払いして表情を改める。
「まともな道具も場所もなかったから、本当にできるか自信はなかったし、信者もおれしかいない状態だけど、有毅が消えてないってことは多分うまくいったんだよな。有毅は、なんか違う感じがしたりするか?」
「確かに、ちょっと違うかも。多分、できることが増えてる」
有毅が感覚で答えると、隼は意外そうにまばたきをした。
「例えば?」
「うーん、そうだなあ」
有毅は考えながら、名前の書かれた和紙を両手の平で挟むようにして、軽く皺を伸ばした。それを半分に折って中央を確かめ、両端を合わせ三角形にしていく。和紙をどんどん小さく折っていく有毅の手元を、隼は奇妙なものを見るように覗き込んだ。和紙はやがて、手の平に乗る大きさの、白いウサギになった。
「できた」
有毅が満足して宣言すれば、隼は呆れたように目をすがめた。
「こんな時に折り紙かよ」
げんなりする隼に向かって、有毅はつまみ上げた和紙のウサギを小さく揺すった。
「こんな時だからだよ。ぼくが折り紙をできる、っていうのがすごいんだ。ものに
つまんでいた折り紙ウサギを、有毅は手の平に置き直した。それを隼の顔の高さまで持ち上げてやる。思わずといった目つきで凝視する隼の鼻先で、ウサギが跳ねた。
「うわっ」
ひっくり返りそうになって後ろ手をついた隼に、有毅は笑い声をたてた。その間にも折り紙ウサギは数度跳ねて隼の頭へと飛び移り、紙製の耳をそよがせた。
「どうなってるんだ」
目を白黒させる隼に有毅はさらに笑って、折り紙ウサギを手の上に呼び戻した。
「これはぼくだ。隼が作ってくれた。お札のままじゃあ難しかったけど、これなら動ける」
「動けるったって……そういうつもりじゃなかったんだけどな」
「なかなかいい体だよ。身軽で便利だ」
有毅が上機嫌で言えば、隼は呆れ顔で体勢を起こして、膝に頬杖をついた。
「それならいいけど、さすがにここでウサギは冗談きつくないか」
「そうかな」
折り紙ウサギがまたぴょんと高く跳ねて地面に着地し、隼の周りを一周して有毅の手へと戻った。はしゃぐようにせわしなく跳ねまわる白い紙のウサギを、隼はしばらく黙って眺めた。
「なあ、有毅」
「ん?」
「ウサギと言えばなんだけど」
声色の変化を察して、有毅は目線を折り紙ウサギから隼へと戻した。隼は変わらず、折り紙ウサギを見詰めていた。
「ツクヨミのところにいた白ウサギ。あれは……有理沙だったのか?」
隼の瞳に戸惑いが映るのを見て、有毅は手元に戻った折り紙ウサギを撫でた。
「うん。有理沙は月の国のものを食べたんだろうね。でも、隼のことが分かった。人だった時の記憶はまだ消えてないんだ。だからきっと、とり戻せる」
「そうか……」
低く呟いて、隼は沈黙した。しかしその瞳はまだ震えていて、彼がなにか迷っていることが見てとれる。有毅には、その迷いの正体に察しがついていた。
「隼が蹴飛ばした、もう一羽の白ウサギはぼくだ」
有毅の方から言えば、隼がはっと目を上げた。隼が動揺を現したので、有毅はかえって冷静になって淡々と続けられた。
「有理沙にもツクヨミにもユウキって呼ばれてただろう? ぼくなんだ、あれは」
隼は口を引き結んでいたが、有毅の発言に背を押される形で躊躇を振り払った。
「あれが本当に有毅なら、あの時どうしてあんなに怯えたんだ。消えそうになった原因っぽかったし、あの白ウサギも有毅を消したがってた」
記憶を辿るように言った隼に、有毅は首肯した。
「会うのはまずかったんだ。ぼくは――ドッペルゲンガーだから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます