第16話 与えられた信託

 ネビルとユクシーがイサークにともなわれてカダス商会の倉庫に現れた時、バレンシアが顔を赤くしてそっぽを向いたのを見て、アルフィンたちは苦笑したが、やってきた三人にはそれがなんのことか分からなかった。


「みんな、身体を楽にして話を聞いて欲しい」


 商会長が身体を楽にしろと言っても、はいそうですかと楽な姿勢を取れる従業員はいないだろう。バレンシアとアルフィンたちを除いて、皆畏まった様子でイサークの言葉に耳を傾けた。


「ある問題が解決するまで、ウチの商会でネビルさんたちパーティの面倒をみることになった。正しくは、一緒に共闘してもらうという形だ。全員、そのつもりで彼らの要望に全力で応えて欲しい」


 ハイという従業員たちの返事に反して、バレンシアは眉間にシワを寄せた。


「お父様、どういうことかしら?」

「バジュラムの災厄が深刻な事態を招くと判断した。そのためにお前は彼らと共闘を続けてもらうということだ」

「共闘……」


 ほぼパーティ単位で活動する賞金稼ぎたちがパーティの枠を超えて共闘を続けるということは異例の事態と言ってもいい。そもそも、大きな群れで活動することを苦手としている連中ばかりなのだから、長期間共闘するのも難しいというものだった。

 今回のバジュラムとの遭遇戦などのような緊急事態の時の場合、街に帰還するまでの間の共闘という流れはあり得るが、それを継続させるというのは異例のことだ。


「マイルズのような腕利きにも参加してもらいたかったが、残念なことに彼のパーティは壊滅状態だ。発掘ならまだしも戦うことを想定した場合、フォートレスが使えないパーティは足を引っ張ることになりかねない」

「ということで俺たちが仲良く共同戦線を張ることになったって訳だ。また、よろしく頼むな」

「なっ……なんでよ!」

「バジュラムの脅威が迫っているということで評議会も一致したのだ。話を総合するに、最悪、皇帝騎でも出てこぬ限りは容易に倒せない相手だ。今の弱帝が皇帝騎を駆るとは到底思えん」


 皇帝騎とは、エタニア帝国が保持する皇帝専用弩級フォートレスのヘクトリオンのことだった。体高一五メートルの人馬型であり、斬れぬ物はないと言われる巨大なポール・アックスを装備していた。

 かつてエタニア帝国の皇帝はそれを駆って親征し、島というには巨大すぎるエタニア島の統一を果たした。しかし、皇帝は度重なる暗殺によって若帝が玉座に座るようになり、バルクムント王国の独立を許してしまった。現在の皇帝ゲアハルト三世もわずか一二歳であり、フォートレスを駆って武人の先頭を切るような強権の持ち主ではない。

 エタニア帝国にとって、このケープ・シェルはかつての大陸侵攻計画時に作り出した橋頭堡でしかなく、見捨てたところでどうということはない植民都市だった。大人しく権力を持たない皇帝であれば、むざむざと兵士を死なせるより都市を放棄することを選ぶだろう。


「ケープ・シェルは独力でこの街を護らねばならん。分かるな、バレンシア」

「分かったわ……お父様」

「ということで、よろしいかな? 我々は持てる限りの資材を投入するつもりだ。よって、エスパダとグランディアは予算度外視の改造を施してもらいたい。資金繰りのすべては私が見よう」


 そのイサークの言葉でアルフィンの脳内では目まぐるしく数字が飛び交った。少なくとも高価で高出力のエーテル・ジェネレーターの搭載はできそうだ。

 エーテル・ジェネレーターの出力が上がれば、余剰出力でガンランスの射撃速度と威力を上げられる。


「少なくとも、次は傷ひとつつかないってことにはならずに済みそうね……」


 アルフィンはガリクソン、ランディと共にフォートレスの更なる改造に取り組みはじめた。

 残されたネビル、ユクシーそしてバレンシアはイサークに呼ばれ、用意されていた馬車に乗って別の場所へと連れて行かれることとなった。


「いったいどこへ行こうって言うのさ?」

「街の精霊殿だ」

「はぁ?」

「すでに話は通してある。ディーヴァが精霊と交信し、知り得る限りの情報を精霊からかき集めているはずだ」

「ディーヴァ……。じゃあ、さっきの野外劇場の歌劇も?」


 ユクシーの問いにイサークは真顔で頷いた。


「すべて無駄なことはしないのが私の主義だ」

「さようで……」

「歌劇形式で賛歌を歌えば、人の感情を得た精霊が我々の問いに答えてくれやすくなる。大衆にとっては娯楽かもしれないが、為政者にとってあれは娯楽ではなく儀式だ」


 馬車に揺られて一〇分ほどの距離に精霊殿は築かれている。巨大な石造建築の施設であり、赤と白のストライプの衣装をまとった儀仗兵が周囲を固めていた。


「誠に申し訳ございません。本日は一般の方は……ああ、これはイサーク様。失礼いたしました」


 儀仗兵の隊長が馬車を止めて入殿できないことを伝えてきたが、乗客の中にイサークの姿を認めると自らドアをあけて入殿を促した。


「すでにディーヴァの賛歌がはじまっております」

「うむ。ありがとう。失礼するよ」


 三人を引きつれてイサークは精霊殿に続く階段を登り、いくつものドアを抜けて大きなホールに続くドアを開いた。

 部屋の中はディーヴァが精霊に捧げる歌声で満ちあふれ、空気からして外と異なっていた。清浄な澄んだ空気といえばいいのだろうか? 祈りを受けた精霊たちの影響により、あらゆる一切の穢れが消え去っていた。


「こいつは……すげえ……」


 ホールの床は花で満たされていた。

 香の煙が立ちのぼり、時折、稲妻や火柱が空間から吹き出しては消えてゆく。

 そこには、当代一と言われる歌声を持つディーヴァのアレンシアが煌びやかな宝石と薄絹でできた衣装を身にまとい、激しいステップを踏みながらどうやって出しているのか分からない歌声を放っていた。

 黒く長い髪が踊り、対照的に白い指先が妖艶な動きを見せていく。

 やがて歌は終わり、憑かれたように踊っていたディーヴァはその場に崩れ落ちた。

 大勢の伝導師たちがディーヴァの元に駆け寄っていく。

 激しく荒い呼吸をしながら助け起こされたアレンシアは、虚ろな眼差しをユクシーへと向けた。


「炎の剣を……北のマイス遺跡に眠る炎の剣を探して……」


 それだけ告げるとディーバは意識を失い、グッタリと頭を落とした。

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