第6話 お茶会スタート
馬車に乗り三十分ほど走っただろうか、アルビダはこんな長時間馬車に乗ったことがないので、馬車の揺れでお尻が痛くなってきたようだ。
どうにか痛くないようにと、モゾモゾと腰を動かしていると、その様子に父が気付く。
「どうした? じっと座っていなさい」
父の口調はきつく、普通なら叱咤されたと思うだろう。
だが今のアルビダには心の声が聞こえる。
〝長時間馬車に乗るのは初めてだからな。アビィはお尻が痛いんじゃ。これでも一番乗り心地のいい最高級の馬車を用意したのだが……どうしたものか。痛がるアビィを見てられない〟
「はっ、はい」
お父様が心配してくれています。心の声が聞こえてこなければ、じっと座っていられない子だと叱られたと思っていたかもしれません。
ですが聞こえてくるお父様の声は、わたくしの体調を気遣ってくれている。
心配かけないように、背筋を伸ばしちゃんと座っていなければ。
アルビダがそう決意した瞬間。
体がふわりと浮いた。
「え?」
父がアルビダを抱き上げ自分の膝の上に乗せたのだ。
「この先は揺れが激しい。私の膝の上で我慢しなさい」
「……あっ、ありがとうございます」
〝アビィたんのお尻の痛みが、これで和らいでくれるといいのだが、どさくさに紛れて抱っこしてしまったが、嫌じゃないのかな。少しの間我慢しておくれ。アビィのお尻を守るためなんだ〟
父に初めて抱っこされ、その上に心の声が聞こえてくる。アルビダは冷静を装ってはいたが、内心は動揺しパニック寸前だった。それは父も同様で、冷静を装うのに必死である。
そんな二人を乗せた馬車はようやく、リンドール公爵邸に到着した。
「着いたようだな。では馬車から降りよう」
「はい」
〝束の間だったが、アビィを抱っこ出来て幸せだったな。大きくなったと思っていたが、まだまだ子供だな。私が守ってあげないと〟
はぁ〜、緊張しました。お父様に抱っこされたのは初めてでしたが、何だか嬉しかったです。
馬車から降りると、すぐに執事とメイドが迎えてくれ、お茶会の会場に案内される。
「今日は天気がいいので、庭園でお茶会を開催することになりました。美しいリンドウの花を見ながら、楽しんでくださいませ」
会場を案内してくれる執事が、にこやかに微笑みながら説明してくれる。
リンドール邸では庭の至る所でリンドウの花が美しく咲き誇っており、アルビダも目を奪われる。
「リンドウのお花、とても綺麗です」
「そうですか。ありがとうございます。私共が丹精込めて育てております」
お庭が青で埋め尽くされているみたいですわ。
あちこちで咲いているリンドウの花があまりにも圧巻で、アルビダはあちこちに目移りし、真っ直ぐに歩けない。
「アルビダ、キョロキョロしない。前を向きなさい」
「はい!」
しまった。あまりにも綺麗だから、顔をあちこちに向けてしまいました。お父様にお作法がちゃんと出来てないと、思われたかもしれません。
〝リンドウの花が美しいのは分かるが、前を見て歩かないと何かに躓いてアビィたんが転けて痛い思いをしてしまうことが心配だ〟
———!! わたくしのことを心配して、注意してくれたのですね。
「お父様……心配していただきありがとうございます」
「えっ!?」
アルビダは嬉しくて、瞳を潤ませながら父の目を見つめ、そっと手を握りしめた。
「これで転ぶ心配はないですね」
「あっ……そそっ、そうだな」
〝あれ!? 思ってたことを言ってた?〟
父マティアスは耳を赤くしながらも、アルビダの手を握り返すと、手を繋ぎながら廊下を歩いていく。
「ここが会場になります」
案内にされたお茶会の会場はぐるりとリンドウの花が周囲を囲っており、それはそれは美しかった。
すでにもうたくさんの人が集まっており会場は賑わっていた。
「うわぁ……」
こんにすごい人の中にわたくし、混ざってお友達を作るなんてできるのでしょうか?
こんなに多くては、誰にどう話しかけていいのかも分かりません。
人の多さに圧倒されアルビダが固まっていると、父がアルビダの頭に手を乗せた。
「大丈夫、じきになれるさ」
「はい。頑張ります」
〝無理に頑張らなくてもいいんだよ? アビィが楽しんでくれる事が一番なんだからな〟
……お父様。
アルビダが父の心の声に感動していたら、こちらに向かって前から歩いてくる男性と少年が目に入る。
「おおっ、イングリットバークマン公爵。いらしてくれたのですね」
「リンドール公爵、ご無沙汰しております。妻の葬儀以来ですな、あの時はありがとうございました」
「いえいえ。お辛かったでしょうに。こちらのお嬢様が噂の……」
イングリットバークマン公爵が父の横に立つアルビダをチラリと見る。
あっ、挨拶しないと。
「初めまして、アルビダ・イングリットバークマンですわ」
アルビダは華麗なカーテシーを披露し、挨拶をする。
「おおっ、可愛いねぇ。うちの息子と同い年くらいですかな?」
「アルビダは十歳になったところですので、一つしたかと」
父たちの話題は、リンドール公爵の横に立つ少年に。
「初めまして、ジェイデン・リンドールです」
少年は父とアルビダに向かってお辞儀をする。
—————この方がジェイデン様! 妖精さんたちに近寄るなと言われてた人
「ジェイデンの二つ下に、ジュリアという妹がいるのだが、今……病で伏せっていてね。本来ならジュリアにお茶会のエスコートさせたかったのだが……」
「今日は僕がエスコートしますね」
そう言ってジェイデンが手を差し出してきた。
アルビダはその手を恐る恐る握り返す。
「よろしくお願いいたします」
どうしましょう! 近寄るなって言われてたのに。一緒にいる事になってしまいましたわ!
妖精さん、ロビン、わたくしどうしたらいいのでしょう。
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