●間話――絡み合う思惑②


ライカリア皇宮の一室。沈黙が室内を満たす。


例によって、リ・シムレイテ皇帝はソファでだらしなく手足を伸ばし、あくびをする。

渋い顔で椅子に掛けるケッテニー宰相。

ニルケ第一皇妃とナニア皇女は緊張した面持ちで手を繋ぎ合う。

ウズマン第一皇子は腕を組んで渋い顔。

セララ第二皇妃は何か凄い笑顔を浮かべて、顎に手をやる。

サイシェ第二皇子は生真面目に口を一直線に引き結ぶ。

タオはぶすっと不機嫌な顔で、そっぽを向いて膝を組んでる。


「なあ、ケッテニー、用があるなら早く済まそうよ」

我慢できなくなって、リ・シムレイテ皇帝が口火を切った。

「あー、つまり、その、色々あって、今、正当な皇子としてはウズマン殿下、サイシェ殿下、タオ殿下のみとなりました」

びしっと緊張感が空気を走る。

「ああ、ライカリア伝統の後継者生き残り戦だね。朕は何だか生き残ってしまってね。あげくに、このざまだ」KYな皇帝は退っ引きならない事を言う。

「私はつまらん事で死ぬのはまっぴらだ。と言って後継者になるつもりもない。勝手に殺し合ってくれ」タオが冷たい声でそう言った。

「そうはいかんぞ、タオ。後継者になるつもりが無いなら、妾の手で葬ってやるが?」セララ皇妃が物騒な事を言う。

ニルケ皇妃とナニア皇女がひっ!と小さな悲鳴を上げる。

「母上」嗜めるようにサイシェ皇子が母の肩に手を置く。

「戯れ言じゃ」と言ってセララ皇妃はにやりと笑う。

――いや、十分、本気でしょ。

ケッテニー宰相は腹に言葉を呑み込む。本当にこの人達は扱いにくい。


「先日の陛下のお言葉を覚えておいでかな?『運命が選んだのはそちか』とタオ殿下におっしゃった」

「言ったか?そんな事」とぼけるリ・シムレイテ。

「言いましたよ、惚けたんですか?あなたは」遠慮の無いケッテニー。

「色惚けはいつもの事じゃ。嫌いじゃ無いがの」セララ皇妃は容赦が無い。

「セララ、陛下にその言い様は!」ニルケ皇妃が憤る。

「ふふ、戯れ言じゃ」セララ皇妃は軽くスルーする。

「待って下さい、話はこれからなんで」ケッテニーが慌てて止める。


「もう、ずばり言いましょう。あのお言葉はタオ殿下を皇位継承者と認めた、そう取れるんですが?」宰相がゆっくり言葉を紡ぐ。

「断る」タオが即座に言う。

「そう急ぐ事もなかろうに」リ・シムレイテはため息をつく。

「そうよの。じゃで、最後の生き残りが決まるまで、分からぬ物じゃ」

セララ皇妃が獰猛な笑顔で言う。

「生き残れないのは貴女かも知れませんわ」ニルケ皇妃が返す。

「覚悟の上じゃ。嫁いだ時からな」

「不毛だと思わないんですか?殺し合って残った者が帝位に就くなんて」

タオがうんざりした口調で言う。

「そういう方法でしか、運命の加護を受けられない。帝国の宿命だよ」

ウズマン殿下が静かに言った。

「そういう呪いを掛けた初代皇帝を恨むんだね。運命の加護が無ければ帝国は滅ぶらしいから」リ・シムレイテがけだるそうに後を受ける。

「だから宰相、まだ何も決まっていないのでしょう?」

ニルケ皇妃が尋ねる。

「いや、運命が選んだのがタオ殿下で決まりなら、これ以上血を流す必要は無いだろうと愚考致しますが」

そう言ってケッテニー宰相は一人一人に視線を巡らす。

「父上が何となく漏らしただけで根拠は無いぞ」ウズマン殿下が吐き捨てる。

「七代皇帝はそうして選ばれたが、王国との戦役で死亡、一人残された皇弟が八代皇帝になった。十二代皇帝も疫病で死亡。この時は数十万の民が死んだ。そして一人残された皇弟が十三代皇帝になった」サイシェ殿下が重い口を開く。


「だが、二人だけ皇帝にならず生き残った皇子がいる。皇籍を抜けて領主の入り婿に入った者だ」タオが静かに言う。

「なに!そんな記録どにもありませんぞ!」ケッテニーが驚愕の声を上げる。

「皇籍を抜けた段階で記録は全て自動的に抹消される。運命の力でね」

「しかし、どこからそのような」

「ゾラだよ。父上の知識を読んだのさ」


「陛下あ、そんな大事な事を!」ケッテニーが叫んだ。

「皇帝だけに伝えられる秘密でね。お前達もすぐ忘れる。それが運命の力」

リ・シムレイテは皮肉っぽく笑った。


「というわけで、宰相、マンレオタに結婚の申し込みを頼む。相手はシャニナリーア」

「なっ!まだ六歳の子供じゃありませんか!しかも半魔人」

「ゾラと仲が良いのはあの子だけだし。それに子供と侮るなよ」

そこでタオは初めて笑顔を見せて、

「ま、可愛いがな。入り婿だぞ、間違えるな」

ケッテニー宰相は盛大にため息をついた。


「いずれにせよ、もう二度とここに来る事は無い。最後に父上の元気な顔が見られて良かったよ」

タオは立ち上がり、早足で室外に出る。

ケッテニー宰相はもう一度、盛大にため息をついた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ライカリア帝国とツツ連合王国の境にある街。

その旅館の一室でラムリア・サシャルリンとアイン・サンデニが向かい合っていた。

「その方、見覚えがあるな。サンデニ王国の王子だったか。それがなぜ帝国の使者を?」

「ギヨンに追い出されましてね。今はしがない商人の秘書です。だから帝国の使者という訳じゃありませんよ」

「ほう、ではどういう役回りじゃ?」

「両方の事情に詳しい立場なんで、仲介役を頼まれまして」

「王国に含む所があるのではないか?帝国の参謀をやっているとも聞いたが」

「いやいや、冷や飯食いの第四王子でしたからね。却ってさっぱりしました。遺恨も何もありません。今は好き勝手やらせて貰ってます。帝国の顧問をやったのは面白そうだったからで」笑顔一杯のアイン。


不意にラムリアが不気味に微笑むと、猛烈な威圧をアインに向けた。

「ちょ……や、止めてくれませんか?」

前のめりになって苦しむアイン。どっと脂汗を吹き出す。

「ふむ。他意は無さそうじゃな」ラムリアは威圧を止める。

「うう、ひどいです。心臓止まるかと……」

「はは、許せ。大事を取って確かめさせて貰った」

涼しい顔のラムリア。アインはしばらく息を整えた。


「単刀直入に言ってですね、王国はどこまで譲歩できます?」

「ヨルドの勝手な侵攻から始まったのじゃ。ヨルド領は手放さねばなるまいの。ヨルドの首は好きなようにするが良い」

「当然、帝国から賠償金の要求はありますよね?」

ラムリアは顔を顰める。

「こちらの落ち度じゃ。幾ばくかはやむを得んのう。じゃが、他に二領を帝国に譲る事で無しにはできぬかの」

ラムリアの上げた領名を聞いて、アインはにやりとする。

サシャルリンの対抗勢力だ。さすがに抜け目ない。

「それで帝国は引いてくれますかね?」

「足りぬかの」

「漁業権はどうです?国境周辺の漁場を共同水域にする」

「ほう。それ程の価値があるものか?」

「サシャルリンは内陸国ですから分かりにくいかも知れませんが、商売としてはなかなかの物ですよ」

「領主の説得が面倒じゃな」

「そこの領主も結局、帝国領に侵攻してますよね」

「うーむ」

「そこは陛下にお任せするとして、捕虜返還はできますか?奴隷に売却してると難しいかも知れませんが」

「それは調べてみよう」


それから二刻ほど、細かい数字を突き詰め、三通りほどの講和案をまとめた。

アインがその場を去りぎわに一言。

「そうそう、失伝したはずの精神魔法の使い手が居るそうですよ。解除は治癒魔法だそうです」

その飄々とした後ろ姿を見送って、ラムリアは吐息をつく。


「居るか?」視線を動かさず、そう呟く。

「は」どこからともなく、返答があった。

「こちへ」

ラムリアが命じると、忍び装束の影が前に跪く。

そこへいきなり、ラムリアが治癒魔法を浴びせた。

「がああっ!」

影が激しく痙攣し、やがて静かになる。

「ふ。そういう事か。気分はどうじゃ?」

ラムリアは静かに声を掛ける。

「霧が晴れた心地にございます。不始末、申し訳もございません」

「良い。影の者全てに治癒魔法を施してやるが良い。その上で、この罠を仕掛けた者、必ず捕らえるのじゃ」

「は。命に賭けて。この屈辱晴らして見せまする」

影がゆらりと消える。


ラムリアは瞑目したまま呟いた。

「ギヨンも大きい魚を逃したものじゃ」

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