第十二話 工房の里
それから三日ほど山沿いに移動した。女子供も居るため、歩みは遅い。既に隣の領に入ってるけど、目的地ははるか遠い。
父様やカーサ母様の無事は空間把握で確認した。
領民を連れて西に移動している。殿にタークの一隊を配置して、王国軍を抑えている。通常の部隊だとタークの攻撃力と結界には歯が立たない。さすが、父様達。
すぐに、
野営している所へ、走竜にまたがった十人ほどが山の方から近づいてきた。
「リーア様!」ハミ・カッシャの声だった。
『呼び珠』を辿って来てくれたんだ。走竜を降りると一斉に跪く。
「良く来てくれたわね。嬉しいわ。でも、そんな風にしないで」
でも、二年会わないうちにハミは随分大人びてきたな。胸の膨らみはかなり目立つし。
何より表情がとても落ち着いた感じで、ある意味、貫禄を帯びてきたように思う。
美少女とか可愛いとかじゃなくて、そう、お姉様だ。
凄く頼れるお姉様って雰囲気を纏ってる。
「リーアさん、この人達は?」イワーニャ母様が当然の疑問を投げかける。
「あたしの知り合いです。とても頼りになるわ」
「ハミ・カッシャと申します。リーア様は我らの命の恩人。マンレオタの事情は承知しております。微力ながら警護させて頂きます」ハミがイワーニャ母様に挨拶する。
そして、イワーニャ母様の後ろに居る
「私はイワーニャ・マンレオタ。とても心強いわ」
イワーニャ母様はそれには気づかず、手を差し伸べる。
と、ハミとムイ・トートズイの目が合った。
ムイ・トートズイが二、三歩下がって少し腰を落とす。厳しい表情。
「久しいな、ムイ。警戒せずとも良い。今、里はわたいが治めている」
ハミがムイに笑顔を向けた。
ムイは警戒を解いて姿勢を直す。
「知り合いなんですか?」
二人は曖昧な笑みを浮かべる。そうか、ここは空気を読んで話題を変えよう。
その夜は
ムイとパンはお役目としてサンデニ王国に出向いていたそうだ。
本来、ギヨンの反乱で王族が討たれた以上、里に帰るべきだった。それを守らなかった以上、厳しい制裁が待っている。ハミが里長になるまでは。
「でも、あたしはアイン様に付いて行くって決めたから……」
ムイがちょっと顔を赤らめて小さな声で言う。へー、そうなんだ、ふっふっふ。
「構わないよ。里の秘密さえ守ってくれたら。それがわたいの方針だ。でも、時々は繋ぎを取ってくれよ」
「里長、ありがとうございます」ムイが頭を下げた。
ハミ達はリーアのあたしと分かれた後、大陸に散っている仲間と連絡を取り合い、一年後、里を襲って裏切り者を討ち取ったそうだ。そして今はハミが里長を務め、ワガルおじさんが補佐をしているらしい。そう言えばワガルおじさんの姿が見えないな。里長のハミが出張っている以上、補佐として里に残っているのか。ハミは若いのに大したものだ。
それより、ゾラだ。
飛竜に乗らずして何が異世界転生か。これは絶対譲れないんだから。
お願い波状攻撃の末やっと願いが叶い、翌日の偵察の時、同乗する事になった。
タークに乗る時の革鎧を着て、「さあ、乗せろ」と迫ったのが効いたかな。キラリン攻撃は全然ダメだった。ちなみに、
飛竜の背中にしつらえてある鞍はバケットシートみたいだった。あの毛並みに触れないのは残念だけど、ただ座っているだけって訳にはいかない。空で吹っ飛びたくないもん。タオ兄ちゃんの膝に座り、ベルトをかける。意外に居心地が良い。カーサ母様の次にね。
飛びあがる時は、ゾラのたくましい足で地面をキックするので、ぐいんと加重がかかる。それからばさっと羽音がして空に舞う。ゾラは空が好きだ。楽しげな感情が頭に流れ込む。
ゾラとタオ兄ちゃんは思念伝達で細かいやり取りをする。それは
ぐいぐい上昇する。ゾラの翼が力強く羽ばたく。その翼に強力な魔力が纏っているのを感じた。そして
『しゃにハ見カケ通リノ人間デハ無イナ』それを察したゾラがあたしに語りかける。
「半分魔人だもの」妥当な主張でしょ?
『フフ、今ハソウシテオコウ』
はるか眼下に山並みが広がる。今の目的は偵察だ。
紋章はヨルド家じゃないけど、ツツ連合王国のものだ。動きが無い所をみると、特に帝国に侵攻しようとしている訳じゃ無いみたい。それがいくつも展開してる。何かを、そう、
皆のところへ戻ると、相談になった。
「私の実家に戻るのは無理そうね」イワーニャ母様が残念そうに言う。
「私たちは商人なので、何とでも言い抜けはできるが……」
マッシュはあたし達を見て口をつぐんだ。そうよね。あたし達はどう見ても商人には見えない。
徴税官達なら服を替え、帝国の紋章を外せば見えなくも無いけど。
さて、
「帝国側は王国軍が押さえているとなると、反対の山側へ向かうしかないわね」
「王国へ向かうんですか?」
「いえ。山沿いに王国とクヌート共和国の間を抜けるのが良いと思うの」
「確かに、そこは無人地帯だ。しかし、険しいぞ。女子供は大丈夫か?」
「タオ様、あたしを飛竜に乗せてくれませんか?手頃な避難先が見つかったら、あたしが皆を魔法で運びます」
「その方向なら我らしか知らない谷がある。良ければそこに案内しよう」ハミが申し出る。
「良いだろう。私もここで別れた方が良い。商人には見えないからな」
タオ兄ちゃんはあっさり承諾した。ゾラは大きいから三人乗っても大丈夫なんだろうな。
「私らも別れた方が良いな。サンデニ王国軍と鉢合わせすると面倒な事になる」
アインがマッシュに向かって言った。
「やむを得んか。アイン達は役に立つんで惜しいんだが」マッシュが唸る。
「サンデニ王国と何かあったんですか?」イワーニャ母様が聞いた。
「これでも私、サンデニ王国の元王子でしてね。追われてるんです」
アインがギヨン筆頭公事の謀反について、経緯を説明する。
うわー、皇子様と元王子様が一緒だって。まあ、二人とも全然らしくないんだけど。
話はそれでまとまった。
商隊はマンレオタ一行の避難が終わったら、元のルートに向かって出発する事にした。
さて、
ハミは背もたれに掴まって膝立ちになる。魔人のハミはそれで大丈夫なんだそうだ。
ゾラが空を舞う。
ハミが指さす方向に向かって全速力で飛ぶ。タークの全速力より早いかも知れない。ほとんど羽ばたいてないから、魔力で突き進んでるんだろうな。
それでも一昼夜飛び続けてやっと目的地に着いた。歩いてだと何日もかかっただろうな。
見渡す限りの山塊の中、深く切り込んだ谷間に一筋、川の流れが見える。川の両側はそこそこ広い平地になっていて、草や背の低い灌木が生い茂っている。水は近くにあるし、当面すごすには問題なさそう。
「もう、驚き疲れたわ。目的地に行ってきたの?」
「ええ、皆を集めて下さい。一旦、工房の中に皆を転移させます」
皆が揃うまでの間、リーアの
ハミと相談の上、『呼び珠』をマッシュに渡す。アジャ商会の面々とはこれからも縁を持ち続けていたい。
「またどこかで会いましょう」
「当分、大陸内地は危険そうだから、海側を廻る事になりそうだけどね。落ち着いたらまたマンレオタにも立ち寄るよ」マッシュはそう言って手を振った。
工房は川岸の小高い所を選び、整地した所へ転移させた。
当面は寝起きもここだ。
館から持って来た物資も工房に転移させた。調理は中でする訳にはいかないので、外に竈を作り、繁みから枝を切り出し、編んで屋根にする。
ハミ達は狩りをして獲物を持って来てくれた。
二、三日は呆然としていた皆も、やがて思い思いにタークの組み立てに掛かる。やっぱり職人なんだな。
工房が動き始めると、別に生活の場が必要になった。森は少し離れた所にしか無いので、木材の調達なんかが難しい。
館に転移した
館内だけでなく、街を埋めていた軍勢も見当たらない。撤退したのかな?
辺りを探索してみる。
道ばたのあちこちに兜や鎧、剣などが転がって居る。
そしてみつけた。魔物。瘴気を撒き散らしながら通りをのっそりと移動していく。
何でこんな所に魔物?
そう言えば、魔物が異常発生したって言ってた。
ターク騎士隊が居ない今、ギヌアードからあふれ出ているんだ。
王国の軍勢は逃げ出したか、全滅したか。
何かとんでもない状況になってるみたい。
あたし達は結局、そのまま山間の谷川の岸辺で過ごす事にした。
その内、その場所は誰と無く『工房の里』と呼ぶようになる。
ハミ達の諜報網によると、ツツ連合王国とライカリア帝国は完全に交戦状態に陥っていて、国境周辺は混戦状態らしい。その上、ギヌアードから溢れた魔物達が各地で暴れている。イワーニャ母様の実家、トワンティ公の領土にはたどり着けそうも無い。ましてや帝都など遙か彼方。
父様とカーサ母様は無事、トワンティ公の領土にたどり着いたらしい。それはそれでほっとする。でも、マンレオタに戻る算段は無い。
「微力を尽くします。しかし……」
「なに?」
「王国はロダ・バクミンだけでなく、リーア様も目的らしいのでお気をつけ下さい」
「は?何であたし?」
ロダ・バクミンは分かるけど、何で
館で空間魔法を見せたので欲しがってるのかな?工房も転移させちゃったし。
「理由は分かりませんが、王国だけで無く、帝国の領主にもリーア様を狙っている者がいるかと」
帝国の領主?
この場所は王国も帝国も共和国にすら知られない、本当に辺境らしいから、安全と言えば一番安全って言える。そして、館にあった物資はがっつり疑似空間にぶっ込んである。あたしたちの人数なら五年位はビクともしないんじゃないかな?
でも、それまでに父様やカーサ母様は絶対マンレオタを取り戻してくれる。
あたし達はそれを待ってれば良いんだ。あたしは信じる!
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