第五話 ホムンクルス


カーサ母様とのドライブのおかげで、領内はほとんど訪れる事が出来た。

これは空間把握の重要なポイントなの。行ったり見たりした事の無い場所は、あたしが現在いる場所から半径四キロメートル程度の範囲しか認識できない。

タークで出かける事で、空間把握の範囲をほぼ領内全域に広げる事が出来た。そして空間把握出来る範囲なら、疑似空間との接続もできるんだ。だからやろうと思えば、マンレオタ領内ならどこでもドア出来るはず。


でも、あたしは試してみるのを滅茶苦茶ためらってる。アクシャナの記憶があるのに。

ちょっとした物なら疑似空間との出し入れは試してみた。積み木とか、コップとか。

でも、あたし自身というと、アクシャナの記憶があっても疑似空間はかなり怖い。無重力だし、灯りも無い。間違えて空気の無い疑似空間に入ってしまうと……うわ!考えたくないよう…


それに、この幼い体一人でぽつんとどこかに現れて、こないだみたいなムサイ親父共に襲われたら?あたしはよちよち歩きの幼女。あの時はカーサ母様が居たから良かったけど、不意打ちでも喰らったらどうしようもない。

それにマンレオタの領主のお嬢様が突然消えたり、現れたりした所を誰かに見られたら?それはもう、とんでもない騒ぎになるに決まってる。

そして空間魔法自体の強力さ。これは知られるとおそらくまずい。

アクシャナの世代でも一人しか使えず、魔王と刺し違える事すら出来た。

この世界でも多分、他には無い。欲深な人間が知れば何とか手に入れようと画策するに違いない。欲深で無くても利用したい輩はわんさかだろう。

カーサ母様、父様、そしてイワーニャ母様には知られてもその心配は無いだろう。ただ、この体では色々説明するには荷が重い。もう少し言葉をきちんと扱えるようになった頃が良いと思う。


何か方法は無いかとアクシャナの記憶を探ってみる……………………。

あった!


魔力補填用のホムンクルス。疑似空間に十三体。保存培養液の中に浮かんでる。無重力の中、表面張力で丸くなった液体の中でふわふわと。

ホムンクルスの用途は魔力補填用だけじゃ無い。言わば使い魔とか式神のように、指示をすればその通りに動く。日常の身の回りの世話とか、魔王との戦いの時の防御とか、いくつか必要な術式を無意識下に焼き付けてあって、魔法も使える。

これはアクシャナが作ったんじゃ無くて、他の魔道士が作って皆に分け与えたものだ。最初は二体だけ貰ったんだけど、他の魔道士が死んで、割り当てが余った分を次々に分与されて増えたみたいだ。その時、色々カスタマイズされてる。それだけアクシャナは重要な存在だったんだな。


その焼き付けられた術式の内のひとつに、意識結合の魔法がある。ホムンクルスに命令すれば、魔法であたしの意識をホムンクルスと結合できる。

すると、あたしがホムンクルスに憑依したように操れるんだ。あたし自身は空間魔法以外は使えない。でもホムンクルスを通せば、焼き付けてある術式が使える。もちろん、空間魔法も。

これ、使えるんじゃね?意識結合の魔法。


ある夜中、目が覚めたとき、あたしは決めた。

隣でカーサ母様があたしを抱いてぐっすり寝てる。ああー、母様の腕が暖かくて、柔らかくて、もの凄く幸せなんだけど。

でもっ!

そっと腕をどかして――ん、ちょっと重かったけど――寝台からよっこらしょと降りる。ドアを開け、階段を手すりにすがりながら降りる。一階廊下の窓を開ける。幼女のあたしの指でも何とかなった。半分魔人だからね。

とてん、と窓の外に降りて、というか半分落ちて、誰にも知られ無さそうな場所を空間把握で探す。とてとて、としか動けないあたしの体が情けない。

夜空には二つの月、アミタとノギが輝いている。これを見ると、ああ、ここは異世界なんだなと実感する。その月明かりの下、館の傍らの誰も使っていない小屋に忍び込む。灯りを付ける。

しばらく覚悟を決めるため、目をつむって息を整える。


ホムンクルスの一体に意識を向け、小屋の地面に転送するように、とても長い術式を一瞬で思い浮かべる。


あたしの目の前にその体は横たわった。二十代位に見える女性。頭髪はくすんだ長い赤毛。顔立ちは整っている。ちょっと日本人離れしてるけど、西洋人には見えない。アーリア系に近いかな?長いまつげが閉じた目を覆う。ぷるんとした唇。豊かな胸にくびれた腰。すらりとした長い足。

セクシーじゃん!とてもホムンクルスとは思えないな、と思ってアクシャナの記憶の一部に気づいた。

そうか、ホムンクルスは男の相手をするためにも作られたんだ。本物の女生と寸分違わず。アクシャナは魔法一途のため、そういう事には疎いから気づいてない。

でも、前世のあたしの記憶がアクシャナの記憶を元にそう確信する。元男だった事もあるあたしは、何とも言えない複雑な気持ちになった。

このタイプのホムンクルスは三体。つまり、ニーズを満たした余りがアクシャナに与えられたんだな。その世代って結構詰んでたみたいね。他のホムンクルスは実用一点張りだ。見かけは人型ですら無いのもある。


あたしはアクシャナの記憶に従って、ホムンクルスに魔力を流しながら命令する。

「起きなさい。そして従いなさい」

「受諾」ホムンクルスが返し、目を開ける。

「意識結合。対象はあたし」

「術式実行」

ホムンクルスはあたしを見て、無詠唱で魔法を発動する。


……不思議な感じ。


アクシャナの記憶にはあったけど、実際にこの体で体験するのはまた別だ。

ホムンクルスを通してあたし自身を見る。同時にあたしもホムンクルスを見る。

ホムンクルス側のあたしが体を起こす。それを見ている幼女のあたし。

これ、どう表現すれば良いんだろう?一人のあたしが、お互いに別々のあたしとして見つめ合ってる。

うーん、近い感じで言えば、右手と左手。それぞれ、同時に違うように動かしても、ちゃんと自分の意志通りに動くし、感じるでしょ?。


自分で言うのもなんだけど、こうして見ると、幼女のあたしって結構可愛い。くりんくりんの黒髪の下にぱっちりお目々。

でも、瞳孔が赤く縦長に光ってる所は少し妖しいかも。

ふっくっらしたほっぺた。ちょっと受け口のおちょぼ口。服から覗く四肢はぷくっとして柔らかそう。

ホムンクルスのあたしが手を伸ばして、幼女のあたしの頬や手足を撫でていく。自分で自分を撫でているんだけど、撫でられている感、半端ない。そして、幼女の腕の感触がぷよぷよ…。


幼女のあたしもホムンクルスを触った。弾力のある肌があたしの指をはじき返す。そして、同時に小さい手で肌をまさぐられていく感じ。

柔らかいおっぱいに触ると、幼女のあたしは本能的に吸い付いた。ちょっとくすぐったい。当たり前だけど、お乳は出ない。

「ふふ」幼女のあたしとホムンクルスのあたしが同時に笑った。


ホムンクルスの体は培養液に浸かっていた筈なのに、どこも濡れていない。きっちり体の部分だけ転送されるみたいだ。気を付けないと、衣服置き去りで転送、って事になりかねない。

そうだ。ホムンクルスは裸のままだった。何か着ないと。


あたしはアクシャナの身の回り品をしまってある疑似空間を探す。あった。

そこから革製のトランクみたいなのをひとつ転送する。中の衣服の保存状態は良いみたい。トランクからは何か魔力を感じるので、衣類が傷まないような魔法がかかっているのかも知れない。

そこから1枚の穴あきの布を選ぶ。生地は上等な木綿らしく、肌触りは良い。布の端や穴の縁はきれいにかがってあり、刺繍も施されている。頭を穴に通し、前後に垂らした布の左右を重ねるようにして幅広の帯で締める。貫頭衣の一種だね。幅広の帯は胸高に締めてブラジャーみたいな役割をさせるみたいだ。これで膝丈の袖なしワンピースを着ているように見える。サンダルのような物があったので、それを履く。


とりあえずは、幼女のあたしが寝床に居ないと、騒ぎになるかもしれないので戻る事にした。

ホムンクルスのあたしは幼女のあたしを抱きかかえて、窓に返す。あたしは窓を閉めて、階段をよっこらしょ、と登り、部屋へ戻る。とことこベッドをよじ登るとカーサ母様の胸に戻る。と、母様は腕を絡めてきた。うー、幸せ。幼女のあたしはふわふわと眠りに入る。


一方、ホムンクルスのあたしはそのまま小屋に戻った。夜中の空気は少し肌寒いので、ケープを羽織る。トランクを元の空間に戻す。


さあ、いよいよ疑似空間に入ってみよう。ごくり。


まず、高速エレベータで降るときのように、お腹が浮き上がるような感じを味わう。そして真っ暗。何の音もしない。足の下の大地が無くなって、あたしは宙を漂っている。空間把握で疑似空間を探ってみると、当たり前だけど何も無い。

うーん、疑似空間ってあまりにも何もなさ過ぎ。これって、精神衛生上良くないな。やっぱり怖い感じがする。てか、何も無い感じ怖すぎ!

灯りも欲しいな。やっぱり身の回りに部屋とか森とか何か感じたい。。アクシャナは慣れきっていて、そういう事は考えなかったみたいだけど。

それから、お腹すいた。

あちゃー、ホムンクルスも何か食べないとダメなのか。

空間把握で元の空間を探ってみる。

まず大きくマンレオタ領を俯瞰する。

あれ?マンレオタ領以外にも把握できる領域がいくつもある。行った事は無いはず。

……そうか、アクシャナが訪れた場所も空間把握できるのか。


あたしはそのまま詳細を探り、人が居ない場所を確かめて転移する。森、草原、畑、そんな場所に行っては疑似空間に戻る。それを一晩中繰り返した。


翌朝、幼女のあたしはベッドで目を覚ますと、カーサ母様はもう起きていて、部屋には居なかった。疑似空間に居るホムンクルスとは意識結合したままなので、昨夜の記憶を辿る事ができる。

うーん、食べ物どうしよう?

空間把握で厨房を探ってみる。ちょうど朝食の支度をしていて、大鍋にスープが煮立っている。料理人が大きな鉢に次々に果物を搾って注いでいる。大皿にチャパティみたいなのが山盛りになっている。とりあえず、この辺のを少し失敬する事にしよう。無重力では器なしでもなんとかなるでしょ。

スープとジュースを――全部持ってかないように気を付けて――転送する。案の定、スープとジュースは表面張力で丸くなって浮かんだ。チャパティもどきも二枚いただき。調理人達は全然気づいていない。


ホムンクルスのあたしがチャパティもどきをスープに浸けて食べ始めた頃、侍女のノーマが幼女のあたしを朝食に連れ出した。まだ乳歯が生えそろっていないあたしのため、チャパティもどきはスープに入れて柔らかくしてある。

イッティ姉様は一才年上のせいか、チャパティもどきをそのままかじっている。甘いシロップをたっぷり付けるのが好み。ちょっと固いので、この食べ方はあたしにはまだ無理。

さて、食料調達はどうしよう?いつもいつも厨房から頂くわけには行かないし。


アクシャナはお金持ってたっけ。疑似空間を探索してみると、木箱に入ったコインがみつかった。出動するようになると手当としてかなりの金貨が出る。

連日忙しく、ほとんど使う機会がなかったせいか、相当な量が貯まっている。

問題はこれが使えるかだ。アクシャナが生きてた時代は相当昔らしいから、今でも通用するかは分からない。


それと買い物とかする時にホムンクルスのままではまずい。

名前とか出身とか色々設定を考えておかなくちゃ。


名前はリーア。

旅の魔術師で修行中。

出身はずっと遠くのジパング。


そんな所にしておくか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る