第35話
朝のミーティングも終わり、何とか無事に昼休憩になった。先に帰ってしまったことを謝った方がいいと思うけれど、どうしてもそれができない。嫌なことは先に済ませてしまえばいいのに、いい大人が避けてばかりいてみっともない。
そればかりに捉われて、仕事中も疲れていた。
部長を横目に気にしながら業務をして、昼のチャイムが鳴ったと同時にデスクを離れた。
今日も暑い公園でランチ。
気が重かったせいか朝食を食べていない。
「お腹が空いた・・・」
私の空腹は、この量だけで足りるだろうか。
「いただきます」
お弁当を開いて、食べようとしたとき声をかけられた。
「やっと追いついた。一緒にいいかな?」
部長だった。
「あとを付けた訳じゃなくて、声をかける前にデスクから離れて言ったから必然的に後を追ってしまったというか」
昨日のことがあって、顔を合わせずらかったのに、また苦手な食事の時間に一緒になるなんて。でも今がチャンスだ、早く謝ってしまった方が楽になるし、部長にも気を使わせてしまっている。
お弁当箱のふたをそっと閉めて、落ち着かせるために深呼吸をした。みんなが平気で出来ることでも、私には難しいこともある。こうして人と交流することもその一つだ。
部長はコンビニで買ったサンドイッチを出して食べ始めた。
「いつになったら涼しくなるんだろうな。四季が美しい日本だけど、秋がなくなっているみたいだ」
「はい」
金曜日のことを何も切り出さない部長は、私がしてしまったことを気にしてないのかな? それとも、私に気を使ってわざと話さないようにしているのかもしれない。
「ここで食べていたら暑いだろう? もう少し涼しくなったら気持ちい場所だが、今はそうでもないだろう?」
「はい」
歓迎会のことをいつ切り出されるかという恐怖。部長よりも前に謝らなくちゃというプレッシャー。
日陰とはいっても暑くて首筋には汗がつたう。部長に対して、申し訳ない気持ちは消えないのだから、早く終わらせた方がいい。
「残暑とは言えない暑さだな」
「はい」
「食べないのか?」
「あ……」
何事も気にしすぎる性格の私は、身体を使っていないのにすぐに疲れてしまう。金曜から週末にかけて、まともな食事をしていなかった。今朝も食べられず昼にやっと食べられると思っていたけれど、人と一緒に食べられないという問題。強制的な断食状態でふらふらだ。
だから勇気をだして私から謝ってこの場を離れよう。そしていつもの場所に戻ってお弁当を食べよう。
「部長」
「ん? なんだ?」
「あの……すみませんでした」
「……」
「それだけお伝えしたくて。お先に失礼します」
言えた。少し心の荷が下りた感じがする。
「白石」
「・・・はい」
「強引に行ってしまって悪かったな。どうしても白石と話がしたい気持ちを抑えられなかったんだ。俺こそ悪かった」
「いいえ」
「少しの時間でいいんだ、無理は言わないけど、こうして少しだけでも話が出来ないかな?」
私みたいな女と何を話たいのだろうか。気の利いた話題もないし、ずっとうつ向いて話をきいているだけのつまらない女なのに。
「……」
「……話が出来る機会が出来たらいいな……」
答えに困っている私に、向けた部長の優しさだろう。だけど、どうして、どうして私に接してくるのだろう。
アメリカに転勤する前は、仕事以外のことを話したことがあっただろうか。
「……すみませんでした」
「白石」
「はい」
「これは業務命令だが、医務室に行くように。報告書も提出しなければならないから」
「分かりました。ご迷惑をおかけしました」
嫌なことを後回しにしてまた、部長に迷惑をかけていた。自分のわがままで、迷惑をかけてしまう。
私は昼を取らずに、医務室に向かった。
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