幽霊VS健康オタク〜健康知識に呪いの力は通用しません〜
神伊 咲児
第1話 健康オタクは事故物件に引っ越す
その部屋は明らかにダメな場所だった。
入るなり悪寒がして、気分が悪い。
北向きの部屋で一日中暗い。
入るなり、肩になにかが乗っかったように重かった。
LDKの賃貸マンション。
不動産屋ははっきりと「人気のない場所なんですけどね」という。
そして付け加えて「事故物件ですから」といった。
こんな部屋を内見に来たのにはわけがある。
俺の職場はこの部屋から自転車で10分の場所なのだ。
くわえて5万円の家賃が魅力的すぎる。
この場所以外となるなら、5万円以上は跳ね上がるし、同じ価格帯の賃貸を探すとなると、電車で2時間以上もかかってしまう。
こんなに安くて、最高の立地はないのだ。
「えーーとですね。告知義務があるので先に言っておきますが、この部屋に入った人は即座に体を壊したり、交通事故に遭ったりしますね。ほら、あそこのロフトに上がる階段の手すり。曲がっているでしょう? あそこに布をくくりつけましてね。つい先日ですよ。自殺した人がいるんです」
「ロフトはいいですよね。スペースを有効理由できますから」
「聞いてました?」
「暗いですが全体が綺麗でいいですね」
「リフォームはすぐにしますからね。そうしないとフローリングに血痕と臭いが残るんですよ。1年前だったかな。そこで倒れてそのまま3ヶ月放置された人がいたんです。心不全ということみたいですけどね。冬場だったから、まだ良かった。もしも暑い時期だったらと考えると最悪でしたよ。放置された死体は腐敗臭がすごいですからね」
「わかりました。ここに決めます」
「聞いてました?」
こうして俺は最高のマンションを借りることができた。
引っ越しが終わったその日。
俺はロフトのベッドで寝ることになった。
『苦しい……』
それは男の声だった。
「誰だ!?」
と、辺りを見渡しても誰もいない。
今度は女の声が聞こえてきた。
それは明らかにうめき声。
『ううう……。助けてぇ……』
そういわれても姿が見えないからなぁ……。
俺ははっきりと宣言した。
「うるさい。俺は明日から仕事なんだ」
今度は、また別人の声で『呪ってやる』と聞こえてきたが、こいつらがこの部屋にいつく幽霊なのだろうか。その他にも何人かの声がするので、どうやら複数人いるようだ。
さて翌朝。
俺はすさまじい頭痛で目を覚ました。
もしかして、幽霊の呪いだろうか?
そうだとしたらいっておかなければならない。
「おい幽霊。聞いているか? おまえらの呪いのせいでこの部屋を安く借りることができた。はっきりいって俺は感謝している」
すると、照明がチカチカと点滅し始める。
「聞け! 幽霊! 俺とおまえは運命共同体だ! おまえはこの部屋を事故物件にした。俺はここに安く住める。つまりウィンウィンの関係なんだ」
周囲は騒つく。
カーテンは揺れ、そこいら中からピシピシと家鳴りがした。
茶碗とコップが宙に舞い、コンセントを抜いているドライヤーが動き出した。
ポルターガイストというやつだろうか。
物の動き方に棘がある。
なんだか怒っているように感じるな。
耳をすませば『出ていけ〜〜』と聞こえてきた。
いや、そういうわけにもいかないんだ。
この気持ちだけははっきりしておきたい。
「ありがとう」
俺は深々と頭を下げた。
本当に、これが俺の気持ちなんだ。
気がつけば、周囲のざわつきは治まっていた。
さて、問題はこの頭痛か。
おそらく、幽霊の呪いが作用していると思われるんだがな。
呪いを解くとなるとプロの祈祷師とか霊媒師だろうな。
しかし、もうすぐ出社だ。
祈祷師に依頼している時間はない。
そもそもだがな。痛いという結果は呪いじゃないんだ。
これは痛覚が正常に機能している証拠。
つまり、俺の体の神経が働いているってことだ。
だったら、この結果を沈めるのは現代医療だよな。
頭痛とは、頭の血管が炎症したり神経を圧迫したりして起こる現象なんだ。
しかし、その詳細は人によって様々で、医療の素人が判断できることじゃない。
素人ができるのは対処法のみ。
まずはこの頭痛を止めることが先決だ。
頭痛を止めるのは市販の頭痛薬だよな。
「イブプロフェン配合の市販薬」
イブプロフェンは発痛物質プロスタグランジンの生成を抑えること頭痛を止めてくれる有効な成分なんだ。病院で処方される頭痛薬もこの成分が多い。女性の方は生理痛を抑える薬として使っている人もいるな。
まずはこれを飲んで……。
俺はスーツを着て部屋を出た。
幽霊にいっておかないとな。
「行ってきます!」
やれやれ。
頭が痛すぎてフラフラする。
少し寝不足もあるかもな。
あんなに寝苦しいと安眠もできん。
寝不足と頭痛じゃあ交通事故にも遭いやすいか。
気をつけて通勤しないとな。
俺はなんとか無事に会社に到着。
頭痛薬は1時間もすればしっかりと効いてくれた。
やっぱり思った通りだ。
痛いという事象は俺の神経に作用している。
その状況を取り除くのは現代医療知識だ。
この図式は間違っていないらしい。
というわけで、俺はこの部屋に住み続けることになった。
室内で起こるポルターガイストは治ることを知らない。
皿が宙に舞うのは日常茶飯事。非通知の電話が鳴り響き、照明がチカチカと点滅した。寝ている時は複数の存在から恨み言をいわれる。
そして、この頭痛だ。
しかし、こう毎日頭痛になるのは困るな。
イブプロフェンには副作用があるんだよ。
常用すると胃腸障害が出る可能性があるんだ。
一緒に胃腸薬を飲むのも一つの手だがな。
これだと薬漬けになってしまう。
薬からの副作用は幽霊の呪いと同じように怖い。
やっぱり、自然な食事から頭痛を治すのがベストだろうな。
よし、今日からは外食は控えようか。
俺は帰宅するなり「ただいまーー」といってから幽霊に宣言した。
「俺は
ああ、絶対にこれだけはいっておかなければならないな。
「俺はこの部屋が気に入っている。だから、頭痛攻撃に屈したりはしない!」
よし、やるぞ。
俺はまな板と包丁を取り出した。
頭痛を抑える食事はマグネシウムとビタミンB2を摂ることが重要だ。
特にマグネシウムは様々な体の作用に必要な成分だから、頭痛を治める以外でも多めに摂取したい。
マグネシウムは海藻や納豆に多い。
ビタミンB2は肉や魚、牛乳なんかに多く含まれているんだ。
「さぁ。作るぞ」
スーパーで食材は買っておいたからな。
恋人のいない期間=年齢。は伊達じゃない。
頭痛を抑える料理作りのスタートだ。
テーブルに乗ったのは日本食だった。
鯖の煮付け。ワカメのお味噌汁。
納豆に味付け海苔。
これらはマグネシウムとビタミンB2だな。
そこにキムチを付け加えた。
キムチは発酵食品で善玉菌が腸内環境を良好にしてくれる。腸内環境がよくなれば、付随した体の不調も改善されるというわけだ。
それから、食事は2人分用意した。
「好みはわからないけどさ。味には自信があるんだよな」
これは幽霊の分。
彼らは1人じゃないとは思うけどさ。流石に複数用意はできないからな。これで勘弁して欲しい。みんなで分け合ってくれよな。
──
次が最後です。
ぜひ、最後までお読みくださいませ。
バレているとは思いますが、作者自身が健康オタクですw
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