第101話
怪物の攻撃は、その全てが恐ろしいほどに速く、鋭く、強烈だった。
『ヴォガアアアアアアアアアア!!!』
周囲の空気を蹂躙する咆哮と共に、破壊的な膂力により繰り出される攻撃が、幾重にも重なって俺に襲いかかる。
ギギギギギン!!
バァン!!!バァアアアアアン!!!
「…っ」
俺はそれらを、魔力によって強化した武器で、魔法によって展開した防御でなんとか防ぐ。
『ヴォガァアアアアアアア!!』
怪物の攻撃は、今まで対峙したどんな人間やモンスターよりも速かった。
最大限に身体能力を強化することで、俺はなんとかその動きについていく。
ドガガガガガガガガガ!!!
魔の森の中で暴風雨のように怪物は暴れ狂う。
周辺の木々がまるで小枝のようにへし折られ、轟音が響き渡る。
怪物に疲れは見えない。
それどころか時間と共にどんどん膂力をあげているように見えた。
(なんだ…何がこの化け物を突き動かしているんだ…)
今までにこのようなモンスターは見たことがなかった。
怒り狂ったモンスターは暴れ狂い瞬間的に凄まじい力を発揮することはあるが、すぐに力尽きる。
だが目の前の怪物に疲れのようなものは全く見えなかった。
この怪物は他のモンスターとは違う。
“別の理”で動いている。
この怪物の中に潜む“何か”に動かされている。
この怪物はあくまで“器“にすぎない。
そんな感覚を俺は抱いていた。
『ヴォガァアアアアアアア!!!』
「ぉおおおおおお!!!」
魔力を流した武器で怪物の攻撃を捌き切る。
バァン!!
ドガァアアアン!!
魔力爆発が立て続けに起こり、怪物の体にダメージを刻んでいく。
『ヴォォオオオオオオ!!!』
怪物が苦しげに体を振り回す。
一応痛覚のようなものは存在しているらいい。
魔力爆発を至近距離で何度も喰らい、その黒い巨体は確実に消耗していた。
あちこちが焼け爛れ、ところどころ筋肉がちぎれ飛んでいる。
黒色の血があちこちから流れ、だんだんと動きも鈍ってきていた。
『ヴォォオオオオオオ…!!』
怪物が吠えた。
全身の黒い血管がさらに浮き上がり、筋肉が肥大化する。
しかしその肉体強化は、確実に怪物の命を犠牲に成り立っているものだった。
自分の中に巣食っている何かに命令されるように、命を消費し、怪物は肉体を極限まで強化する。
『ヴォガァアアアアアアア!!』
怪物が地面を蹴って突進してきた。
「魔壁!三重奏!!!」
俺は自身の前方に魔力の障壁を三重に展開する。
ドガァアアアアアアアアン!!!
怪物が魔壁と衝突した。
パリィイイイイイイン!!!
破砕音。
第一の障壁が突破される。
パリィイイイイイン!!!
続け様に破砕音。
第二の障壁が突破される。
『ヴォガァアアアアアアア!!!』
怪物が苦しげに呻き声をあげる。
その肉体が、生命がとっくに限界を迎えているのに、それでもなお突進してくる。
パリィイイイイイン!!!
とうとう第三の障壁が壊れた。
三重に展開した魔法障壁を完全に破壊されたのはこれが初めてだった。
『ガァアアアアアアアアアア!!!』
全ての魔法障壁を破壊した怪物が、息も絶え絶えになりながら、その巨腕を振り上げた。
「突破力は認めよう。だが……もう遅い」
しかし、時すでに遅しだ。
三つの魔法障壁が破壊される間に、俺はすでに魔法を完成させていた。
この怪物を確実に仕留められるほどに魔力を練り込んだ、渾身の一撃だ。
「魔弾」
多量の魔力を凝縮した魔力の塊が怪物の胸部を貫いた。
『ガァ…ァアア…?』
怪物が自らの胸を仰ぐ。
メキ…メキメキメキメキ……
分厚い筋肉に覆われたその胸部が、膨らんだ。
そして次の瞬間、内部からの暴発の威力に耐えられず、破裂した。
バァアアアアアアアアアアン!!!
ビチャビチャビチャ…
ドチャ……ベチャ……
『ォオオオ……ォオオオオオオオ……』
内臓が周囲に飛び散る。
体内で起こった魔力爆発により、上半身の半分以上を吹き飛ばされた怪物が、低い鳴き声とともに地面に倒れ伏す。
目から光が消え、全ての命を燃やし切ったように少しも動かなくなる。
「ふぅ…」
俺は勝利の余韻に浸りながら、自分の体にかかった怪物の内臓の切れ端を払い落とした。
「ルクス…?」
俺の名前を呼ぶ声が背後でした。
「兄さん?そっちは大丈夫ですか?」
離れたところで木陰に隠れていたヴォルグが俺に近づいてくる。
その顔には信じられないと言った表情が浮かんでいた。
「か、勝ったのか…?」
「ええ」
全てを見ていたであろうに、ヴォルグが確認するように聞いてきた。
俺は心ここに在らずと言ったヴォルグに頷きを返す。
「これを…お前が、倒したのか…?」
ヴォルグが再度、地面に転がる怪物の死体を見下ろしながら言った。
「ええ、そうです。見ていた通りです」
「…はは…ははは」
ヴォルグが乾いた笑いを漏らした。
「な、何者なんだよお前…俺の部下が……選りすぐりの連中が歯も立たなかったこの化け物を……なんでお前が…」
「兄さん?大丈夫ですか?」
「…俺は夢を見ているのかもしれねぇ」
どうやらヴォルグは少しおかしくなってしまったようだ。
化け物の恐怖による精神的ショックが大きいのかもしれない。
俺はヴォルグを一旦放っておいて周囲を見渡した。
酷いものだった。
バラバラになって転がった騎士はもうほとんど息をしていなかった。
全員が怪物の攻撃により死んでいる。
「ぅう…ぐぅうう…」
呻き声が聞こえた。
遠くに転がっている女だけが、俺とヴォルグを除いた唯一の生存者のようだった。
俺はその女の元へと駆け寄る。
「大丈夫か?名前は?」
「あ、アイシャだ……あいつに雇われた…冒険者だ…」
「そうか…」
アイシャは怪我をしているが、まだ生きていた。
治療をすれば助かるだろう。
俺は彼女を抱き抱えて、ヴォルグの元へ戻ろうとする。
その時だった。
「いやあ、素晴らしいよ、ルクス。まさかお前がここまで強いとは思わなかった。正直恐れ入ったね」
「…?」
小馬鹿にしたような不快な声が響いた。
木陰から、ニヤニヤと笑みを浮かべながら第四皇子のキースが現れた。
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