第88話


リーザは幻でも見ているかのような感覚に囚われていた。


周囲では立て続けに魔力爆発が起こっていた。


轟音が連続して空気を震わせ、グラグラと周囲一体を揺らす。


Aクラスの生徒たち……例年に比べて優秀とされた今年の新入生たちの中でも最優秀の選び抜かれたエリート魔法使い集団が、たった一人の新入生の魔法攻撃から悲鳴をあげて逃げ惑い、なすすべなく蹂躙されている。


そんな嘘みたいな光景に、リーザはただただ圧倒され立ち尽くしていた。


そしてそれは他のクラスの担任たちも同様だった。


見たこともないような多重奏魔法を次々に展開し、たった一人で1クラス以上の火力を叩き出し、Aクラスを蹂躙しているルクス・エルドを見て、他の教員たちは顎が外れるのではないかと心配になるほどに口を開けて、呆然と突っ立っていた。


「化け物…」


「これは、夢、なのか…?」


「なんなのあれ…?本当に人間?」


「私たちは一体何を見せられているのだ?」


魔法教師の口から次々とそんな言葉が漏れる。


おそらくそれらは偽らざる彼らの本音なのだろう。


「しょ、しょんなぁ…」


ガクッとAクラスの担任教師が、情けない声と共に地面に膝を落とした。


戦いが始まる前にはAクラスが圧倒的有利だと思われていたのに、いざ始まってみれば、それは一方的な蹂躙と表現して差し支えないものとなってしまった。


ルクスは、ほとんど無限にも思えるような魔力で圧倒的な火力を叩き出し、Aクラスの生徒を次々に脱落させていく。


爆風が吹き荒れ、土埃が舞い立つ中、リーザは誰かの怯えたような声と、踵を返して逃げるような動きをする影が見えた気がした。


きっとあれはAクラスのリーダーのロベルトだ。


戦いが始まる前はあれだけ息巻いていたのに、ルクスの圧倒的な力を前にして怖気づき、戦いを放棄して逃げてしまったのだろう。


ロベルトの逃走を皮切りに、他の生徒も恐れをなして自ら陣地から出ることを選んでしまった。


やがて、爆発の嵐がおさまった。


土埃が風に流されて次第に晴れて、凄惨な状態の広場が段々と露わになってくる。


「これは…」


「 Dクラスの勝ちだ…」


「信じられない…」


「まさか本当に…」


Aクラスの陣地は、まるで戦争でも起きたかのような酷い状態になっていた。


あちこちに巨大な穴が空き、無事な地面は存在しない。


当然そこにいたAクラスの生徒は今は一人も見当たらず、全員が場外の失格となっていた。


対して Dクラスの陣地には、Aクラスの攻撃で多少削られはしたものの、まだ半分程度の生徒が残っていた。


これの意味するところはつまり…


「勝った…のか?」


リーザはポツリと呟いた。


自分で口にしておいて、この状況が信じられなかった。


新入生のクラス対抗戦で、 Dクラスが勝利した。


他の三クラスを押しのけて、優勝した。


まさしく前代未聞の出来事である。


「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」


「「「「よっしゃあああああああああああああああああああああ!!!!」」」」


Dクラスの陣地から歓声、勝利の雄叫びが聞こえる。


ルクスがAクラスを全滅させるまで、なんとか少ない魔力で耐え切った彼らは、互いに抱き合い、クラス対抗戦優勝の喜びを分かち合う。


「はは…ははは…」


リーザは気づけば乾いた笑いを漏らしていた。


なんなのだあの化け物は。


一体誰なのだろう、あの生徒を無能皇子などと呼んだ大馬鹿者は。


あのような常識外の素養と実力を兼ね備えた百年に一度、いや、千年に一度の逸材を、無能などと呼んだ者たちこそ、世紀の無能と言えるのではないだろうか。


見る目がなさすぎる。


あれのどこを評価したら、リーザが以前までに聞いていたような噂が立つのだろうかと彼女はひたすら疑問に思うのだった。


「ん…?」


最下位クラスのクラス対抗戦優勝という前代未聞の出来事に、周囲に異様な空気が広がる中、リーザは一人不審な動きをしている生徒を見つけた。


その生徒は、脱落者の生徒たちの中から突然出てきて、真っ直ぐに Dクラスの生徒たちへ向かって歩いていく。


こちらからでも感じ取れるほどの憎悪と殺気をその身に纏わせて。


「…っ!」


悪寒がリーザを襲った。


嫌な予感がして、地面を蹴ってその殺気を放つ生徒に向けて走り出す。


そして数秒後、リーザは自分の勘が間違っていなかったことを知る。


「ルクスぅううううううう!!!死ねえええええええええ!!!」


あろうことかその生徒は、ルクスの名前を叫びながら、突然魔法によって Dクラスを襲い始めたのだ。


新入生にしてはそれなりに強力な魔法を、戦いが終わって消耗している Dクラスの生徒たちに向かって乱発している。


「何をしているんだあいつは!?」


リーザの怒りに火がついた。


自分の大切な生徒たちに攻撃するやつは、たとえ他クラスの生徒であっても絶対に許さない。


リーザは迷わずその生徒に向かって攻撃魔法を放った。


「ぐへぇえ!?」


狙い違わず、リーザの魔法はその暴走した生徒を捉えた。


「何をしているんだお前は!?もう戦いは終わった後だぞ!?なんのつもりだ!?」


リーザはその生徒を押さえつけ、動けないように縛り付ける。


幸いにも、 Dクラスの生徒たちに怪我はないようだった。


リーザは密かに安堵しつつ、突如暴走したこの生徒を抑えにかかる。


「離せぇええええ離せぇええええええええええええええ」


生徒はリーザが魔法教師であることを知らないのか、今なお目を血走らせてジタバタと暴れている。


リーザは、何か異様な空気を察知して、その生徒の服の中を改める。


「こ、これは…!」


リーザはその生徒の服の中から出てきたものを見て、目を剥いた。


「どうしてこんなものがここに!?」


それはここにあってはならない魔道具だった。


狂怒の魔道具。


持ち主を狂わせる、絶対に所持も販売も複製も許されい禁忌の魔道具であった。

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