序章 忌まわしき乙女ゲー

~友と看守はバグ一重~


 突然ですが、自己紹介です。

私の名前は藍沢 桜(あいざわ さくら)。

無職のごくごく普通の女です。


 だけど弁解したい。

私は少し前までちゃんと働いていた。

それが突然、無職に成り下がったのだ。


 それもこれも全て、

あの忌まわしき乙女ゲーのせいだ。


【Dream Story ~君に捧げる絵本の王子様~】


 この相当にイタいタイトルの乙女ゲー。

その内容は、絵本の中の住人たちが暮らす世界に迷い込んだヒロインが絵本の主人公たちに出会いなんだかんだで恋に落ちていくという

ありきたりな、よくある話。


 だが。

親友がこのゲームの信者だった。

それが運の尽き。


 私はこのゲームを無理やり押し付けられ、

無理やりベッドに縛り付けられ、監禁同然に私の部屋に泊まり込みでゲームをさせられた。


 酷い親友がいたもんだ。

いや、これはもう親友というより極悪看守だ。

途中でやめようものなら、私の高校時代の暗黒な黒歴史を視界にチラし、連絡が取れる者全員に送り付けると脅してきた。


 私はこの脅しに屈することなく

ゲームをやめたっ‼




 訳もなく。

みっともなく脅しに屈したのだった。

同情してくれ。

だって、仕方ないだろう?

黒歴史の一つや二つ誰にだってあるもんだ。


 そうして甘ったるくて砂糖を穴という穴から噴射しそうになるのを何とか耐え忍び、ようやく全クリを果たすことができた。

私は涙、したね。


 親友もそれで満足したようで、

「じゃあ、そのゲーム。少なくても五人に薦めてね♡ じゃないと……分かってるよね?」

 という呪いのメール。いや、呪いのお言葉をもらい見事、自由の身を掴み取った。


 それはいい。


 だが、私のストレスは溜まりに溜まりまくっていた訳ですよ。

そしてその元凶である乙女ゲーを、あのヤローは置いて帰りやがったんですよ。


 どうします、これ?




 私は、こうした。


「○ねェェェェェ‼」


 ゲーム機ごと床に叩きつけた。

これが正答。


「フハハハハ‼ ○ねェ‼

皆、○んじゃえばいいんだぁー‼

ていうか、恋愛なんかしてるヒマあったら頑張って絵本の続編でも出しとけ‼

どいつもこいつも幸せに暮らしやがってェ……!

人生、そんなに甘くねェんだよォォ‼」


 狂ったように笑い、怒る私。

明らかなご近所迷惑にドアを叩く音が鳴り止まないが知ったことではない。


「よし、もう一発決めるか」


 今更、一回も二回も変わらないもんな。


 私は普段、ゲームをしない。このゲーム機も親友が一緒に押し付けてきたものだ。

何でも、カセットを上に突き刺すタイプのゲーム機で、いいお値段がしたとか。


「…………」


 そう思うと、少し後悔した。




 メル〇リで売ればよかった、と。


『いや、そこは親友に申し訳ないと思おうよ⁉」


 あらら、いいツッコミ。

 それが聞こえてきたのは、テレビの中——


「うぇえ⁉ テレビィ⁉」


 テレビから突然、謎の声が。こ、これは……

言わずと知れたあの姐さんの仕業……


「あばばばばば……

ホラーは専門外ですゥゥゥ‼」


 全速力でテレビから後退るっ。

恐ろしくてテレビに視線を向けられないよっ。


 ここここういう時の対処法はぁ…………あ、

出てくる直前にテレビを窓に向けて落とす!


 あ、でも殺人罪で捕まる?

いや、もう死んでるから死体遺棄?


 どっちにしても呪われるゥゥゥッ⁉


『誰がホラー⁉ 僕は、エン・ジェルだよ!

なんならホラーと一番遠い存在だよ!』


 おっと、あの姐さんにしてはよく喋る。


 しかし、テレビに顔を向けるとそこには、

白髪赤目のテンプレ天使の姿が。


「……どちら様ですか」


 姐さんじゃない?

 ならばこいつは、不法侵入者だ。不法侵入が許されるのは姐さんとサンタだけなんだぞ!


「えぇぇ⁉ なにその理屈ぅ⁉

 ていうか、知らない筈ないよね⁉

僕は、キミ本のサポートキャラだよ‼」


「あぁ。キミの頭、ホントどうかしてるぞ☆の」


「違うよ⁉

【Dream Story ~君に捧げる絵本の王子様~】の略だよ!」


 テレビ画面に貼り付くように顔をくっ付けている別名、天使。

どこかで見たことあると思ったら、サムい乙女ゲーの案内係だ。


 こいつ、攻略キャラの居場所や好感度を把握している。いわば、重度のストーカーだ。

 それも複数人同時とは、救いようがないね。


「違うよっ⁉ どんな解釈してるの⁉

 それにサムくないから! とっても胸ドキドキの素晴らしい恋愛ゲームだからっ‼」


 どこぞの信者みたいなこと言い出した。

だが、それにサァーっと冷静になり、現状の異常さに気が付いた。


「……なんで会話できてるの?」


 ゲームのキャラなら、なんで私と喋れるんだ。

そんな機能があるなんて信者が知ったら、発狂確実の代物だよ?


『ふっふーん。それはね?

 おめでとーっ! 君はキミ本のバーチャル体験の被験体に選ばれましたー!

ぱちぱちぱちーっ‼」


 なんか一人で盛り上がってる別名、

天使ストーカー。


 ばーちゃるといえば、巷で流行ってる

【ばーちゃん愛してるー】というグランドマザコンの略だったっけ。


『ちっがーう‼ Virtual。VRのこと!

そしてVirtual Realityの略だよ! ゲームの世界観をリアルに体験できるってこと!』


 へぇ、そんなものがねぇ。この歳になると時代が進むのが早いこと早いこと……。


『おばあちゃん、引きずってるよ⁉』


 ん? それをあの乙女ゲー、

改めクソゲーで私にやれと?


 それはそれは……


「えーと、被害料とか出る?」


『被害っ⁉』


 何を驚いているのか、当然だ。

そんな迷惑極まりないことをやれと言うんだ。

 世の中、金だよ金?


『そ、そういうのは……出ないけど。

えーと、あれだよ!

 今まではヒロインに向かって攻略キャラが話してたけど、Virtualでは本当に自分に話しているような気分が味わえ——


「おぇ……」


『なんで、えずくのっ⁉』


 おっと、想像したら吐き気が。


 うんうん、分かる。分かるよ?

好きなキャラが自分を好きになってくれる体験ができるなら、それはとても価値があることだよ。


 だけど?


 例えるなら、それをGに変えたとする。

 どうだい。

吐き気が込み上げてくるだろう。それと同じだ。


『じ、Gと僕のいるゲームの攻略キャラが一緒⁉    

ていうか、吐き気どころの騒ぎじゃないよそれ⁉』


 ああ、んじゃあKでも可。


『いや、Kもっ…………Kってなにっ⁉』


 KA・ME・MU・SHI☆


「いやー、これはちょっと……お断りさせていただきます」


 それも、丁重に。

なんなら、SP付きでお返しします。

※SPはSecurity Policeの略。


『そ、そんなこと言わないで!

それに……今更、変更は効かないし……』


「え゛」


 なんか今、空耳が聞こえたような。

空耳だよね? 空耳だと言ってっ⁉


「という訳なので、お名前はっ⁉」


「いや、でも」


「お、な、ま、え‼ はっ⁉」


「ぐっ……」


 ちびキャラのくせに謎の気迫を感じる。


 なんだ、死ぬのか。断ったら死ぬのか。このちびキャラ。

それは人として断れんっ…………え、断れないよね??

え、断れる? ……だよねぇー、無理だよねぇー。


 つーことで。


「あ……藍沢、桜」


「ありがとうございます‼‼‼」


 【‼】多いな。そんなに嬉しかったのか。


 それにしては、あんま嬉しそうな顔してないんだけど。

なんなら、こっち見ないで変なパッド打ち込んでるんですけど。


 なに? 字だけ喜んでる風なの伝えればいいだろ的な対処か?


 ちょ、テレビ割ろうかな。


『……入力完了っと』


 割と本気で悩んでいると、ちびが何かを打ち終わったよう。

こうして、私のVirtual行きは強制的に進められたのだった。


 チャンチャン。


『じゃあ、桜さん。楽しんで――ビビビビビビビ――――




逝って来てね♪』


 そうして。

この、不吉極まりないお言葉を最後に。


 私の視界は暗転した。


       LOADING・・・・                    




——————————————————————


『よしっ! 後はこのボタンを押せば――』


 パッドを忙しなくタップし続け、

桜を招待するためのセッティングを整えた。


 後はこのボタンを押せば、Virtual。


という名の、が成功となる。


ビ――ビビ―――—


『あ、あれ? なんか調子がおかし――


ビビビbビビビビgビビビbgビビビビaビビ‼‼‼‼‼


『わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉』


ボォンッ‼


プスプス…………




 エン・ジェルの悲鳴。

それと同時に桜の部屋にあるゲーム機器とゲームカセットが


音を立てて、崩壊した。




序章 忌まわしき乙女ゲー

友と看守はバグ一重 END・・・

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