第46話 番外編①:王立茶葉研究所設立秘話 昔のふたりのその後

「お嬢様、王宮からお茶のご招待を頂きました」


「……嫌や!」


 銀盆の上に載るのは美しい箔押しがされたクリーム色の招待状。しかし銀髪に赤いつり目の美しい少女―――――ディアナは、その中身を見もせずに即座に拒否の意を示しました。

 事情を何も知らない人間がはたから見れば、ワガママそうなお嬢ちゃんね、と思うかもしれません。

 銀盆を捧げ持ち恭しく頭を下げていた侍女、ドロランダが顔を上げ、その笑顔に僅かに苦笑を混ぜて返答します。


「では今回はどうお断りしましょう? また風邪をひいた事に致しますか?」


「ドロランダの意地悪! 前回えげつない嫌がらせをされたのを覚えてるクセに」


「ああ、嫌がらせ……ですかね? エドワード殿下はお嬢様の事を心配されたのだと思いますよ」


「どこがや!? あんな……あんなおっそろしいもんを送り付けてきて!」


 前回はエドワード王子からの「新茶が手に入ったので飲みに来い」という誘いを「お誘いは大変嬉しゅうございますが、あいにくと今軽く風邪を召しております。万が一にでも殿下にうつしてはなりませんので……」と丁重に断ったのです。

 それに対し、数々の生薬と共にイモリの黒焼き(!)が贈られてきた事を思い出したディアナは身震いをしてそっぽを向きました。


「はぁ、ホンマなんなん? 王都のお貴族様の子ぉらは皆ヤな奴らばっかりだけど、殿下は違うと思っとったのに……」


「ふふふ。お嬢様の見立ては合っていると思いますよ。エドワード殿下は他の貴族子女とは違うお方です。……お嬢様にとっても」


 ドロランダの含みのある物言いに、その意味を汲み取れず眉をひそめるディアナ。


「なにそれ? なんか言いたそうやな」


「……いーえ、なんでもございません。お嬢様、今回はお誘いに応じては? 近々領地カンサイに帰る予定ですよね? このまま一度もご挨拶をせずに帰ってはあまり心象もよくありませんし」


「……むう。……でも……」


 ほんの少し頬をふくらませ、俯くディアナをドロランダは優しい目で見つめます。


「どうかされましたか?」


「私の……言葉も、中身も、言うとる事がて、殿下に言われた」


「まあ! そんな事を気にしていらしたんですか!」


「そら気にするわ」


「そのオカシイは……おもろい、と言う意味やと思いますけど」


 普段は完璧な標準語を使うドロランダは、敢えて「おもろい」のところでカンサイ弁で話します。


「おもろくても、わろてたもん。『変だ』って言うてたもん……他の貴族の子ぉと同じやったもん……」


 言いながらどんどん涙目になるディアナの傍に寄り、肩を抱き優しく頭を撫でるドロランダ。彼女は公爵家の侍女メイドであり、ディアナとその兄ヘリオスの世話係です。そしてシノビという裏の顔も持っています。


「わかりました。じゃあこうしましょう! 今から標準語の特訓を私と致しましょう」


「ひょうじゅんご……?」


「一番最初に殿下にお目通りした時に、お嬢様は完璧なご挨拶ができておりましたでしょ? 殿下とのお茶会の間もそうしていればオカシイと言われることはないんじゃないですか?」


「…………うん!」


 涙が引っ込んだ深紅の瞳をきらりとさせ、ディアナは力強く頷きました。



 ◇◆◇◆◇◆



「でんか、ほんじつはおまねきくださいまして、まことにありがとうございます」


「うむ。ディアナ、大事はないか? 風邪をひいたと聞いたが」


「……はい。ありがとうございます」


 王宮の中庭に面した大きな窓から明るい日差しが降り注ぐサロン。そこにセッティングされたお茶の席に座るのはエドワード第一王子殿下とディアナ。

 ニコニコしている王子とは対照的に、ディアナは作り物のような固い無表情に加え、整った顔立ちと豪華なドレスを身につけている為に等身大の磁器人形のようです。


「?……ディアナ、どうかしたか?」


「いえ、なにも」


 ディアナの脇に控えるドロランダは愛想の良い侍女の仮面の下で苦笑を噛み殺しています。


(やっぱり標準語はまだ付け焼き刃だから返す言葉のバリエーションが少なくて、ちょっと会話は厳しいわね……)


 王宮の侍女がお茶のセットとお菓子を運んできました。と、今まで王子の後ろに控えていた、すらりとした少年が音もなく侍女の横につき、お茶を入れる様子を眺めています。

 ディアナが不思議に思って彼の方を見ると、エドワード王子が説明します。


「セオドアだ。俺の侍従だな。父上が年の近い気の置けない者を、と選んでくださったのだ」


「セオドアさま、はじめまして。ワタクシはアキンドー公爵家のディアナともうします」


「いえ、そのようなご挨拶は勿体のうございます。私のような下の者はどうぞお気になさらないでください」


 セオドアはその黒い目を美しい弧になるよう細め、頭を下げました。

 ディアナはその洗練されつつも鋭い動きに、なんとなく見知った人間と同じものを感じます。

 が、緊張と標準語を使う困難さがどっと押し寄せ、その胸の中の小さな疑問はすぐ圧し潰されてしまいました。


 侍女とセオドアが毒見をした紅茶とお菓子が王子とディアナの前に置かれます。

 ディアナはもくもくとお菓子を食べ、紅茶を飲みます。王子はその様子をじっと見つめているようです。


「……どうだ。ディアナ?」


「……とてもおいしゅうございます」


「!」


 王子の顔はあかりが灯されたかの様にぱぁっと明るくなりました。


「そうか! これは王都より南にある茶で有名な地方の物なのだが、温暖で良いところだぞ。海もあるしな」


「……そこは、オレンジがとれますか?」


 ディアナの瞳はキラキラと光り、その目線はオレンジの蜜漬けを使ったタルトとスコーンに添えられたマーマレードに注がれています。


「良くわかったな。そうだ。その菓子のオレンジも同じ産地だ。そこに王家の直轄領があってな。茶と菓子を特別に取り寄せた!」


 王子の言葉は「お前のために」の部分にやや力が込もっていたのですが、お菓子を見つめているディアナは気づいていないようです。一方、二人の様子を見守るドロランダとセオドアは目だけでニヤッと笑っています。


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